はくじゃでんせつ 本伝 「 白邪電切 」その2
ああ言ったけど……俺は翌日も学校に登校した。
「学生の本分ってヤツだよね」
教室に向かって歩きつつ、そんな科白が口をついて出る。何か独り言が増えた気がする。
やっぱ怖い。ストレス感じてるんだな。
思わずシャツの上から、お守りを握り締める。お守り、タリズマン。
そう、去年の秋のニセ総理事件で、オッサンが残していった青く煌く宝石。返すアテも無いまま俺が預かってた。
確か、これの力でオッサンの擬似肉体に精神生命体が収まるって聞いた気がする。
「あれ?」
声が出てしまった。だったら、俺がこれ持ってるのにオッサンどうやって?
そんな事を考えながら歩いてる内に、教室のドアまで来てた。
「ドアを開けたら、いきなり……なんて事は無いよな」
そう言いながら、教室に入った途端、いきなり俺は胸ぐらを掴まれる。
「時保! お前って奴は!」
「何だよ! いきなり!」
ピンモヒじゃなかった。ちょいビビったけど幸い、これは我が友。けど何なんだ?
「何でお前だけ……」
なぜに涙目?
「スケコマ師ぃ、やめなよぉ。トッキー戸惑ってるしぃ」
俺の胸ぐらを掴んだまま、今にも泣き出しそうな駒下に、もう一人の我が友が、そう声をかける。
「けどよ、ヲタ平……けどよぉ!」
あぁ、もう泣き出したよ。何なんだ、これ。
「ヲタ平、説明してくれよ」
胸ぐら掴まれたまま、俺は平坂登、通称ヲタ平に懇願する。
「トッキーさぁ、昨日、裏門から帰ったでしょぉ」
あぁ、確かに。そうだった、で、それが?
「僕らさぁ、正門から帰ったんだけどねぇ、そこに居たんだよぉ」
だから何が? まさか……ピンモヒ?
「うーちゃん似の美女がぁ」
「はぁ? うーちゃん?」
誰?それ。
「馬鞍愛美ちゃん、だよぉ」
だから、誰?
「声優さぁん」
「悪ぃ、ヲタ平。俺そっち方面、壊滅的」
「ダァメだねぇ、トッキーはぁ」
「で、その声優さん似の美女が何?」
そう言った途端、スケコマ師の両手に力がこもる。
「お前を探して待ってらしたんだよ! その美女様が!」
えぇ! んな馬鹿な!
「どこで知り合ったんだよ! どうやって! 時保、言え! 白状しろ!」
もう完全に我を忘れて教室で怒鳴りまくってる。もっとも他の連中も白い視線が多い。中には氷点下の眼差しまで有るくらいだ。
「ホントかよ……」
美女が俺を待ってた? 有り得ん、としか言いようが無い。
「身に覚えないのぉ? トッキー」
「うん、全く」
あっけらかんと答える俺の胸ぐら掴んだまま、駒下は泣きながらブンブン俺を揺さぶり、塩辛い液体を撒き散らす。
「とにかく手を離してくれよ、スケコマ師」
「そうだよぉ、何かの間違いかも知れないしねぇ。トッキーじゃぁねぇ」
「ヲ~タ~ひ~ら~」
流石に平坂の毒のある視線に、俺も反応してしまった。こいつのお公家体質は筋金入りだね。
「今日もいらっしゃるかも、だ。時保、今日は逃がさんからな!」
いや、昨日も逃げてないって。
「放課後になれば判るよぉ、ねぇ」
再び毒てんこ盛りの視線を送って、ヲタ平が笑う。
その時、1時間目のチャイムが鳴って、俺達は自分の席に。
確かに放課後になれば判るかも。けど、それだけじゃない。考えなきゃならない事は山積みだ。
ピンモヒの事、それから昨夜聞いたアレ。はくじゃでんせつ、って何なんだ?
そして……昼休み、あの二人が俺の机にやって来て弁当を広げ始める。
「狭いんだって」
「いつもの事でしょぉ」
「そうそう。ケチケチすんなよ、時保。場所開けろって」
「はいはい」
いつもの風景だけど、今日は独りじゃない事が、何だか嬉しい。
「なぁ」
「また時保のイキナリか?」
まぁ、そのとおりなんだけどね。
「今度は、何かなぁ?」
「はくじゃでんせつ、ってさ」
そう言った途端、ヲタ平が目を輝かせてノってきた。
「なになにぃ、トッキーがぁ白邪電切ぅ?」
「んな、下らねぇ物、読むなよ」
あれ?二人とも知ってる口ぶり。知らないの俺だけ?
「え~下らなく無いよぉ」
スケコマ師の冷たい反応に、ヲタ平が口をへの字に曲げた。読むって事は?
「アメリカ人が日本のラノベ真似て書いたって、異世界転生のパロディじゃん。下らねぇよ」
「真似てるけど、パロディじゃないよぉ。その白き人、邪悪なる者を電光石火の速度で切る。最高だよぉ」
そう言いながらヲタ平は、ペンで字を書いていく。俺のノートなんだけどね、後で消せよ、おい。
「白邪電切、それな」
はぁ、それで白邪電切ね。ラノベだったのか。しかし二人の感想の違い、真逆だよね。
「アキバに来てたアメリカ人が事故で死んじゃってぇ、神様に異世界に転生させてもらってぇ……」
その時点でアリキタリだね、確かに。
「アキバで買ったソーラー電卓ひとつ持たされて、魔法世界でチーレム。最悪じゃね?」
「電卓の関数と数字でぇ、様々な魔法を無限に生み出すんだよぉ。最高じゃん」
「そのアイデアは良いさ、けど完全に白人至上主義だろ、ラノベにリメンバーパールハーバーとか入れるか?」
うぇ。そう言うのはヘイト物って言うんじゃ無かったっけ? 好き嫌いがハッキリ分かれる類だね。
「しかも、だ。主人公が異常に性格が良くて感情移入しづらい上に、ハーレム状態で誰とも等距離で全員と仲良くしたいだと。反吐が出ちゃうぜ」
う~ん。スケコマ師の性格なら、そうなるか。しかし性格の良い主人公でヘイト小説なラノベ? 破綻してないか、それ。
「それが良いんだよぉ。全ての女の子から告白されてぇ、全員好きだから選べなぁい。って最高じゃん」
「俺にゃ考えられんわ、そんな気色悪いの。時保、お前もだろ?」
いや、俺に振るなよ。でも確かに同意見だけどね。
「まぁ普通、一番好きな子ってできるよな。ライバルは出るかも知れないけど」
「だろ? それが当然なんだよ。告ってくれる女の子が十二人も居て、そっから一人も選べないなんて変なんだよ」
俺の答えに、駒下は喜んで何度もうなずく。しかし十二人? それは俺でも腹立つよ。
「トッキーも読んでみなよぉ、白邪電切ぅ。絶対ハマるからぁ」
「いや、いい。十分だ、今の話で」
すがるヲタ平に、俺は軽く肩をすくめながら、そう言ったんだ。
「それが普通だって。あんな下らねぇ物、読む必要ないって」
「二人ともぉ、非道いよぉ」
そんな会話で俺達の昼飯は終わった。
いつもなら長い午後の授業。でも、その日の放課後は、いつもと違ってあっという間にやってきたんだ。
「逃がさねえからな」
帰り支度の俺を、我が友ふたりが両脇から挟む。いや、今日は一緒に帰るって。
「気にしなくても、そんなの居ないって」
「いや、今日もきっと、いらっしゃる!」
気合入ってるスケコマ師に対して、ヲタ平の薄い笑いが実に寒い。
「何かのぉ間違いかもねぇ」
「普通、そう考えるよな?」
それが本音か、スケコマ師!
「だぁよねぇ」
そんな会話を繰り返しつつ、三人で正門に向かう。
「見ろ! 人だかり出来てるだろ?」
確かに。ほぼ男ばっかり固まってるのが見えるね。その中に、女の人が居るのも見える。
何だろ? みんな全く相手にされてないのか? ぞろぞろ消えてくぞ? かと思えば次々に言い寄ってる? ナンパ野郎ばっかかよ、ウチの学校。
その話題の女の人。この時期にリクルートスーツ、って遅いんだか早すぎるんだか。
スラリとした後ろ姿、でも……タイトスカートがパンパン。
デブじゃないんだ、スカートから伸びる脚だって細い。なのに、そこだけデカい。
「あのお方だ、間違いない」
スケコマ師の声に、俺はボヤくしかない。俺を探して待っていた? 今日も居る? 居るからって。
「俺だとは、限ら……」
そのまま、硬直。
振り向いたスーツの女性を見たまま。
心臓が止まるかと思った、なんて陳腐な表現だと、多分さっきまでは思ってた。
でも、実際に有るんだ。今、まさにそれ。
「マジィ?」
ヲタ平の、そんな声も耳を通り過ぎてく。俺に向かって手を振る女性。その人はあの日アキバで出会った、あの綺麗なお姉さんだったんだ。
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