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はくじゃでんせつ 本伝 「 白邪電切 」その3

 「お久しぶり。やっと会えた」


 そう言って笑う、綺麗なお姉さん。


 「お、お、お久しぶりです」


 こう言うのをオウム返しって言うんだよな。情けないけど。

 もう一度会いたかった、本気で。これきっと一目ぼれってやつ?


 「今日、予定有る?」


 笑顔と共に告げられた言葉に、俺は無言で首を横に振りまくった。そんなガキ臭い真似しかできない自分が情けないけど。


 「良かった。少し私に付き合ってくれないかな?話が有るんだけど」

 「も、もちろん……」


 そんな短い俺の返事は、割り込んできた二人に遮られる。困った奴らだよ、全く。


 「ちょっと、ちょっとお待ちを!」


 必死の形相のスケコマ師こと駒下が、俺を押しのけた。


 「ぼ、僕達、友達でして。時保だけで無く、どうか僕達も御一緒に……」

 「遠慮してもらえる?」


 え?

 その、たった一言に今まで感じた事の無かった、お姉さんの別の一面を見たような気がして俺は瞬間、言葉を失ってしまった。

 まるで台所のスポンジの間に果物ナイフが隠されているみたいな、柔らかい回答の裏側に強靭な意志を感じて、ね。


 「そ、そこを何とか!お願いします!」


 すがり付くようなスケコマ師の嘆願に、お姉さんが再び口を開くより早く、ヲタ平こと平坂登が、駒下の腕を引っ張って言った。


 「やめようよぉ、スケコマ師」

 「なんで? お前、ここで諦めるのかよ!」

 「無理だってぇ。この人、違うって。僕ら見てないよぉ、無駄無駄無駄ぁ」


 この手の事に関して、俺よりも敏感なヲタ平が強引にスケコマ師を引きずって行く。


 「お、お姉さ~ん」

 「トッキー、また明日ねぇ~」


 諦めきれない駒下を意外に力強く平坂が引きずって、少し離れたバス停の方へと去って行くのを俺とお姉さんは見送った。


 「じゃ、行こっか?」

 「はい!」


 二人には悪いけど、ここは邪魔されたくないよね。お姉さんと二人きり、これってもしかしてデートなのか?

 その時、俺は完全に舞い上がっていたんだと思う。

 だから、バス停に向かって消えていった二人と、すれ違いで歩いてくる長身の男に、俺は全く気付いてなかったんだ。






 五月晴れの爽やかな風の中。お姉さんと二人、俺達は隣に立ってる大学との境の道路を歩き続けていた。

 何か話さないと。そうは思うけど、こんなのに慣れてない俺は、情けないけど言葉が出てこない。

 柔らかな風は気持ち良いのに、何だか汗が、じんわり。


 きれいな横顔を眺めては目をそらす。けど、次第に視線が下に降りていく。悲しい男のサガって奴?

 そして、ちょい悲しいのが、お姉さんの胸元。リクルートスーツの下の白いブラウスを押し上げるはずの、偉大なる二つの丘が……低い。

 無い訳じゃないんだよ、確かに膨らみは判る。でも、巨大な迫力では無いんだよね。残念ながら。う~ん。


 「君、どこ見てるのかな?」


 視線が動いて無かったみたいだ。お姉さんの一言に、俺はアタフタと色んな方向を向きまくる。更に汗が。


 「えーっと、その、別に……」


 情けない科白しか出てこない俺を、お姉さんは笑う。可愛い、素敵な笑顔だ。怒ってはいないらしい。


 「あのぉー」

 「何?」

 「どこ行くんでしょうか?」


 歩き始めて、すでに10分近く。この辺りは住宅街で、この時間は人通りが少ない。

 最近テレビのニュースなんかで目にする東京スラム化。

 隣の区ほどでは無いけど、この辺りだって人口は増加してるって聞くのに、空家が点在してたりする。

 家とは反対方向に歩き続けてる事もあって、俺は行き先を確認したくなったんだ。


 「オリンピック公園、知ってる?」


 もちろん。子供の頃は遊びに行ったよ、今は亡き父と。そんな事は口には出さないけど。


「そこにスケートパークって有るんだけど……」


 それは知らなかった。俺、ローラースケートなんてやらないから。


 「今、改修中でね。人いないから、ゆっくり話ができると思って」


 笑顔でそう話すお姉さん。対する俺は、真っ赤になっていたと思う。

 誰も居ない公園で、俺たち二人っきり?お、お姉さん誘ってます? 俺の事。


 「ど、どんな、お話なんでしょうか?! お姉さん!」


 ナニ聞いてんだよ俺。今そんな話をするべきか?考えろよ。

 そうは思うが、慣れてないから、つい。けど俺の一言で、お姉さんは眉をひそめて硬直してしまった。

 ヤバイ事、言っちゃったのか? 俺。


 「あ! 御免なさい!」


 突然、お姉さんは笑いながら俺に謝る。


 「自己紹介まだ、だったよね?」

 「あ!」


 俺も今、気が付いた。名前知らない事に。


 「光井栄美、美大生です」


 みついえいみ、さん。素敵なお名前だぁ。そんな事を考えていた俺の前に、お姉さんの華奢な手が差し伸べられる。


 「宜しく」


 思わず握手。両手でしっかりホールドしちゃったよ。ホントに華奢な手だ。可愛いなぁ。


 「で、でも、その、光井さんが何で俺なんかを……」

 「んん~? あれ? もしかして……まだ気付いてない?」


 住宅街を抜けて別の大学の横を過ぎ、今や運動公園のグラウンドの横を歩く。

 その木陰で、お姉さん、いや光井栄美さんは謎かけするように笑った。


 「これなら、どう?」


 そう言いながらリクルートスーツのボタンを外し、内ポケットから取り出したのは、牛乳瓶の底みたいな眼鏡。


 「え? それ……えぇ!」

 「今日は、カツラ持って来なかったんだけどね」


 今時の美大生が、カツラって言いますか?


 「もしかして……三つ編み御下げ?」

 「ピンポ~ン」


 思いっきり笑いだしたお姉さんと、呆然と立ち尽くす俺。

 平日の午後、人気のない硬式野球場の横で俺は相当、間抜けな顔だったと思う。


 「御免なさい。騙すとかじゃないんだけど」


 確かに騙された訳では無い。ただ、何と言うか、全然つながらないんだ、頭の中で。

 目の前の、アキバで一目ぼれしちゃったキレイなお姉さん、と。

 亡き父の法要の件で行った田舎の、寺の境内の茶店ならぬ寺カフェの、地味なバイト女子大生とが、だよ。

 同一人物? それ、三人の俺こと多元宇宙の時保琢磨以上の不思議だった、この俺には。


 「さっき、どんな話? って聞いたよね、君」


 確かに。ここで答えてくれるのか。


 「大学はね、バイト禁止じゃないんだ。ただ実家には知られたくなくて。同期の田舎でバイトさせてもらてたんだけど……」


 あの眼鏡を掛けながら光井さんは、たどり着いた改修中のスケートパークの金網に背中をあずけた。

 金網の向こう側は改修工事の為、板なんかが立ててあって中が見れない。その分、綺麗なお姉さんがグッと浮き出して見えるね。今は眼鏡が邪魔してるけど。


 「あの日、見ちゃったんだ。田舎町であんな大きな音、珍しいし。銃声だったでしょ? あれ」


 見られてた? 背筋を冷たいものが走る。まさか光井さんは、俺を脅迫?


 「凄かったよね、あれ。現場で特撮? CGじゃないよね? どうやって撮ってたの?」

 「え?」

 「その後は、エキストラが大勢やって来て。お寺の境内が人で埋まってたもの。あんなに人居るの見た事無かった、バイト中」


 もしかして、映画撮影と間違えてます? お姉さん。

 何だか少しホッとして、俺は小さなため息をついた。それにも気付かず、光井栄美さんは俺の目の前で楽しそうに、はしゃぎ続けている。


 「私ね、映画の仕事したいんだ。美大出ても映画業界は難しそうだから、もし出演者の君ならって」


 あぁ。そう言う事か。勘違いだけど。


 「コネって程じゃなくても、監督さんに会わせてもらえるとか……無いかなぁ」


 華奢な手を合わせて、俺を拝むお姉さん。さぁ困った。どうにかしてあげたい、けど……あれ映画じゃないし。


 「え~っと、あの、ですね……」


 どう言えばイイ? ホントの事なんて言える訳ない、言っても信じてもらえない。

 答えに困った俺を、多分お姉さんは誤解したみたいだ。


 「あ、御免ね。急にこんな話しされても、困るよね」


 そう言いながら、あの眼鏡を外して光井さんはスケートパークの金網から離れる。


 「話し続けて喉、渇いちゃった」

 「何か飲み物、買ってきます」

 「私も行く」


 うなずく彼女と共に、売店を目指して歩きだした瞬間、さっきまで光井さんが寄りかかっていた金網の支柱が、動いたように目の端に映った。


 「え?」


 支柱に立てかけてあった棒が浮いた? そう思ったら今度は、棒を掴んだ腕が支柱から生えてくる。


 「まさか……」


 呟く間に支柱を透過して、長身の男が飛び出してきた。手にしたのは棒じゃない。鞘を投げ捨て抜き身の刀を振りかぶる。


 「ピンモヒ!」

 「くたばりやがれ!」

 「危ない!」


 最後の悲鳴と共に突き飛ばされた俺は、頭を振りながらも自分が居た場所を仰ぎ見る。

 目に飛び込んできたのは、俺の身代わりになったお姉さんに向かって、真上から振り下ろされる刃だったんだ。

お読み頂きありがとうございました。


厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。


今後とも宜しくお願い致します。

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