素にして嫌だが否ではない 第2話
爆発を続けるビルに向かって駆け出そうとする俺を、銀八さんが引き止めた。
「危険です。君まで巻き込まれてしまいますよ!」
「友達が、あのビルに!」
それだけ言うと、俺は多元宇宙の別の俺を振り切って走り出す。
「待ちなさい!」
銀八さんが俺に併走してきた。
二人で逃げ惑う人達をかいくぐり、黒煙を吹き出すビルの下までやってき来た時には、脱出してきた人達でビルの前は溢れかえっている。
「どうしよう。これじゃビルに入れない」
「任せてくれますか? 琢磨くん」
いつかの寺の境内で見せた、透明すぎる爽やかな笑顔でガス人間8号さんは言う。
「だけど、二人の顔も名前も……」
「何か、その二人の顔かたちが判る物は?」
そう問われて、俺は携帯の写メを見せた。三人で写っている画像、これなら。そう思ったんだ。
銀八さんは自分のスマホらしきものを取り出して、操作しながら俺の携帯に重ねる。
「少々、情報を抜き取らせてもらいました」
「え?」
「平坂くんと駒下くん、必ず助け出します。君は安全な場所に避難を」
言うが早いか、ガス人間8号さんは、まだまだ大勢の人達が雪崩のように出てくるビルの入口から、スルリって感じで中に潜り混んで行った。
「抜き取ったって……あれ、ただのスマホじゃ無いよな」
ニセ総理事件の時に一度、預かった物だと思う。なんて言ってったけか?
そんな事を考えていたら、また爆発音が。上から割れた窓ガラスが降り注いで、ビルの真下にいる人達は頭を抱えて逃げ惑う。
「ヲタ平! スケコマ師!」
少し離れた所に居たから、友の名前を叫んで上を仰ぎ見たから、俺だけが多分それを見たんだ。
爆発するビルの吹き出す黒煙に混じって、開いた穴から飛び出してきた、二つの人影を。
「何だ?」
それは、間違いなく人だった。もくもくと吹き出し続ける煙の、一瞬の切れ間に見えたのは。
「女の……人?」
一人は事件現場に似合わない、ブリブリのアイドルコスチューム。そしてもう一人は、更に場違いなロングドレスを身に纏っていた。
二人は再び黒煙の中に消え去り、俺は幻を見たのかと呆然となってしまう。
「何だったんだ……今の」
そんな呟きを漏らすのが、やっと。だから、ビルから出てきた男達に対して反応が遅れた。
「オラ、オラ、オラァ!どけ!」
そんな下卑た叫び声をあげて爆発し続けるビルから出てきた、先頭の男に気付いた時は、もう俺の目の前に迫って来ていたんだ。
「どけぇ!」
そう叫びつつ男は真っ直ぐ進んでくる。
大柄で、けっこう整った顔立ちなのに、着ているパンクな服装と下卑た叫び声が、男を危ない奴と思わせた。
何よりも、脱色して金色になった髪の両サイドを刈り込んで、更にモヒカン風のテッペンをショッキングピンクに染めた頭が、逃げ出したくなるほど怖い。
ぶつかる。そう感じて目を固く閉ざした俺を、奇妙な感触が通り過ぎた。
「えっ?何」
そう言いつつ振り向いた俺の目の前で、ピンクモヒカンの後頭部が遠ざかって行く。
再び呆然と眺めるだけの俺の右肩から、パンクな鋲打ち革ジャンが生えて、抜け、そしてツルツルスキンヘッドの男が俺の前を歩いて行く。
「そんな……馬鹿な」
二人の男が俺を、通り抜けていった。文字通り俺の体を、壁抜けみたいに透過して行ったんだ。
「野郎ども! ここにゃ、もう用は無ぇ、帰るぜ!」
ピンクモヒカンが振り向きざま叫ぶ。スキンヘッドが応じて拳を突き上げる。俺の周りにいた、手下らしきパンク野郎どもが雄叫びをあげ、同時にまたビルが爆発した。
その間に、見覚えのあるようなワゴン車が数台走ってきた。その先頭の車の中からお気楽な声が響く。
「皆さん、お疲れ様っす! ささ、どうぞ、お乗りくださいっす!」
声の主に何か言うでも無く、パンク野郎どもは次々に乗り込むと、悠々とその場を去っていく。
「何だったんだ……今のは」
さっき黒煙に消えた人影を見た後と変わらない、そんな呟きしか出せないまま、俺は走り去るワゴン車の列を見送るしかなかった。
そんな風に呆けた刹那、最初に出会った時と同じく、その怒声は後ろから浴びせられた。
「くぉらぁ! こんな所で何してやがる!」
「オッサン?」
怒鳴り声の主は言うまでもなく、多元宇宙のもう一人の俺、オッサンことコードネーム棗武志。
「何でこんなトコに居るのさ?」
「そぉりゃ、こっちの科白だっ!」
「ここ、アキバだよ。友達と買い物くらいくるさ」
「この現場に! 何でボウズが突っ立ってんのか? ってオラァ聞いてんだよぉ!」
ビル爆破現場のすぐ横で、多元宇宙の同一人物、時保琢磨二人が押し問答を始める羽目になった。
「銀八の野郎から連絡が入って、ここまで駆けつけてみりゃぁ、オメェは何でヤベェ所に首突っ込む!」
首突っ込んだわけじゃない! 巻き込まれたんだ。毎度同じく。
いや、まぁ……逃げるようにって銀八さんに言われたんだけど。友を置いて逃げるなんて、やっぱりできない。
それを棗のオッサンに説明しようと思った時だった。今までで一番でかい爆発音が鳴り響いいたのは。
「逃げろ! ボウズ。走りゃどうにかなんだろ?」
先に口を開いたのはオッサンの方。
「オッサンは……」
そこまで言って、俺は絶句した。
Gパンが裂けて、覗く足にも刃物で切り裂かれたような傷が。そして皮膚はプラスチックみたいになって茶色味を帯びている。
「まぁた、やられちまってよ。左足が固まり始めてんだぁ。オレ様の事ぁ放っといて、サッサと逃げろや」
「できるかよ!」
「オラァ何が有っても直ぐにゃ、くたばりゃしねぇ。けどよぉ。ボウズは、そうは行かねぇだろうがよ」
「けどさ……」
「オメェ体育会系だろうが? 突っ走れ!」
「一人で行けるかよ!」
そう、オッサンだけ残して、なんて後味悪い真似できっこない。それに、友達二人と銀八さんが、まだビルから出てきてないんだ。
ここに居る人達だって五十人近く居るはずだし、放っておけやしないよ。それをオッサンにぶつける。
「妙な正義感振りかざしてんじゃねぇ! 死んじまったらオメェのカァちゃんはどうすんだ?」
うぅ。と言葉に詰まった。一番痛い所を突いてくるよ、棗のオッサン。
そんな押し問答の最中に、爆発とは違う音と悲鳴が上がる。
「おい! 崩れるぞ!」
叫ぶ声に我に返って、俺は爆発し続けるビルを見上げる。
「こいつぁ、ヤベェ……」
オッサンが息を呑むのが判った。
二人の、そして周りの人々が見上げる中、屋上から下に向かって斜めに、ビルの壁に亀裂が走った。
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