素にして嫌だが否ではない 第9話
ゴリゴリと動いて行ったそれが、あのバタフライナイフだろうと気付くより早く、俺は首の後ろに手の平を当てていた。
「あれ?」
吹き出す血潮を押さえるつもりだったが、手に付いてきたのは肌色をした薄い膜のような物が一枚だけ。
「あちっ!」
思わず声を上げて手を振り回し、俺はそれを投げ捨てた。
あの有名な湿布薬に似た肌色の膜は、鋭い刃物で切り裂かれて複雑なメカが見えていた。 そこから小さな火花を飛ばし続けてる。何なんだ、これ?
「危ないっす!」
呆然と、床に落ちたメカを覗かせる湿布薬みたいな膜を見ていた俺を、魔術師と呼ばれたい男が突き飛ばす。
倒れたまま見上げた先に、固定材をかけたバタフライナイフで切りつけられる金営さんが見える。
「あぁ……えぇ?」
ピンモヒが横に薙ぎ払うナイフは、金営さんの体を透過していった。
「バ、バカな、なぜ?」
「バカは、あんたっすよ」
どもるピンモヒを尻目に、思いっきり嫌味な笑い方で優男さんは答える。
「彼、この1500番宇宙の、ただの高校生っすよ? ナイフで人を刺せる訳無いっしょ。考えるまでも無くっす」
「え? だました?」
かなりショックだった。思わず俺は、そう口にしてしまう。言葉に出るよね、これは。
「敵を欺くには、まず味方からっす。悪く思わないで欲しいっすね、さんたく君」
いや、思うよ。そりゃ。
「さっき、固定材をかけてたじゃねぇか!」
ピンモヒがキレた。だまされたと気付いた途端、キレる。単純だね、まただまされるぞ、こいつ。
「ありゃ、ただの栄養剤っす。残念ながら」
「この野郎!」
再びナイフが金営さんの体をすり抜ける。
「ホントばかっすね」
そう言いつつ優男さんは、筒状の金属棒を俺に投げた。慌てて俺は受け取る。
「さんたく君、それ持って逃げるっすよ。君が捕まらなきゃ、このビルは爆破できない。僕らの勝ちっす」
満面の笑みで俺に告げる金営さんに、ピンモヒは引きつりながらも笑おうとした。
「そんなガキ放っといて、後楽園球場を先に爆破してやるぜ」
「更にバカっすね」
魔術師と呼ばれたい男は、大げさに肩をすくめる。
「僕も参加したっすよ、後楽園遠征。ただ言われた通りに爆弾仕掛けると思うんすかね」
わぁ、ピンモヒの顔が真っ青に。
「ついでに。最上階の起爆装置、僕に設置させたの誰っすかね?」
今度はピンモヒの顔が真っ赤に。こいつ、面倒くさい事は他人に投げるタイプだね、どうやら。
「マトモに動くと思ってるっすか?」
「貴様!」
完全にキレたピンモヒが大きく振りかぶり、ナイフを振り回す。ただし、俺に向かって。
「さんたく君! 避けて」
叫びながら俺とピンモヒの間に、優男さんが割り込んでくる。その肩口をナイフの刃が切り裂き、鮮血が吹き出す。
「魔術師さん!」
さっきレイヤーなガンマンさんが言ってた。不意を突かれるなど意識が逸れると透過できない場合もあるって。
今がそうだったんだ、俺のせいで。
「くたばりやがれ!」
肩を押さえつつ、俺の盾になろうとしてくれてた金営さんを、ピンモヒこと富末が蹴り飛ばす。
バランスを失って、魔術師と呼ばれたい男は昨日できたビルの裂け目から転落した。
「あ~れぇ~」
何か、とっても残念な叫び声と共に、優男さんはリタイアしてしまう。
「魔術師さん!」
もう一度、俺は金営さんを呼んで、斜めに切り取られるように口を開けたビルの裂け目から身を乗り出して、下を見た。
「居ない……」
優男さんの姿は無い。ビル五階から転落したとは言え消えて無くなるなんて、それは有り得ないはずだ。
そう思って見ていた俺の、無防備な腹が無情にも蹴り上げられる。
上がってくる酸っぱい液を我慢して、思いっきり咳こみ、俺は瓦礫の散乱する階段の踊り場を転げ回った
「馬鹿にしやがって。俺はな、無視されんのが一番、我慢ならねぇんだよ!」
そう言いつつ、ピンモヒが更に俺を蹴り上げる。避ける事もできずに、さっき金営さんが落ちていった裂け目に追い詰められた。
胃の中、空っぽらしい。もう我慢する事もできず蹴られた腹を押さえて、うずくまったまま胃液を吐き散らかした。
逃げる余裕なんて無い。結局、みんなに嘘ついた事になるのか。もう、戦うしか生き残る道は無い。
メガネが、どこかに落ちたらしい。視界が若干ぼやけている。探そうと伸ばした指に、ねじ曲がった鉄パイプが触れた。
「さっさと、そいつを渡せ!」
ピンモヒの声に、うつ伏せに倒れた状態で首をひねって振り仰ぎ、ぼやけた視界のまま相手の顔を睨みつける。
「何だ? その目は!」
キレた、やっぱり。
このビルを爆破する起爆装置を奪おうと、富末は俺を踏みつけようとする。その瞬間、奴は片足立ちになった。今しか無い、チャンスは一度、だよ。
俺が習ってる小太刀護身道・スポーツチャンバラは、普通の剣道とはちょっと違う。
基本的に相手のどの身体のどの部分でも十分な威力で当れば有効打。だから面、胴、小手の他に四番目のヒットポイントが有る。
「くらえ!」
その一言と共に上半身をひねって、俺はバックハンドで鉄パイプを振った。
ピンモヒの軸足に向けて。
そう、足。剣道には無い攻撃を可能にするスポーツチャンバラの技。逆転の一撃を俺は全力で放つ。
鉄パイプが脛を直撃、硬いものにブチ当たる感触が伝わる。
しかし一瞬で、それは手応えを失ってピンモヒの足を通り過ぎ、振り切った勢いのままスっぽ抜け、俺の手を離れて踊り場の向こうへと吹っ飛んでいった。
「くっ……」
うめき声しか出ない、もう打つ手がないから。それでも、相手も無傷とは行かなかったらしい。
「よくもやってくれたなぁ、クソガキ。骨が折れる所だったじゃねぇか!」
左足を引きずりながら、更に俺に近付いてくる富末は、右手に握ったバタフライナイフを振り上げた。
「切り刻んでやるぜ!」
こんな所で、何もできずに終わるのか? 俺。悔しい、たまらなく悔しかった。
「くたば……いでぇえぇ!」
トドメを宣言している最中に、いきなり悲鳴を上げてピンモヒが右腕を押さえる。
そこに黒い棒状の物が生えていた。
富末の顔が近い。痛みの元を抜こうとしてナイフを取り落とし、屈んできたから。ショッキングピンクのモヒカン、やっぱドアップは怖い。
「痛ぇえぇ! 何だ、こりゃぁ!」
ピンモヒが左手で棒を引っこ抜くのを、呆然と見ていた俺の視界の端から、いきなり黒い物が割り込んでくるのが見えた。
「ひ、膝? 足?」
俺のぼやけた目は、黒いスラックスの膝から優美な半円を描いて伸びてきたつま先を追いかけて、そんな呟きを引き出した。
ワインレッドの女性物の靴、パンプスってヤツ? その尖ったつま先が無防備な富末の上あごの付け根にめり込む。
「い、痛そう……」
砕けたのか? 変形しながら横にずれていくピンモヒのあごと、それを押し出すようにめり込んで行くパンプスを、俺は場違いな科白を吐きながら見つめていた。
まるでスローモーションのような一瞬の後、ピンモヒは吹っ飛んで壁に激突し、そのまま崩れ落ちてビルの裂け目から落下する。
「ひぃ!」
情けないけど、悲鳴が漏れてしまった。それ程の回し蹴り。
風を切る音を残して、俺の頭上を黒いスラックスとワインレッドのパンプスが通り過ぎていった。
「ロープ?」
我に返って振り返る俺の目の前に、上から伸びて来てる一本のロープが揺れている。
さっきの廻し蹴りの御方は、このロープで絶体絶命の俺の所に来てくれたんだろうか?
「居ない……誰も」
多分、女性。誰なのか全く判らない。ただビルの裂け目から下を覗き込んでも、ピンモヒの姿さえ無い。
「え?」
名前を呼ばれたような気がして振り向く俺の視界の端に、駆け上がってくるオッサンや銀八さんの姿を見つけ、安心したのかな。疲れからか、俺はそこで急に意識を失ってしまったんだ。
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