表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

6.業火の魔女

 心臓を壊せば、奪われた記憶を取り戻せると魔女は言った。

 いつか魔女を見つけたとき、迷わず刺し殺してやろうと決めていたはずだ。

 恨みでも憎しみでもなく単なる手段として、無感動かつ無慈悲に実行できる自負があった。

 だが――リゼッタに同じ状況を提示された今、カインは予想に反して逡巡している。どうしても無防備に差し出された心臓を屠る勇気が出ない。

「死なないんだな?」

「ええ。そういう準備は済んでるの」

「痛くはないのか?」

「……まあ、普通に刺されるのと変わらないわね」

 リゼッタはやや言葉を濁す。

 さすがにカインも驚いて拒絶する。

「駄目だろう、それは」

「一瞬だけよ」

「駄目だ」


 カインはリゼッタの提案を受け入れられない。

 自分が追い求めた唯一のためでも、他者が傷や痛みを負うのはご免だった。

「何よ。大事な記憶を取り戻したくないわけ? 私は失せ物探しの仕事を全うしたいだけなんだから、変な気を回さないでよね」

「あんたにそこまでしてもらう必要はない」

「……何よ」

 真っ向から否定され、リゼッタは拗ねた。何故か寂しそうに見えた。

「いや、俺はあんたに犠牲みたいになって欲しくないだけだ」

「恋人と私を天秤にかければいいだけじゃない」

「幻みたいな過去と、現実のあんただったら、俺は後者を選ぶよ」


 愛の告白よりも誠実に伝わるよう、カインは真剣に言葉を紡いだ。

 リゼッタは絶句し、よろめくように後ずさる。


「なんて……馬鹿なの」

「悪いか。それに、あんたが言ったんじゃないか」

「は?」

「どうして業火の魔女は俺に言ったのか」

 昨日の会話を持ち出して、カインは迷いの理由を話す。

「俺も一晩考えたんだ。正直、今まで何も考えてこなかったから」

「だから何?」

「あんたは知ってたんじゃないか?」

 カインが僅かに責める目を向けると、リゼッタは更に身体を後退させた。

 華奢な背中は白い獣の足にぶつかり、そのまま逃げ場を失ってしまう。

 カインは意に介さず続けた。

「業火の魔女は、殺されたかった」


「俺の手によって終わりたかったんだ」



 + + +



 業火の魔女は終わりたい……。


 それは正解であり、誤解だった。

 ただひとつ間違いないのは、魔女が最後に委ねたのは、カインの選択だったということだけだ。

「あんたは全部を知らない」

 リゼッタは意を決して明らかにする。

「業火の魔女は嘘をついてる。いいえ、すべてを話してはいないのよ」

「何だと?」

 カインの眉が動いた。

「魔女の、心臓……」

 自分の左胸を強く抑えたまま、リゼッタは低く呟く。隠された真実を明かす。

「心臓を貫けば、記憶は還る。代わりにあんたは永遠に失うの」

「……失うって何を」

「愛を」


「恋人の記憶を取り戻したら、あんたは恋人を愛していたって気持ちを……心を奪われる。これはそういう呪いになったの」

「……いったい何なんだ、それは!」

 意味が解らずカインは混乱する。

「どうして……そこまでして俺から恋人を奪いたいのか!?」

「そうよ」

 リゼッタは悲し気に唇を歪めた。

 赤い髪が風に翻る。

 顔を覆っている前髪も舞った。

「あんたは絶対に恋人を取り戻せないの」

「どうして……」

「だってあんたを殺せなかったから」

「俺を?」


 カインは初めてリゼッタの素顔を見た。


「あんたを殺せないなら、恋人を消すしかなかったのよ」

「ちょっと待て。何を……」

 カインは狼狽える。

 リゼッタは……リゼッタが泣いている・・・・・・・・・・


「リゼッタ」

「……何よ」


「あんたはもう、思い出しているはずよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ