Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第1話
ただ一面の砂。砂の山、砂の原。いやいや、ここは定番の言い方で、砂の海?
そんな砂だらけの大地を俺は今、必死で走ってる。
昔、小学生の夏休みの帰省ついでに足を伸ばした家族旅行で行った、鳥取砂丘を思い出しながら。
「あの日の海は、キレイだったなぁ」
でも、違うんだよな。
砂の丘に駆け上がっても海は見えない。振り返ったって車の走る道路は無い。
「どこなんだよ、ここ!」
「知るかよ! それより俺もう無理だ! 時保、無理無理! 」
「諦めんな! とにかく走れ! 走るしか無いんだ! スケコマ師」
そんな俺達、どこにでも居る高校生二人の後を追って砂の丘を駆け上がってくるのは。
「化物、来たぁ!」
わが友スケコマ師こと駒下の絶叫を耳にしながら、俺は振り返らない。あんな物、見たくない。
今を遡る事……半日くらい前、多分。
美大生のお姉さん、光井栄美さんに連れて行ってもらった「前世紀を代表する東西画家展」なる展覧会で見た絵から、ごっそり抜け出してきたような怪物どもなんか。
確かブリューゲル、だったかの絵の、魚に人間の足が生えた奴が大群で、俺達の後を追っかけて来てるんだ。
「走れ! ヲタ平は、あの丘の向こうだ!」
後ろを見ずに、きっと俺の後ろに続いているはずの駒下に向かって叫ぶ。
もう一人の我が友、ヲタ平こと平坂は最初に6階建てのビルくらい有りそうな穴だらけの木で出来た巨人に、いきなり掴み上げられ、更にふっ飛んでいった。
向こうで棗のオッサンが敵を引きつけてくれてるはず、なんだけど……湧いて出るのなんの、怪物どもは無限に居そう。
「あっちは大丈夫かな」
オッサン一人奮戦してたけど、怪我人は居るし女の子は居るし、こっちの倍以上の怪物どもが群がってたし。
心配は山積み。けど、こっちだって大変なんだって。魚の群れが叫ぶ声がドンドン増えてる気がする。
しかも二本足で駆けて来る魚がみな、口を開けてヨダレ垂らしてるんだよ? 俺達を餌としか見てないって。
これが鮫なら映画で見たようなって言えるけど……鮪とか鱈みたいなのがだよ? 余計に気持ち悪いって!
ヲタ平救出に向かう俺達が、いつの間にか捕食者どもの群れから必死の逃亡劇を演じさせられていた。
「何で、こんな事になったんだよ」
俺の口から、そんなボヤキが漏れ出てしまうのも当然だよね。
それは救出に向かっているヲタ平の、超常現象研究サークルからのお誘いに、うっかり乗っちゃったのが全ての始まりだったんだ。
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あの日、ピンモヒにボコられて顔に青あざ作って帰った夜、流石に母親に泣かれた。
「心配なさるのも無理ありません。偶然、我々が通りかかったから良かったものの」
結局、家まで付いて来てくれた銀八さんこと1637番宇宙の俺、多元宇宙での同一人物が全部キチンと説明してくれた。
80パーセント嘘だけど。
「まさか下校時に暴漢に襲われた女性を助けようと、単身向かって行って、ほぼ返り討ちに遭っていたなんて」
酷い話だ。残り20パーセントの、本当の話だけど。
とにかく、流石は銀八さん。初対面のニセ総理事件の時から、こんな嘘八百は御手の物ってヤツ?
「私と棗巡査で二人を救出し、犯人は棗が連行中です。もう安心ですよ」
ほぼ嘘の説明で母を丸め込み、納得させるとガス人間8号さんは更に、こう告げた。
「明日は木曜日です。学生に学校を休めというのは心苦しいのですが、かなり暴行を受けています。私が彼を病院に連れて行きたいと思うのですが」
母は泣きながら、宜しくお願いしますと繰り返していた。う~ん、親を騙すのって心苦しいね、ちょい。
とは言え、かなり……本当は相当、体中が痛い。正直ありがたい話なんで、俺自身も銀八さんに頭を下げまくる。
無論、その夜は母の小言を聞かされ続け、俺は平謝りを繰り返したんだけどね。
そして翌日、朝から迎えに来た銀八さんに連れられて、病院に向かったんだ。
「こんな所に総合病院が出来てたなんて」
「知らなかったんですか?」
住んでる所の近くに、元ゴルフ場のでっかい公園が有るんだけど、その一角にこんな最新鋭の総合病院が出来てたなんて驚きだよ。
「公園の一部だそうですよ。外資系の医療機関が土地を借り受けての物らしいですが……聞いてますか?琢磨君」
銀八さんの説明よりも、病院内の設備が新しくてきれいで、そっちに気が言って仕方ないんだよね。
「中庭で待っています。終わったら来てください」
そう言い残して去って行くガス人間8号さん。俺は検査を受け、更に診察を受けて午後には解放された。
「あれ?居ないな」
余りにも時間が掛かり過ぎたからか、中庭に銀八さんの姿は無い。
「とりあえず、待ってみるか」
一人で帰れない事は無いけど、待つと言ってたし。まだ最後の診察が終わってないし。で、中庭のベンチに座って空を見上げてみる事にした。
今日は平日なのに俺は休み、サボりじゃないってのが何だか不思議な感じ。
「どうしてるかな……」
学校のみんなは? なんて事は全く出てこない。頭に浮かんでくるのは、昨日の事。
俺は何もできなかった、また二人に助けられた。惚れた女の人を守れなかった。
「やばい……泣けてきそうだ」
「泣くのかの? お若いの」
「え!」
いつの間にか隣にお爺さんが座っていたなんて、気付かなかった、全然。
「泣きたい時は泣いた方が、ええぞ」
小柄な、ニコニコ笑う顔が優しそうな、白髪に白髭のお爺さん。
でも、日本人じゃないな、中国人? 流暢ってのがぴったりくるんだけど、日本語ペラペラだよ。
「済みません。なんか……泣けなくなりました」
「なんと! わしが邪魔してしもうたか?」
「い、いえ。そんな事は……」
有るかも、知れないけど。言えないよね、本音は。
「済まんの。お詫びと言っては何じゃが、わしに言うてみんかの? 泣きそうになった訳を」
何? この展開。お爺さん、お暇だったりするのかな?
「すっきりするぞ、全部、吐き出したらの」
う、なんか、めちゃ魅力的に聞こえる。もう二度と会う事無い、見知らぬ人に打ち明け話って。
「それは……」
心理的負担が少ないってヤツ?
俺は、もう少しで全部話しそうになる。でも言えないよな。憧れの女性を守れませんでした、なんてさ。
「察するに、女の件じゃの」
「え! あれぇ?」
何でこんなに鋭いんだろ、このお爺さん。俺は心を見透かされ、穴を開けられてしまったみたいだった。
「えっと、あの、ですね……」
「何じゃの? お若いの」
いや、貴方が聞いたんでしょ?
「言うてみ?」
あ、そこで、その笑顔? 負けた。そう感じた瞬間から俺は昨日、厳しい体験した事を切々と語りだしてしまっていたんだ。
「なるほどの~」
ずっと無言で頷き続けてくれたお爺さんは、間延びした返事で、俺の話の締めくくりに応じてくれた。
「惚れた~おなごを守れんかったか、しかも知人に救われて、の」
「強くなれって言われたんですよ。助けてくれた人に」
「恨んでおるのかの? 助けてくれた奴を」
それは無い、絶対。ただ自分が情けないだけだ。
「嫉妬かの、お若いの。その二人への感情は?」
それは……有るかも。
「強うなりたいかぁ、そうじゃの」
もしかして馬鹿にしてます? こんなガキの愚痴。
「いやいや。わしにも有ったのぉ、そう言う時が」
またあの笑顔で首を横に振るお爺さんが、その後で言った言葉に、俺はホントに驚いた。
「わしの弟子にならんかの? お若いの」
そう言いつつベンチから立ち上がり、小柄な体ながら信じられないほどキレイな動きでカンフー、中国拳法ってヤツ、を俺に見せてくれた。
「お爺さん、何者?」
「ここに長い事、入院しとっての。暇でな」
え~暇つぶしかよぉ! ってオッサンなら言うんだろうな。
「看護婦相手になんぞやると、セクハラ扱いされるでの」
ロクな話じゃないですね。銀八さんなら必ずそう言うね。
でも俺は、今は藁にでもすがり付きたい。早く強くならなきゃ、そんな気分だったところにだよ。
亡き父譲りの、ジョッキー陳やロケット李のカンフー映画で育ったファンである俺にとって、降って湧いたようなこんな魅力的な話は無い。
突然の老師登場? 飛びつくさ、当然。
しかも、洗いざらい本音もグチも聞いてもらっちゃった、全部知ってる人が教えてくれるなら。
「お願いします、お爺さん」
「ほむ。ではの、休みの日にここにおいで。待っておるよ」
その一言に感謝した時、中庭の向こうで手を振るガス人間8号さんの姿が見えた。
「あ、知り合い来たから俺、行きます」
「ほむ。待っておるよ」
はい! と返事をして駆け出す俺を、お爺さんは引き止める。
「も一つの。守れんかったからと言って、そのお嬢さんがお若いのに失望しては、おらんのじゃろ?」
「え? あ、多分……」
「なら、お前さんから電話する事じゃの」
驚いて、でも何か嬉しくて、俺は背中を押してもらえた事に感謝しつつお爺さんに深く頭を下げた。
「元気での。お若いの」
「はい!」
も一つ大声で返事して俺は、銀八さんの方へ駆け出す。
その時は知らなかった、ずっとずっと後に銀八さんから教えてもらうまで。
見えなかったんだ、俺には。中庭の反対側で、お爺さんに向かって深々と頭を下げる髭面のトレンチコート姿は。
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