素にして嫌だが否ではない 第7話
「君は、本当に巻き込まれ型ですね」
1637番宇宙の気化生命体の俺、ここでのコードネーム阪本銀八さんは、そう言ってイカツイ装甲服の肩をすくめた。
去年の秋、あのニセ総理事件の時に俺自身が装着したメタリックボディの警備用装甲服よりも更に重厚な感じ。
その手にしているのは警棒……って言うより竹刀みたいだ、剣道の。光ってて唸ってたらブライトセイバーだよ、映画ストラトウォーズの。
「今回は、俺……」
「話は後で、今は!」
そんなコンバットスーツに身を包んだ、異世界に生きる俺、ガス人間8号さんが今、ピンモヒの即頭部を殴り飛ばす。
はずだった。
「これは、量子化? そういう事か……」
ピンモヒこと富末の顔を、長い警棒が通り過ぎていく。
「無駄だなぁ、俺達ゃ……」
「我々には、物理攻撃は確かに効かない」
自慢げにしゃべりだすピンモヒを遮り、我が命の恩人は口を開いた。
「我々は1962番宇宙の住人。素粒子生命体と近隣から言われている」
両手を縛られたまま器用に立ち上がり、レイヤーなガンマンさんは告げる。
「体組織を素粒子レベルにまで拡散させ、物体を透過する事が可能だ。こんな具合に」
言い終わるより早く、ガンマンさんを縛っていた荒縄が、ストンと足元に落ちた。
「き、貴様! どうやって……」
「固定剤か? 当然、中和剤も除去剤も存在する。知らなかったのか?」
「そんな物、いつの間に?」
ピンモヒの疑問は俺の疑問でもある。レイヤーなガンマンさんは、それには答えずに別の人に呼びかけた。
「さて、起きてもらおうか? 手品師。いや、ハナから気絶などしてないだろうに」
視線が、倒れている優男の方に向けられる。
「バラしちゃダメっすよ」
笑いながら起き上がった優男は、両手を広げるとマジックショーのように、何本もの小型注射器を出したり消したりを繰り返す。
「ちなみに魔術師と呼ばれたいっすね、僕としては」
「細かい事は抜きだ」
我が命の恩人は穏やかに笑う。とても優しい目をするんだね、気付かなかった。そして優男さんは仲間だったんだ、それも気付かなかった。
「貴様ら、グルだったのか!」
「かも、っすよ」
魔術師と呼ばれたい男は、手首のひと振りで小型注射器を飛ばした。それは見事にピンモヒに命中する。
「今だぞ、マル暴アーマーの君」
「なぜ、このスーツの通称を?」
レイヤーなガンマンさんに呼びかけられ、疑問を口にしつつも、銀八さんは警棒を富末のガラ空きの腹に叩き込む。
その一撃は、ほとんど剣道の技、抜き胴の強烈なやつ!
数週間前に聞いたインド人ハーフに負けない汚らしい悲鳴を上げて、ピンモヒは優男さん以上に吹っ飛んでいって、非常ドアで立ちすくんでいた手下に激突した。
「金営、伸びている奴らを縛りあげろ」
「はいはい。人使い荒いっすね」
かなえいって言うんだ、優男さん。
「さて、富末に釣られて来た君らだが」
「助けてくれ、ビューレットさん」
我が命の恩人に、騙されて似合わないパンクな服装をさせられた人達が救いを求めてる。けど、ビューレットさんって? どう見ても日本人なんだけど?
「ビューレット?」
ガス人間8号さんも同じ思いだったらしい、あちらは声に出ていた。
「私の通り名だよ。本来はブレットと読むべきなんだがね」
昏倒しているパンク野郎軍団は次々に縛り上げていく金営さんに任せて、レイヤーなガンマンさんは助けてくれと繰り返す人々に告げた。
「雇い主は私に任せると言った。今後は真面目に働きたい、そう願う者は私が責任を持って連れ帰る」
本当か! そんな叫びと共に、もうパンクな革ジャンを脱ぎ捨ててる人まで居る。こう言うのを歓喜って表現するんだろうね。
「約束しよう、必ず。ただし罪は償わねばなるまいが」
一気にテンションが下がる人達。
「まずは、誘拐された者達の開放が先だな。それを手伝えば、恩赦が付くかも知れんぞ?」
再びテンションが上がる。皆さん判りやすい。助かりたい一心、当然だよね。
「行こう! 案内しますよ、ビューレットさん」
誰もがその声に非常口の方を向いた刹那、いきなりピンモヒが起き上がった。
「裏切りやがって! まとめて吹っ飛ばしてやる!」
「どぉうりゃぁあぁ!」
物騒な宣言をしたピンモヒが、聞き覚えのある叫びと共に、今度は俺達の方に吹っ飛んできた。皆さん喚きながら避ける避ける。
わぁ! 俺はともかく、銀八さんやレイヤーなガンマンことビューレットさんまで。
床に転がる富末の後ろに、ドロップキックを食らわせたまま着いて来たオッサンの姿を見つけ、俺は笑ってしまった。
「くぉら、ボウズ! オメェは何度言ゃあ判んだぁ! ……って、なんてカッコしてんだよぉ、オメェは」
くそっ! まだ縛られたままだったよ、俺。しかもAVもどきの亀甲縛り! あれ? 今シャッター音がしたよ……って装甲服の手に、あのスマホ以上のスマホが。
「銀八っあん!」
「まぁ、とりあえず記念に」
何の記念なんだよぉ! オッサンと同じ口調で叫んで、仕方無く俺は話題を変えた。
「オッサン! 足は?」
見事なドロップキックを食らわせた足を振り回し、オッサンこと1398番宇宙の俺は胸を張る。
「おうよ! この通り修繕完了だぜぇ!」
いやいや、治療って言ってくれよ。いくら擬似肉体だからってさ。しかし、簡単に話が流れる単純さは有難いね。銀八さんだと、こうは行かない。
「誰かね?」
我が命の恩人が、棗のオッサンを見て問う。
「一琢、参上!」
「い! いったくぅ?」
相当、間の抜けた声を俺は張り上げてしまった。
「そこのガス人間8号が二琢で、ボウズ! オメェが三琢だぁ」
え、俺って三番目? ここ1500番宇宙じゃ、俺が本家本元の時保琢磨だよね?
「彼のサンたく、は仕方無いとしても、私のニたく、違和感満載ですね」
えー! 銀八さんまで。俺って三人目扱いなのか?
「当然、私がイッたく。でしょう?」
「細かい事ぁイイんだよ! まぁ年の順だぁな」
「棗さん、お幾つです?」
「あ? 今年、二十六になったぜぇ?」
やっぱり俺より十歳は年食ってたんだな、棗のオッサン。いや、もっともっと上だと思ってた、実は。
「私、間もなく二十八になりますが?」
げぇ! 銀八さんの方が二歳年上? 絶対逆だって。あぁオッサン、相当ショックを受けてるよ。嘘だろぉ? とか呟いて目が虚ろだって。
「つまり、だ。君ら三人は……」
レイヤーなガンマンさんが、やや呆れ気味に言葉を紡ぎ出す。もしかして俺達三人が多元宇宙での同一人物だって気付いたのかな?
「トリオなヲタク、と言う事かね?」
「違います!」
俺とガス人間8号さんの声が被る。あれ? オッサンは?
「いや、まぁヲタクって程じゃないがよ」
否定しないのか? 1398番宇宙の俺! ここでのコードネーム棗武志さんよ!
「ふむ、なるほど。サンたく、な」
あぁ我が命の恩人さんが、誤解したまま納得してしまったよ。どうしてくれるんだ。
「いやぁ、面白い人達っすねぇ」
縛られていた俺を開放しながら、魔術師と呼ばれたい男こと金営さんが、ほのぼのと感想を述べる。
けど、その後の言葉に皆さん一気に平和ムードが消し飛んだ。
「あちらさん、逃げるみたいっすよ? やっぱ、即効性だけで持続性ないっすね、新薬」
振り返る視線の先に、壁に埋まるようにして部屋から出ようとしているピンモヒの姿があった。
「俺をコケにしやがって! 今から後楽園球場を吹き飛ばしてやるぜ!」
「あ? オメェ馬鹿かよぉ?」
事情を知らない棗のオッサンが、火に油を注ぐ。解説は、既にパンク野郎軍団を抜けた人達がしてくれた。
「本当の事なんだ、イッタクさん。俺達で……あいつと一緒に球場に爆薬を仕掛けた」
あ。一琢、認知されましたね。て事は俺の三琢、サンたくっ! も、皆さん認知済みなんでしょうね? ガッカリだって、そりゃ。
「何だとぉ? マジかよぉ!」
「残念ながら、マジのようっすね」
レイヤーなガンマンさんの目が怖い。っても見てるのはピンモヒじゃない、金営さんにだけど。
「手品師、お前も参加したな? 報告上がっておらんが」
「済みません、班長」
え? さっきまでと声音や言葉遣いから違う? しかもハンチョウって?
一琢こと棗のオッサンも、二琢こと銀八さんも、魔術師と呼ばれたい男の漏らした単語に興味津々だ。もちろん俺も。
「とことん馬鹿にしやがって! ここも同時にぶっと飛ばしてやる!」
誰も自分を見ていない事に気付き、そんな危険な科白と共に、ピンモヒはペンライトみたいな物を振りかざした。
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