はくじゃでんせつ 外伝 「 白蛇伝説 」その1
外伝は、主人公が不在あるいは意識不明などの場合に物語を外側から見た展開となり、普段は脇役の人達にスポットライトが当たったりします。
その為、いつもとは違う三人称形式となります。ご了承ください。
五月晴れと共に訪れた、少年に変革をもたらす邂逅。
これは、主人公が気絶している間に起きた出来事と、彼を取り巻く人々が織り成した、外側から見た物語。
5月の半ば、爽やかな季節。
東京の、オリンピック公園にあるスケートパーク。そこに、ひと組の男女が訪れていた。
片方の、さしてモテる方でも無かった高校生、時保琢磨は今、まさに胸を熱くしている真っ最中。
彼にとって、これは事実上の初デートだったから。
だが、彼には、彼に恨みを抱く者が居た。
奴は少年がピンモヒと名付けた、以前に遭遇した事件の犯人。軍人崩れのテロリストだった。
「くたばりやがれ!」
その下品な咆哮と共に現れた長身の男は、少年に向かって手にした長ドスを振り下ろす。
「危ない!」
身を呈して彼を救った女性は幸い、その身を傷つけられる事は無かった。
しかし危険な刃は彼女の衣服を縦に切り裂き、下着さえも両断する。
「いや!」
裸の胸を全開放してしまった美大生、光井栄美は叫ぶと同時に前を押さえて、その場にうずくまる。
「綺麗だ……」
眼福だった、さしてモテた事も無いタダの高校生にとって。
彼女の愛らしい姿、仕草、何よりも露わになった女性の胸の膨らみに、少年は陶然と見とれてしまった。
そんな彼の耳に、彼を付け狙う男、富末の呟きが。
「けっ! ちぃパイかよ……」
「許さん! お姉さんに謝れ!」
男の一言は、少年を激昂させるに十分だった。彼、時保琢磨は軍人崩れの男に向かって無謀な戦いを挑む。
相手の特徴を捉えた攻撃で、敵の武器を叩き落とし、一時は優勢になるも、やはり素人では無理があった。
生兵法は怪我の元。を地で行く状態になった少年は必死の思いで、彼の憧れの女性に声をかける。
「逃げて……お姉さん、早く」
うずくまっていた女性が、彼の言葉に立ち上がる。
「姉ぇじゃん、あんだが相手じてくれんのがよ? なら、ガキおごして見せづけてやりゅかぁ?」
下品な笑い声と下卑た科白で大切な女性を愚弄され、時保琢磨は再び敵に立ち向かおうとした。
だが腹部に蹴りを喰らい、少年は崩れ落ちる。その薄れゆく意識の中、彼は今まで聞いた事の無い、大きく壮絶な舌打ちを耳にした。
そして外伝は、そこから始まる。
「がぁ?舌打ちだど?」
少年にピンモヒと仇名された男は、リクルートスーツの前ボタンを留めながら自分向かって歩いてくる女性を睨んだ。
彼女は男から倒れたままの少年を守るように、その前に立ちはだかる。
「はぁ……」
溜め息一つ。美大生、光井栄美はピンモヒなど無視して首を巡らせた。
ボタンを留めたスーツで胸が晒される事は、もう無い。そして彼女のボリュームでは、はみ出す事はおろか窮屈に押し上げる事すら無かった。
「ねぇ、居るんでしょ? 出て来なさいよ」
男の方など見る事無く、栄美は大声を上げ続ける。
「こいつ、ここまで誘き出したら後は自分達で捕らえる。そう言ったよね? ダーティーブレット!」
「何言っでやがんでぇ、この……」
ピンモヒの声など彼女の耳に届いていない。途中で遮るように叫ぶ。
「丸投げ? 契約違反なんだけど! それ。ついでに! これ自前なんだけど、弁償してもらえる?」
自らの衣服を指差して、自称美大生は吠えた。美形と言っていい彼女の、吊り気味の目が怒りで更に険しい。
「しかも! 私の保護対象、血ダルマにされたんだけど? これって責任問題なんだけど! 理解してます?」
そこまで一息に叫んで、光井栄美は一旦、口を閉ざした。先程までの、少年と会話していた時の彼女は、どこにも居ない。それほどに、今の彼女は凶暴ですら有った。
しばしの沈黙。
どこからも、彼女が呼びかけた相手からの応えは無い。待った後、栄美は再び溜め息をつく。
「あっそ! なら、こっちで片付けるわ!」
怒りと共に最後の科白を吐き出すと、彼女は軍人崩れに向かって人差し指を突きつけた。
「この子こんなにした責任は、必ず取ってもらうから」
「バカくぁ? ごのアマ」
ピンモヒこと富末の声を鼻で笑い、彼女は黒いハイヒールのまま突撃する。
「舐めんじゃぬぇ!」
少年に食らった一撃のせいで、更に顎が歪み滑舌の極端に悪い男の絶叫と共に繰り出された、ボクサー並みのフックを軽く流し、自称美大生は跳んだ。
その膝が、ピンモヒと少年に仇名された男の、ショッキングピンクのモヒカン頭の横に跳ね上がる。
「げぇ!」
無防備な男の頭に向かって、膝から先が遠心力を伴って振り出された。ハイヒールのつま先がこめかみに吸い込まれていく。
「浅い……」
彼女の呟きと共に、男の顔にそのハイヒールのつま先が埋没して、更に反対側から飛び出した。
風を切る音さえした必殺の一撃は、虚しく宙を舞うに留まる。
「やっぱり固定剤無しじゃ、無理か。しかも……」
着地と同時に飛び退り、距離を取ってピンモヒと対峙した自称美大生は、軽く肩をすくめた。
「動けん」
その言葉に続き、いきなり自分の身に付けている、タイトスカートの両側を引き裂く。
「これだからスカートは……。せめてスリット無いと」
とてもスリットなどと呼べない程に切れ上がったタイトスカートは、少し動くだけで下着まで見えてしまう。
ほんの少し前、胸を隠してうずくまった羞恥など完全に消え失せたかのように、窮屈そうに収まっていた臀部を解放して、彼女は大胆に足を開き半身の構えを取る。
「ま、いいか。弁償してもらえるし」
薄く笑いながら、彼女はそう呟いた。
対照的に、凶器と化したハイヒールのつま先を透過させて無効化した男は、トラウマから来る恐怖と、それが生む怒りに震えている。
「でめぇだっだのが……」
秋葉原で自身が起こしたテロ事件、それをたかが高校生一人に台無しにされた。全ては、目の前の女の向こうで倒れている子供が元凶だった。
軍人崩れのテロリスト富末は、そう思い込んでいる。だからこそ執拗に狙い続け、こうして憂さ晴らしをした。だが……
「うぁの時ぬぉ!」
自分を打ちのめしたのは、あの高校生では無い。
秋葉原のビルで少年を踏みにじり、止めを刺そうとした瞬間、割り込んできた一撃。自分の顎を砕き、ビルの七階から蹴り落とした、顔すら見る事の出来なかった敵。
忘れるには時間が足りない。あの屈辱から十日と経っていない。
「忘れるわげ無ぇ、この蹴りをぬぁ!」
自分の顎を握り、テロリストは吠えた。そして少年に叩き落とされた長ドスを、ゆっくりと拾い上げる。
「でめぇも、ぶっ殺ず!」
その叫びに続いて、少年が気を失う前に聞いたのと同じ、あるいはそれ以上に巨大な舌打ちの音が、人気の無いスケートパークの前の広場に鳴り響いた。
半身に構えたまま、軍人崩れの独白を聞いていた女性は、眉間に皺を寄せている。
「べらぼうめぃ!つまんねぇ事、思い出しゃあがって」
先ほどまでの、高校生とはしゃいでいた時とは全く別の、どこか江戸っ子を彷彿とさせる口調で言い放つと、彼女はハイヒールを脱ぎ捨て、手の平を上にして中指を動かした。
「来な、ぶっ潰してやるよ」
そう言った彼女の目から、一切の感情が消える。
まるで戦闘マシーン化した、と言うよりも獲物を狙う長大な爬虫類の瞳に、それは酷似していた。
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