1.呪い
呪われてあれ。
呪われてあれ、忌まわしき魔女の敵よ。
滅びよ。
業火に焼き尽くされるがいい。
貴様らが魔女の里にしたように。
「私は、お前の最愛を奪う」
魔女は高らかに嗤った。
「大事なものをすべて奪う」
住処を奪い、
家族を奪い、
友人を奪い、
……恋人も奪う。
愛も記憶も思い出も、
何もかも残してやるものか。
「お前は殺さない」
荒れ狂う炎の中で、魔女は残酷に宣言する。
「狩人の血に連なる者。罪深い生き残り」
絶望せよ絶望せよ。
魔女の狂気に呑まれ、深淵の闇に生きるがいい。
「呪われてあれ」
さあ憎むがいい、恨むがいい。
「私の心臓を貫くがいい」
――やがて魔女は去り、
灰色の廃墟の中で男は目覚めた。
◆ ◆ ◆
湖畔の近くには地図にも載らない街がある。
人口も少なく、流通もない。暗く閉ざされた衰退する老婆のような街だ。
かつて近隣にある大きな一族の街が滅び去ったとき、この街も道連れになったと思われた。以来、旅人の地図からは消え、訪れる者もない閑散とした街に成り果てたのだ。
赤毛のリゼッタは、そんな寂れた街に住む、取り残されたひとりだった。
+ + +
からんからんと店の扉が開いた音が響き、リゼッタは顔を上げた。
「……?」
物音はしたのに、人が入って来る気配がない。
不審に思って、リゼッタは仕方なく番台から立ち上がり、店の外に出る。
外は風が強く、ちらほらと雪が降り始めていた。
街の外れにある店には、滅多に客が訪れることなどない。やはり気のせいか、と扉を閉めようとしたとき、ごうと一際大きく風が吹いた。
店の看板が揺れる。
『失せ物探し』
あまり大きくない字で書かれた看板は、北風に晒され、かたかたと音を立てる。
リゼッタはぼんやりと看板越しに暗くなった空を見上げ、次に徐に視線を下に向けた。
不意に、見慣れぬ影が目に入る。
「……ええっ?」
目に飛び込んできたのは、人の形をした大きな塊だった。
「ちょっと、何なの」
どうやら、店の前で行き倒れている人間を見つけてしまったようだ。
リゼッタは困惑する。
俯せの身体には微かに脈動の気配があった。死体ではない。装束から旅人だと判る、若い男だった。
「嘘、でしょう……」
茫然と呟く声をかき消すように、再び突風がうねった。
+ + +
しゅんしゅんとお湯を沸かす音がする。
部屋の中はじんわり暖かく、凍えた男の身体は粗末な毛布に包まれている。のそり、と男が身動きする度に、リゼッタはびっくりして飛び退いた。
さすがに店の前で凍死されるのも寝覚めが悪いので店内に運んだが、軽率だっただろうか。
男は悪夢に魘されたように、時折苦痛の表情を浮かべる。気にはなっても、リゼッタは必要以上には近づかない。
冬の訪れの始め、風が吹き荒ぶ夜は悪い夢に呑まれやすい。
応えてはいけない。
悪夢は業火の魔女を呼び寄せるから……。
「くぅん」
考え事をしながら暖炉の炎を眺めていたリゼッタに、一匹の獣が寄り添った。
犬に似ているが、人間の二倍はある巨体で、毛並みは白く、額には小さな角があった。
「大丈夫」
白い獣の首を擦ると、リゼッタはその巨体に寄り掛かる。
「くぅん」
「平気よ。心配ないわ。起きたらすぐ出てってもらうんだから」
獣は喉を鳴らし、リゼッタの伸ばしっ放しの赤毛に鼻先を埋めた。