はくじゃでんせつ 外伝 「 白蛇伝説 」その3
外伝は、主人公が不在あるいは意識不明などの場合に物語を外側から見た展開となり、普段は脇役の人達にスポットライトが当たったりします。
その為、いつもとは違う三人称形式となります。ご了承ください。
電話の相手の言葉に、ガス人間8号と呼ばれる青年は涼やかな顔を曇らせ問いかけた。
「どういう事です? 放っては置けないでしょう」
「ジジィかよ? 銀八ぃ」
彼をガス人間8号と呼ぶ、1398番宇宙の同一人物に阪本銀八は無言で頷く。
その間にも、電話の相手は彼に、理由を説明していた。
「彼女はエージェントだ。任せていれば、それで良い」
「彼女に任せていれば、と言われても」
自分の声に不満の微粒子が漂っている事に気付きつつも、銀八は会話を続ける。
「彼女が何者なのかも、我々は知らないのですから」
無理言うな。目の前で彼方を眺めている皮ジャンの男なら、そう言うだろう。そう思いもした。が、自分の方を振り向いた相手は全く別の事を口にする。
「お話中に何なんだがよぉ。あの姉ちゃん、蹲っちまったぜぇ? 任せられんのかよぉ」
「え?」
「おぉ! 代わりにボウズが立ち向かうってよ。あのピンモヒ相手によぉ」
急展開に目の前が暗転しそうになりながら、銀八は出来得る限り抑えた口調で、電話の相手に語りかけた。
「お聞きになっていたと思いますが、どういう事ですか?」
「これは……」
想定外だ。そんな言葉に珍しく声を荒らげて、ガス人間8号と仇名される青年は電話の相手を糾弾する。
「琢磨君は未だ高校生なんですよ? しかもこの1500番宇宙の、何の特殊能力も持ち合わせていない!」
「だよなぁ、けどよ。あのボウズ、頑張ってんぜぇ。ピンモヒの刀、叩き落としやがったぜぇ」
対照的に、のんびりとした口調で皮ジャンの男は彼方を眺めながら、そう言う。
「けどよぉ、ここまでだぁなぁ。やっぱボウズ素人だわ、フルボッコされてんぜぇ」
「今すぐ助けに……」
電話中でも塔から飛び降りかねない青年を、棗武志と呼ばれる革ジャンの男が止めた。
「意外に精進してるみてぃだぁなぁ、あのボウズ。あれだけ喰らって致命傷が無ぇ、軍人崩れって情報だよなぁ、あのピンモヒ」
そのとおりだ。と電話の相手の渋い声が棗の意見を肯定する。
「急所への攻撃を巧みにずらしている。更に良く鍛えているようだ、打たれ強い。これも少年の成長に必要な儀式と言った所か」
「貴方の意見は聞いていませんよ。高校生が軍人崩れに暴行を受けている、その事実だけで十分です」
再び抑えた口調に戻って、ガス人間8号は電話を切ろうとし、頭に浮かんだ疑問を言葉にした。
「貴方、すぐ近くに居ますね? 琢磨君らの。なぜ助けに行かないんです?」
「必要無いからだ、さっきもそう言ったと思うが?」
ふざけるな! そう怒鳴りたい衝動にかられ、思わず手にしたコミュニケーターを握り締める。
そんな彼の耳に、目の前の皮ジャンの男の呟きが聞こえてきた。
「あ~あぁ。ついに気ぃ失っちまったかよぉ。ドテッ腹に蹴り食えばなぁ……おぉ? あの姉ぇちゃん、立ち上がったぜぇ?」
ここからだ。そんな電話の相手の一言に、青年は不満を漏らす。
「琢磨君は既に気絶しているんですよ? 助けに行かなくては……」
再びの、必要無い。と言う返事に銀八が怒鳴るより早く、彼方を見詰めていた棗が嬌声を上げた。
「ひょうぉお! なんてぇ蹴りだよ、あの姉ぇちゃん。ありゃ素人じゃ無ぇぜぇ」
「どういう事です? 一体、何が」
「オメェも見てみろよぉ、銀八ぃ」
「貴方と一緒にしないでください。見えませんよ、そんな遠くは」
「さてはオメェ、ボウズと同じ仮性近視ってヤツだぁろ?」
「違いますよ。貴方の目が異常に良いだけです」
苦虫を噛み潰したような表情の青年を面白がりつつ、1398番宇宙の時保琢磨である皮ジャンの男はまた、彼方を眺め実況中継を続ける。
「おぉ! 砕いた? マジかよぉ!」
「棗さん、もう少し具体的に……」
「凄ぇぜぇ、女だてらに震脚かよ? 恐れ入ったぜぇ」
ただの感想か。銀八は電話を切って映像を見たい衝動に駆られた。
そんな彼の耳に、低く渋い声が割り込んでくる。
「なかなか、よく見ている。震脚を知っていると言う事は、イッタク君は武術の心得が有ると言う事か」
「よく聞き取れますね」
君の使用している機械の性能が良いからだ。電話の向こうから少し前に知り合った中年過ぎの男はそう言った。
「この人の声が異常に大きいからでしょう」
父の発明品を褒められて幾分、気を良くしながら銀八は目の前の革ジャンを着た男に目を向ける。
「うぉお! 更に一撃食らわせやがった。こりゃぁよぉ、もうじき終了だぁなぁ」
そう言われても、現在、何が起きているのか、行われているのか。実況中継をしている男の話からは何の情報も得られない。
コミュニケーターを握り締めたまま、ガス人間8号の口から溜め息が漏れた。
「間もなく終わるようです。我々の出番は有りませんでしたね」
「そうでは無い」
「え?」
「むしろ、これからだ」
渋い低音の一言に、ガス人間8号は食いつく。今までは、何だったのだと。
「考えてみたまえ、事件解決後を」
そう言われても。と返しつつ銀八は、電話の向こうの相手、ビューレットと呼ばれていた中年過ぎの髭面を思い起こしていた。
「結構な戦闘の余韻。傷付き倒れ伏した凶悪犯。無傷で無事な、守るはずだった女性。少年が気絶から目覚めて目にする物は、それだろう?」
受け入れられるものか? そこから導き出される事実を。
耐えられるものなのか? 守るべき女性が実は……などと。
ビューレットが言外に匂わせたものに気付き、青年は再び涼やかな顔を曇らせた。
「なるほど、判りました。我々が偶然、通りかかった。そんな感じに、と言う事なんですね?」
理解が早くて有難い。そんな言葉を耳にしてもガス人間8号と仇名される青年の表情が晴れる事は無かった。
「タダ働きは御免だぜぇ」
彼方を見詰めたまま、革ジャンの背中を向けたままで棗が言う。
その声を拾ったコミュニケーターの向こうから、役得になるだろう件を中年過ぎの髭面が提案してきた。
「それで手を打ちましょう。棗さんにとっても良い話ですからね。それでは、最後に……貴方、ここまでワザと会話を引っ張りましたね?」
ふっ。と息の抜ける小さな笑い声を聞いた気がして、銀八は更に眉間に皺を寄せる。
「正直に言えば、そうだな」
「何故です?」
「彼女の実力を見ておきたかった」
「それほどのエージェントなのですか?」
君は既に会っているはずだ。と、電話の向こうから応えがあった。確かに以前、寺カフェのアルバイトとして会った記憶は有る。
「そうでは無い。君は、ここ1500番宇宙での単独捜査権を、既に取得してるだろう?」
「ええ。それが何か?」
その時に会っているはずだが? とビューレットは口にする。
「まさか……」
この世界の、言わば入国管理局に当たる所で、彼は様々な許可の申請を行った。その時の受付の女性を彼は忘れていない。
腰まで届くロングヘア、色香を漂わせる吊り気味の目。そして唇の少し上に有った小さなホクロ。セクシーな美しい女性だった
「まさか、あの人が?」
あまり女性に興味を抱かない自分が、彼女の前では終始、緊張を強いられた。
恋愛感情などでは無いが、あまりの妖艶さに1500番宇宙の人達の血流に当たる循環気流が、異常に早かった事も覚えている。
「しかし、似ても似つかない……」
「同じ感想を、少年も抱いたようだった」
立ち聞き? いや、覗き見ていたのか? 二人が来るのを。趣味の悪い。そうは思うが今は、別の言葉が口をついて出た。
「何者なんです? 彼女は」
君も聞いた事が有るだろう?
相手が呟いた名前に銀八の反応は、かなり間抜けだった。
「はぁ? は、はっ? そんな馬鹿な……」
呆然とマルチプルコミュニケーターを握り締める青年に、後は宜しく。の一言と共に電話と切る音が伝えられる。
同時に目の前の、異世界の同一人物が振り返った。
「終わったぜぇ、銀八ぃ。あんな怖ぇ女、見た事ぁ無ぇなぁ。んで、オレらの出番なんだろうがよぉ?」
ええ、そうですね。そう答えながら未だショックから立ち直っていないガス人間8号の背中を何度も叩き、棗武志はカマキリの顔のようなサングラスをかける。
「しっかりしろよぉ。オレら、誘き出されたんだぁぜぇ。あのジジィによぉ」
「え?」
「あのボウズを何とかしてやる事もできねぇやな、こんな所じゃぁよぉ。あの姉ぇちゃん絡みかよ?銀八ぃ」
「おそらく……」
「道すがら聞かせてもらうぜぇ、色々とよぉ、さっきの話も含めてなぁ」
再び顔を曇らせながら、ガス人間8号は皮ジャンの男に従って、夕日の名残りに照らされたオリンピック記念塔を降り始めた。
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