はくじゃでんせつ 本伝 「 白邪電切 」その1
午後9時を過ぎた下町のコンビニ。お客は疎ら。GW明けだからね。そんなもんだよ。
何か食べる物を。
そう思って入ったけど、ただいまグラビアに惹かれて立ち読み中。巨乳アイドルの初ビキニ、俺も健全な高校生なんだよ。
しかし、本を持つ腕が痛い。
「平日の方がキツイんだな……」
今日から通い始めた、スポーツチャンバラの平日、夜の部。
日曜日のご家族向けと違って、マジ厳しい。対暴漢向けとか、大人の実戦向けの講義も有りとは。
もっとも、それを望んでの参加だから、俺にとっては願ったり叶ったり。
「誘い断っちゃたからな……埋め合わせしないと」
我が友、駒沢と平坂。大事な仲間の誘いを蹴ってまで参加した今日の稽古。もちろん大満足だけど、付き合いも大事にしたいよね。
「土曜日、どっか繰り出すかな……」
「少年、そのまま聞いて欲しい」
「え?」
全く気付かなかった。立ち読みにふける俺の横に、5月半ばなのにトレンチコートを着込んだ中年過ぎの髭面が、いつの間にか立って居たなんて。
「前を向いて、グラビアを見たままで良い」
うぅ。巨乳アイドルのページ開きっぱなし。ちょい恥ずい。
「お、お久しぶりです」
「そうだな。今日は伝達が有る。そのまま聞いてくれ」
表情が硬いな、ビューレットさん。
言うまでも無く、その人は先日の秋葉原ビル爆破テロ事件でお世話になった、俺の命の恩人だった。
「悪い話で済まない。富末、いやピンモヒか……奴を捕らえられなかった」
「えっ!」
疎らなコンビニの客が、こっちを向くほどの大声を俺は出してしまう。
当然だよね。ビル爆破テロの主犯が、現在も逃走中だなんて。ただ……
「生きてたんですか、ピンモヒ」
俺は、そう聞き返していた。
ビルの7階から転落したんだ、もしかしたら助からなかったんじゃないか。たった今まで本気で思っていた。
「ああ見えて、奴は軍人崩れでな。下までの転落は避けたらしい。その上、意外にタフだったようだ」
どうりで。
喧嘩慣れなんてレベルじゃなかったように思う。壁の中を移動したり、向こう脛に一撃食らって即座に対処したり。なるほど、奴の反応は軍隊で鍛えられた物だったんだ。
「しかも本部から白鞘の軍刀、と言うよりヤクザの長ドスが消えた。奴が持ち出したと我々は見ている」
気狂いに刃物。頭にパッと浮かんだ言葉は、それ。ロクでも無い事になってるみたいだね。でも、それをなんで俺に?
「奴の狙いは、おそらく君だ。少年」
「え? 嘘ぉ!」
再び、コンビニ内の客が振り向く。
「残念だが、おそらく事実だ」
「なんで、俺を?」
俺より頭一つ高い、レイヤーなガンマンさんを見上げて呆然と問いかけた。
「あの事件で、奴は君に敗北した。プライドが許さんのだろう、素人にやられた事が」
ちょい待って欲しい。ピンモヒを倒したのは俺じゃない。でも、それを知ってるのは俺だけか……
いや、ピンモヒ自身が知ってるはずじゃないか?
「あの、ビューレットさん」
「む? 何かね」
もう最初の、前を向いて。っての二人とも完全に忘れて互いに向き合う。
「あの、ピンモヒを倒したのは……」
「君では有るまい」
「え? 知ってたんですか?」
「当然だな」
「あ、やっぱり?」
若干ガッカリな答えだけど、自分でもそれは判っていた。ただの高校生の俺に、軍人崩れのテロリストを倒せるはずが無いからね。
「実は、あの時、見たんです」
興味深そうな視線を、我が恩人が送ってくる。俺は記憶を掘り返して言葉を紡いだ。
「ピンモヒにナイフで刺されそうになった時、黒い物が飛んできて……」
「これだろう? 少年」
レイヤーなガンマンさんがポケットから取り出して見せたのは、あの時ピンモヒこと富末の腕に刺さってた黒い凶器だった。
「棒手裏剣、が一番近いか。まるで忍者のようだな」
忍者。何となく納得してしまった。ビル6階に突然現れた謎の……多分、女性。
くノ一って奴?
「その後、黒のスラックスが俺の頭の上を通って、ワインレッドのハイヒールの爪先が、ピンモヒの顎を蹴り砕くのを見たんです」
「幻、では無さそうだな」
「絶対、本物です!」
「ふむ……」
その一言の後、ビューレットさんは黙り込んでしまった。
「あの……」
おずおずと話しかける俺。それに合わせて我が命の恩人も、考え込みながらって感じで口を開いた。
「この黒い棒手裏剣。実は手品師の物でな」
「え? 金営さんの?」
「君より先に、蹴り落とされた役立たずの護衛、だった。済まない」
「そんな事、無いですよ。魔術師さんのおかげで俺、助かったんですから」
「そう言ってもらえると、実は私も有難い。申し訳無いのは変えられんが」
班長。
金営さんは、このレイヤーなガンマンさんの事をそう呼んでた。やっぱり上司と部下だったんだな。
「その手品師も、ある人物に救われて命拾いした。その時に、これを半ば強引に持って行かれたらしい」
そう言いつつ、手の平に乗せた黒い棒手裏剣を握り締める。
「君を救った者と、おそらく同一人物だろうと思う」
「それは、誰なんですか?」
「さて? そこまでは断定できん。顔を隠していたらしくてな、手品師も見ていないそうだ」
「そうですか……」
残念だ。できれば会ってお礼を言いたかった。二人目の命の恩人に。
「ともかく、しばらく君は姿を隠した方が良い。命を狙われていると思って間違いない」
えー。学校休めっての? いや、流石にそれはできないって。できれば休みたい、が本音だけど。
「その間、でき得る限り早く、富末を捕らえるつもりだ」
「でも、学校が」
授業はツライが学校は楽しい。俺も普通の高校生。やっぱりズル休みはイカンよね。
「その学校が一番危険だ。少年、君は学生証……いや生徒手帳か。最近、落とさなかったかね?」
落とした、確かに。
でも、それは2日前、学校に届けられて無事、俺の元に戻って来てたんだ。
「それをどこで落としたのか、覚えているかね?」
「多分……あの時だと思います」
あの時。そう、あの日。
ピンモヒ一味に捕まって、多元宇宙のもう二人の俺に助け出された、さっきから続いてるビューレットさんとの話の舞台、その当日。
「それを君の学校に届けたのは、誰だと思うね?」
そう耳にした途端、背筋を冷たい物が流れ落ちて行った。
やたら背の高い男の人で、女みたいな茶髪のロン毛、ずっとマスクをしていた。先生から言われた、届けてくれた人の特徴。
「ピンモヒだったんだ……」
「家は知られていないかも知れんが、すでに学校は割れていると思った方が良い」
心臓の鼓動が早い。これは、ちょいマズイよね。
「身を隠したまえ。必ず捕らえるから」
「は、はい」
「もう一つ、いや、何でもない」
それだけ告げて、レイヤーなガンマンさんはコンビニを出て行った。
はくじゃでんせつ。そんな呟きが聞こえたけど、俺には何の事か全く判らなかったんだ。
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