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7.心臓

 遠いあの日を思い出している。


 炎の中に佇んでいた美しい女を、カインは知っている。

 後に業火の魔女と忌まわしく語られるその女は、あの日この場所でカインと対峙した。

 本来であれば忘れ得るはずもない。

 それは見事な長い長い赤い髪の……。


「リゼッタ」

「探し物は見つけてあげたでしょう?」

 嘘だ、とカインが呟く。

 本当よ、とリゼッタは笑った。


「呪われてあれ」


 間違いようのない声音が響く。


「私の心臓を、貫くがいい……」



 + + +



 廃墟の街を冷たい風が通り抜ける。

 灰がつむじを巻いて舞い踊り、青い空へと消えてゆく。


 リゼッタは半眼を伏せたまま問うた。

「あんたはそれができるの?」

 血塗られているとは思えぬ真っ白な手は、なおも密やかに己の心臓の位置に置かれている。

 カインは剣を振り上げることができない。

 ただ茫然と立ち尽くしていた。

「リゼッタ」

「馬鹿ね」

 侮るでもなく嘲笑うでもなく、リゼッタは困ったように言った。

「どうしたらいいの。あんたがそんな馬鹿だと、私はまた呪わなくてはいけなくなるじゃない」


 ゆっくりと左胸から手を離すと、リゼッタは背後に控える白い獣に触れる。獣は立ち上がり、じっとカインを見つめた。

「お前……あの男を襲いなさいな」

「くぅん」

「リゼッタ!?」

「いいこと? 戦わないとあんたは死ぬわよ」

 リゼッタは獣をけしかける。

 驚く間もなく、命を受けた獣はカインに飛びかかった。本能的に剣を向けて身を庇うも、鋭い爪は重く衝撃を与える。


 獣は凶暴な牙を見せつけて威嚇する。

 もはや逃れようもなく、カインは覚悟を決めて剣を振るった。

 巨体に反して動きの素早い獣は、カインを容赦なく翻弄する。ぎりぎりの攻防が続いた。

「……っ! この!」

 牙がカインの右肩を襲う。身を屈めて咄嗟に懐に入った。獣は巨体を翻して距離を離す。

 カインは後を追い、――剣を突き刺す。

 嫌な感触があった。


「な……」

 鮮血が広がり、剣を伝う。

 瞠いたカインの目に映ったのは、白い獣ではなかった。


「……リゼッタ」


 剣は真っ直ぐにリゼッタの左胸を貫いていた。



 + + +



 彼女・・とは湖のほとりで出会った。

 まだ10代のカインは、魔女狩りに勤しむ一族の主流に嫌気が差し、殆ど外で当たり障りのない仕事をしていた。旅の商人の護衛や、もっと大きな街での雇われ用心棒は気楽で楽しかった。

 それでも時折、故郷に帰ることもある。帰路の途中で何気なく立ち寄った湖で、ひとり佇む彼女を見初めた。

 ……一目惚れだったと思う。

 旅の途中で身内を亡くしたという彼女を、親身なふりをして街に連れて行った。後はもう口説き落とすだけだ。

 カインの熱意にほだされたのか、彼女は段々と心を開いてくれるようになった。やがて二人は結ばれ、一緒に暮らし始める。


 幸福の時間は1年程度続いた。

 明るく朗らかで、優しく美しい女だった。カインは夢中だった。当然この先子を産み育み、贅沢はできなくとも助け合いながら共に生きる未来を想像していた。


 だが崩壊は突然に訪れる。

 彼女の依頼で遠い街まで買い物に赴いたカインは、業火がすべてを滅ぼし尽くし、何もかも手遅れになってから、その結末だけを目にして絶望した。

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