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8.別れ

 飛び出してきたリゼッタの心臓を刺し貫いた瞬間、カインが認識できたのは少しだけだった。

 剣は胸から背中を貫通しており、驚愕したカインが慌てて引き抜いた途端、鮮やかな血が飛び散る。地面には赤い血が模様のように流れる。

 口許からも血を溢しながら、リゼッタは艶やかに微笑んだ。

 白い獣がその血を舐めると、ごうっと音が響き、獣の姿が変わる。白い毛並みが輪郭を失い、やがて大きな白い炎に転じた。

 炎はカインの身体を包み込む。

 リゼッタの唇が動く。


 ――返してあげたわよ。


 掠れた声は空気を伝わらず、カインの耳には届かなかった。


「うわああああああ!」


 怒濤のように押し寄せる記憶の波を受け止めきれず、カインは吠えた。

 取り戻したかった過去、愛しいはずの思い出の螺旋は、ただ羅列した記録のごとく淡々と脳裏を占拠していく。



 好きになった女がいた。

 共に過ごした甘い日々があった。

 幸せな未来を描いた。

 夢見るように恋をした。

 ……君を、愛していた。



「な、ぜ……だ」

 唸るカインの眼前でリゼッタが地に倒れる。

 白い炎は身を焼かず心だけを焦がして鎮火していくが、カインは手を伸ばすことさえできない。

 血の海はそのまま赤い炎となって、燃え上がる。

 リゼッタの肢体は灼熱の狭間で緩やかに塵と化していく。

「リゼッタ……いや、リジー」

 かつて甘やかに呼んだ名を、カインは感情のこもらぬ声で再び囁いた。



 + + +



「リジー」


 懐かしい響きを遠くに聞きながら、リゼッタの意識は薄れていった。

 ようやくすべてを終わらせることができる。安堵感に包まれ、赤く燃える炎に身を委ねる。

 多くの嘘を吐いた。

 ただひとつの本当は、魔女リゼッタ恋人リジーを殺したことだけだ。

 呪いは成就する。

 長いようで刹那の瞬きだったと、今は思う。

 


 ある魔女の里で生まれながら早くに母親を亡くしたリゼッタは、流れの行商人である父親に引き取られ、子どもの頃に里を出奔した。

 狩人の一族に狙われては厄介だからと、普通の人間のように過ごしてきたが、望郷の念は変わらず魔女の里にあった。里の魔女は皆、慕わしい家族であり、親しい友であった。

 父と旅をしながら噂を聞く。野蛮な狩人たちに、魔女の里が幾つも滅ばされたという。リゼッタは焦燥に駆られたが、父が生きているうちは心配をさせたくないから何も言わなかった。

 やがて父は行商の途中で病床に就き、そのまま還らぬ人となる。

 埋葬を終えると、リゼッタは故郷たる魔女の里へ帰った。

 ……里は既に跡形もなく蹂躙され尽くしていた。


 復讐を誓ったリゼッタは狩人の一族が住まう街近くまで向かう。

 そこで……あの湖でカインと出会った。

 リゼッタはリジーと名乗り、狩人の一族に連なる男を利用することにした。親切面をしながら下心が透けて見える男を誑かすのは容易だった。無垢な演技で取り入り、劣情を煽る。街に入り込み住み着いても不審がられずに済んだ。

 栄える狩人の街は流通も多く、外から来た人間も少なくなかった。たとえ敵が少しばかり侵入しようとどうにもならぬという油断もあったのだろう。

 1年近くの時を費やし、リゼッタは周到に仕掛けを作る。街のすべてを炎上させ、一人として生き残らせない罠を張る。幼くして里を離れたリゼッタだが、亡き母からそれなりの知識と力を受け継いでいた。魔女は準備さえ整えば、かなり大掛かりなことも可能なのだ。


 実行を決意したその日、リゼッタはわざとカインを街の外に追いやった。さすがに利用するだけ利用して、殺してしまうのは寝覚めが悪い。カインは魔女狩りにも参加しなかった末端の変わり者で、復讐の対象から外してもよかった。

 夜が深くなった頃合いで、リゼッタは仕掛けを作動する。

 そして――狩人の街は滅びた。

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