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はくじゃでんせつ 外伝 「 白蛇伝説 」その4

外伝は、主人公が不在あるいは意識不明などの場合に物語を外側から見た展開となり、普段は脇役の人達にスポットライトが当たったりします。


その為、いつもとは違う三人称形式となります。ご了承ください。

 オリンピック記念塔の上から見られている事など知るよしも無く、美大生は軍人崩れに挑戦状を叩き付けた。


 「来な、ぶっ潰してやるよ」


 そう言った彼女の目から、一切の感情が消える。

 元軍人の勘で、ピンモヒと仇名されたショッキングピンクのモヒカン頭の長身は、相手の変化を見逃さず、一歩踏み出す事ができなかった。

 ただのテロリストではない。だから、ここまで生き残ってきたと言う自負もある。しかし自分よりも年下であろう女を相手に、そう我慢し続けられるものではない。唸り声に怒りが滲む。


 「どうした? ぶっ殺すのでは無かったのか?」


 全く感情を込める事無く、リクルートスーツ姿の美大生が言う。

 そんな彼女のセリフと、相手の醸し出す無機質な空気に、ピンモヒこと1962番宇宙の軍人崩れ富末は、今まで感じた事の無い恐怖を味わっていた。


 「ひとつ教えてやろう。お前が手にしている日本刀はな」


 眉ひとつ動かさず、自称美大生の光井栄美は淡々と語り始める。


 「ただ振り回しても武器として意味が無い。ここは合戦の場では無いのだから。先ほど、ただの高校生に叩き落とされたようにな」

 「うるぜい! この……」

 「怒りに任せて、また振り回すのみか? せめてマトモに構えてみせろ。こんな風にな」


 そう言いつつ、彼女は日本刀の正しい構え方をエアで見せつける。


 「黙りやがりぇ!」


 悔しさを滲ませながら、ピンモヒは同じように刀を握り直した。


 「そうだ。そして、ここを狙え。首筋を一刀両断できれば、この頭が宙に舞うぞ」


 恐ろしい事を何の感情の変化も無く告げて、栄美は自分の頸部を指し示す。


 「ここだ。どうした? まだ動けんのか?」


 感情が込められていない分、揶揄されていると思わざるを得ない富末が、唸りを上げて白鞘の長ドスを振りかぶった。


 「くだぶぁれぇ!」


 聞き取りにくい絶叫を上げて、ピンモヒが彼女の白く美しい頸部に凶刃を振り下ろす。

 全く避ける事無く、自称美大生は薄笑みを浮かべながら、自らの首を差し出すような仕草を見せた。

 そこに振り下ろされた長ドスの刃が、斜め上から頸動脈を切り裂く。はずだった。


 「う、うごがねぇ」


 動かない。全力で振り下ろされた白刃は、栄美の首の皮一枚で止まっている。そこから刃が進む事は無かった。

 よく見ると、一筋の切り傷は付いている。まさに皮一枚、だが一筋の血潮さえ流れ出してはいない。


 「ここまで、か? 終了だな」


 全く感情を伴わない声が、切断されるはずだった喉を動かす。

 軽く頭を振る彼女の動きが振動を伴い、刃を伝わって富末の腕に届いた。


 「そ、それば……」


 ピンモヒは目を見張る。

 腕にも伝わる振動で動いた刃の下、一筋の傷口の下には赤い筋肉は無かった。西の空の残照を受けて茜に光るそれは、紛れもない鱗だった。


 「でめぇ、ごの世界の者じゃぁ……」


 富末の呻きを遮るように、自称美大生の左右の手の甲が自らの首に張り付くような長ドスの刀身を挟む。

 軍人崩れが力一杯押し付けてくる刀を強引に引き剥がし、ねじるように刃を下に向けて、挟んだ手の甲をゆっくりと内側に寄せながら、彼女は呟いた。


 「終了だ」


 リクルートスーツの女性は靴を脱ぎ捨てた足を地面に踏み下ろす。地響きさえ聞こえるほどの衝撃と同時に、裂帛の気合が彼女の唇から生まれた。


 「はぁっ!」


 高い金属音を響かせて、硬質な白銀の煌きがスケートパークに飛び散る。富末は刀を握ったまま、その手を頭上に掲げるが如く跳ね上げてしまうほどの衝撃を受けた。


 「ば、ばがな……」


 痺れの残った腕を目の前に下ろしてきて、思わず声が漏れる。

 粉々に砕け散った白鞘の刀の、わずかに残った刃を呆然と見下ろすピンモヒの耳を、再び感情の無い声が打ち据えた。


 「投降しろ。黙秘権だけは保証してやる」

 「うるずぇえぇ!」

 「うるさい、か? お前がな」


 使えなくなった武器を投げ捨て雄叫びをあげながら拳を振りかざす男に、彼女は再び足を地面に踏み下ろす。

 地響きと共に打ち出された掌が、ピンモヒの腹筋に触れた。


 「ぐぇっ……」


 醜悪な嗚咽を上げて、軍人崩れは膝から崩れ落ちる。腹を押さえて、富末は肩で荒い呼吸を繰り返した。


 「でめぇ!」

 「何をやった。そう言いたいのか? 言ったはずだがな、ぶっ潰してやる。と」


 中指を立てる仕草と無表情な視線のアンバランスさに挑発され、雄叫びを上げつつ軍人崩れは栄美に突進する。


 「はぁ


 先ほどよりも穏やかに聞こえる吐息が彼女から漏れ、踏み出してきた富末の胸板に、その華奢な手が伸びる。

 当たると言うよりも、触れると言う方が正しい一撃が、先ほどより凶悪な悲鳴を引き出した。

 自分よりも背の高い男が無様に崩れ落ちるのを、栄美は何の興味も示さずに見下ろす。 


 「ぶぁが……なぁ……」

 「馬鹿は、お前だ」


 男の呟きに自称美大生、光井栄美は感情の一切篭らない感想を述べる。


 「お前らは素粒子生命体、自らの構成組織の間隔を広げて物体を透過する。物体は、な」


 彼女の声に、皮肉の笑いが混じった事に気付き、ピンモヒの仇名を付けられた軍人崩れは顔を上げた。


 「振動、衝撃。そういった伝播する波動は逃がせないんだろう? さっき、あの子に刀を叩き落とされた時、自分が弱点晒した事に気付かなかったのか?」


 再び感情を排した声で、リクルートスーツ姿の女性は解説する。立てた親指で、後ろで気絶し倒れている高校生を指し示した。


 「あの子も気付いていたさ。もう少し武術に精通していたら、地べたで気を失ってたのはお前だったろうよ」


 お前は、あの高校生より弱い。言外に示された事に怒りを爆発させ、ピンモヒこと富末は自称美大生に向かってタックルをかけた。


 「遅い」


 立ち上がりかけた軍人崩れの、ショッキングピンクのモヒカン頭に向けて、栄美は手の平を振り下ろす。

 生み出された振動で声すら上げられず、白目をむいて富末は再び膝を付き、ついに意識を失った。

 前のめりに突っ伏したピンモヒには目もくれず、踵を返して自称美大生は倒れたままの高校生に歩み寄る。


 「ごめんね。ここまでやらせるつもりは無かったんだけど……君にはまだ、言えない事が多過ぎて」


 膝を折り、そっと時保琢磨の頭を抱えて起こし、彼女はそう囁いた。


 「思いっきり嘘ついてるよね、私」


 そう言いながら、青あざだらけの腫れた顔を、彼女は自らの胸に抱いて目を閉じる。


 「さっきの君の視線、ちょっと傷ついてたんだぞ。露骨に残念そうな目をしてさ」


 自身、豊満な方だとは思っていない。いや、腰から下、足の付け根より上、だけが人より張りの有る方だと言う自覚は有る。

 いや、大腿部も結構、かも知れない。

 それでも全体に、ボリュームの乏しい細身なのだと思う。華奢と言えば聞こえは良いが、上半身に自信は無い、特に。

 で有ればなおの事、他人の負の視線は幾分でも気にはなる。同性は元より、男子高校生のものならば別な意味で。


 「そのくせ……」


 許さん! お姉さんに謝れ!


 「あんな事、真顔で言う?」


 琢磨の叫びは、彼女の琴線に触れたらしい。

 再び開いた光井栄美の瞳には、様々な感情が渦巻いていた。

 先ほどの戦闘時とは裏腹に、限りなく優しい視線を注いで、自らの胸から離した高校生の顔を覗き込む。

 こんな気持ちになったのは、久しぶりだ。そう感じながら彼女は、琢磨の乱れた前髪を整えた。


 「君は……」


 そこまで口にして、彼女の目からまた、感情が抜け落ちる。

 静かに高校生の頭を地面に降ろし、リクルートスーツの女性は音もなく立ち上がった。


 「何か用? 今更」


 感情が抜け落ちた、ではなく、今度は感情を押し殺した声が、美形の自称美大生から漏れ出る。

 いつの間に彼女らの後ろに立っていたのか判らない、倒れ伏したピンモヒの傍らに男が居た。


 「回収だな」


 渋い低音が彼女の耳を打つ。

 背を向けたまま問いかけられた男は、彼女の腰まで裂けたスカートを物色するでもなく、別な意味の好奇の視線を向けていた。


 「そう。ならさっさと連れて帰って」

 「今しばらく見ていたかったのだが」

 「悪趣味」


 相手の言いたい事を理解して、光井栄美は振り返る。その首筋の傷から覗く鱗を、最後の残照が鮮やかに煌めかせていた。

お読み頂きありがとうございました。


厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。


今後とも宜しくお願い致します。

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『平行宇宙(パラレルワールド)は異世界満載?』
「サンたくっ」の世界観を構築、解説してまいります。どうぞお立ち寄りくださいませ。

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