5.滅びた街
10日の間、カインはリゼッタに付き添うように湖で過ごした。
幸い、各地で傭兵として稼いだ資金があり、当面働かなくとも懐に余裕はある。
リゼッタが身を清める時間を、カインは剣を振ったり身体を鍛えたりしながら待っている。
最初は何かを言いたそうなリゼッタだったが、しばらくすると呆れて許容した。
「今日で準備は終わりよ」
10日目が終わったとき、冷えた身体のまま平然とリゼッタは告げた。
「明日は馬を二頭借りてきてちょうだい」
「どこに行くんだ?」
訊くと、リゼッタは苦笑して答える。
「何言ってんの。あんた、私にいったい何を頼んだのよ」
カインは眉を顰めた。
「……まさか」
「ちゃんと案内しなさいよね。あんたが魔女と会ったのがどこなのか」
狩人の街があった場所に行く。
リゼッタは迷いなく言い切った。
+ + +
翌日、それぞれ乗馬した男女と後を追って駆ける白い獣は、一刻ほどの時間を費やして、目的の地に辿り着いた。
去ったときと変わらぬ灰色の廃墟を遠目に確認したときも、カインは僅かにも動揺することはなかった。業火に焼き尽くされた街には、もはや誰ひとりとして存在しない。
不吉な呪いの噂に怯え、普通の旅人はおろか、野盗やならず者すら近寄らないらしい。
辛うじて形を残す石造りの家も、触れれば崩れそうなほど脆かった。無闇に馬を走らせるのは危険だと判断し、カインはリゼッタを促して地に足を下ろす。
「嫌なところね」
「仕方ない。とうに滅ぼされた街だ」
本当はそれほど昔ではない。たった7年前までは人々で賑わっていた大通り跡を進みながら、カインは少しだけ虚しくなる。
「報いなんだろうな」
「……今更でしょうに」
「ああ、どうしようもないな。誰も、手遅れになる前に気がつかなかったんだ」
自分も含めて、とカインは悔恨を語る。
魔女と狩人は天敵同士だった。狩人は魔女を化け物と罵り、魔女は狩人を野蛮と蔑む。思い起こせばただの勢力争いでしかなかったのに、両者は年を経て段々と過激になり、最後にはお互いを撲滅するまで争うに至った。
魔女の里を追い落としたときに、狩人の滅びは決まった。業火の魔女も本当は単なる象徴に過ぎないのだろう。
二人と一匹は灰色の道を歩いた。
やがて道は広く開け、おそらく広場だったと思われる場所に着く。
ほぼ機能を失った噴水から、申し訳程度にちろちろと水が噴いていた。
「くぅん」
白い獣が広場を走り出すと、リゼッタが見咎めて制止した。
「ちょっとお前、勝手にうろうろしないでよ」
「ばうっ」
太い尻尾が大きく揺れる。
獣はある一箇所で立ち止まった。
リゼッタは何かに気づく。
「ここね」
ゆっくりと獣に追いつくと、リゼッタは断定した。カインも肯定する。
「そうだ。ここだ」
7年前の光景が徐々に鮮明になる。
カインと魔女があった場所――魔女が呪いを吐いた場所が、正にここなのだ。燃え盛る炎はなくとも、今もなお残影は消えない。
リゼッタは振り返ってカインに確かめる。
「あんた、剣を持ってきてるわよね?」
「? ああ」
「出して。いえ、鞘は要らないわ。抜いて」
訝しがりながらも、カインは抜身の剣をリゼッタに差し出す。
リゼッタは頭を振った。
「違うわ。剣を構えなさい」
右手の指先で自分の左胸を差し、リゼッタはカインに命じる。
「そのまま、私の心臓を貫きなさい」
「……はあ?」
カインは間抜けな声を上げた。
何をとち狂ったことを言っているのか、とあからさまに胡乱な視線を向けられて、リゼッタは面倒くさそうに説明する。
「だから、ふりみたいなもんよ」
「何だって?」
「ただの、解呪の条件の真似事よ。別に刺されても私は死にはしないから、安心なさいな」
リゼッタは一歩だけカインに近づき、剣先を眼前にして恐れもなく促した。




