ダンジョンと共に
一話より長いです。
ようやく書きたい場面に入れた感じです。
「なに、この村に出店したいと?」
「単刀直入に申せば、そう言う事になります。はい」
ピントン村を訪ねたのは、パンファーリオ王国を中心に活動しているアワドン商会の者だった。
アワドン商会はこの辺ではその名を知らない人はいないと言われるほど有名な老舗だ。
商会の方針として、こだわり無く幅広い種類の商品を扱うので、冒険者からも素材の売り手先として重宝されている。
そして研究者や職人らにとっても、冒険者が集める素材を扱うアワドン商会は貴重な存在になっている。
そんな有名な商会が持ち掛けてきたのが出店の話である。
しかし、何故こんな時期に来たのだろうかとグモルは内心考えていた。
はっきり言ってしまえば、この村に出店しても十分な利益は得られないはずだ。
この村の一番の需要は作業道具なのだが、数名が遠征するだけで事足りる上に、その頻度も多いわけではない。
他の商品に関しても、職人が居ないので素材関連は売れる見込みが無い。
趣味に絞れば小さな需要はあるだろうが、どう頑張ろうと黒字にする事は難しいだろう。
となると、切欠はやはりダンジョンか。
幾ら大きな商会と言えど耳が早すぎる気もするが、もしそうだとしたら渡りに船となるかもしれない。
手詰まりの今、アワドン商会を受け入れることで風向きが変わるかもしれない。
「出店に関しては問題ないが、こちらは緊急時だ。土地の手配以外の支援はできない」
「ええ、ダンジョンの件は把握しております。はい」
予想通りの返答に流石と思う一方で、いったい何が目的なのかという猜疑心もある
現状ダンジョンの対応に冒険者が必要だが、迎える準備が村の資源だけでは到底足りない。
アワドン商会がこの村で出店するとなれば、当然冒険者不足というピントン村と同じ問題を抱えることになる。
「出店の許可だけ頂ければ、後はこちらで準備いたしますのでお気遣いなく」
「お節介だが、この村は冒険者が立ち寄らない場所にある。多くの集客は見込めないのではないか」
「その点についてはご心配なく。必ず冒険者は増えていきますので。はい」
自信満々な返事を聞いて、納得どころか更に謎が深まった。
何故、正体も分からないダンジョン一つにそれ程の自信が持てるのだろうか。
確かに特異ダンジョンと分かっているなら、その自信も頷ける。
しかし、まだ小さなダンジョンではその判別も十分にできないはずだ。
一瞬アワドン商会を偽っている凡人かとも考えたが、それこそダンジョンに賭ける理由が分からない。
「一体、その自信は何処から来ていると言うんだ」
純粋な疑問と同時に、納得の行く理由が見つからない苛立ちが少し出てしまっていた。
平常時ならば、どのような理由であってもそれは面白いと言って簡単に話を進めていたであろう。
だが、切羽詰まっているこの時期に興味本位で出店したいとなれば、迷惑でしかない。
「そうですね。根拠からお話しますと、件のダンジョンから珍しい物が得られたという話を関係者から伺いました。ご存知かもしれませんが、"青サンゴ"が出てきたそうですね」
「ダンジョンのことは聞いておる。まさか、それだけではないな」
「ええ、当然です。はい」
話を一端区切ると向かいの男はにこやかな表情を消し、真剣な様子に替わった。
「少し昔の話ですが、ここから遠方のウォーティス王国にはある特異ダンジョンがありました。そのダンジョンは既に無くなってしまいましたが」
「そのダンジョンは知っておる。このような辺境の地まで噂が流れてくるほどの影響力があったそうだな」
「ええ、特に素材以外の価値があった事が大きなポイントでした。技術者や学者などの素材に興味が無かった人々の需要が飛躍的に高騰した切欠ともなりました。話を戻しますと、その特異ダンジョンは大きな経済効果もあったにも関わらず、我々アワドン商会はダンジョンの喪失という形でその時期を逃してしまいました。この無念は冒険者と職人の架け橋とも言われたアワドン商会にとっての永遠の恥となってしまうでしょう」
男はその時の無念を思い出したのか、顔に皺をよせていた。
「あの一件から特異ダンジョンに関わるには、既に話題になってからでは遅いと学びました。では我々はどうすれば良いのかと考え、そして思い至った先が話題になる前から関わりを持つことでした」
「なるほど。それでダンジョンの見つかったばかりのこの時期と」
「そう言う事です、はい。もちろん、店を構えるだけで満足という訳では御座いません。我々が率先して、ダンジョンを話題にする事こそが新たな方針で御座います!その努力を怠る事は失態を野放しにする事と同意であるという緊張感を持ち、出店を志望しております!」
商会の男は力強く、そう断言した。
アワドン商会は出店先を栄えさせるという計画の元、ピントン村に訪れているということだ。
その覚悟を持っての、無謀とも思える出店なら躊躇いなく頷くことが出来る。
それと同時に、一体何をしてくれるのだろうかという疑問が浮かんだ。
「そちらの覚悟は聞かせてもらった。出店に関しても快く許可しよう」
「有難う御座います。では、近日中に建築業者の者を連れて参ります、はい」
「行動が早いのは結構だが、具体的に何を作るんだ」
「そうですね、先ほどグモル様も仰られた人手不足の対応から始まるでしょう。具体的には宿泊施設や消耗品の売り場からでしょう」
なるほど、本当に一から作り上げるつもりでいる様だ。
しかも、こちらで悩んでいた宿泊施設などの設営も行うつもりでいる。
もしかすれば、こちらの必要なものを積極的に取り揃えてくれるかもしれない。
「ほう。その言い方だと村の発展させたいと取れるが」
「事が大きくなれば、そうなっていくでしょう。もし御都合がお悪いのでしたら、この話は無しという事に致します。はい」
「いや、構わない。だが、村の管理はワシがしている。行動を起こす時は随時、相談に来る事を約束してくれ」
「分かりました。連絡相談は徹底して行いましょう。それでは、今後とも末永くアワドン商会を宜しくお願い致します。はい」
こうしてピントン村の窮地は大商会の協力という、意外な所からの救いの手によって一先ず解決に至った。
その後の相談により、村の開発期間が設けられると同時に、制圧隊に制圧期間の延長を依頼する事となった。
****
商談から十五日ほど経過した。
ピントン村には新たに木造の宿が建設された。
二人部屋が数室と小さな食堂のある宿は旅の者の訪れない簡素な村の中では真新しく、少し浮いているように見える。
だが、その短所を象徴と捉えれば、この村がダンジョンと共に移り変わる第一歩を踏み出した事を表現しているのだ。
村には旅人や冒険者を泊める施設が完成したが、まだまだ宿としての機能は不足している。
単刀直入に言えば従業員が居ないのだ。
人手ばかりは建材の様に簡単に集まるものではないので、希望者が現れるまでは村人の協力が頼りだ。
さらに苦しいことを言えば、従業員が居ても客が居なければ金銭的に運営できないのだ。
では、人を集めるにはどうすれば良いのかと言うと、この場所がどういう所なのかを知らせることから始まる。
ざっくり言ってしまえば、どんなダンジョンがあるのかという情報を広めれば良いのだ。
と言う分けで、現在村にいるソトムとミーテの両名は村からの依頼という形でダンジョン探索を任された。
ちなみにカムイは村の物売りの護衛に付いている。
「ここに来るのも2週間ぶりだね」
「ああ!本格的なダンジョン探索もこれが初だ。気合い入れていくぞ!」
「おー!」
ダンジョン前にいる両名に課せられたのは、ダンジョン内のモンスターを主要とした環境の調査だ。
もちろん、村としては2人の生還が最重要案件なので、危険を察知したら深追いはしない事を依頼の条件に加えてある上、周りも口酸っぱく注意していた。
中には永遠の別れの様に悲しむ者も居た。
村にとってはダンジョンは破滅の象徴であるのは分かるが、心配し過ぎじゃないかとミーテとソトムは思った。
仮にも冒険者だ。
ダンジョンの探索経験はないが、魔物の討伐なら幾度も行った。
早く用事を済ませて村人を安心させたいという気持ちもあるが、冒険者として出来る事をやりたいという思いもある。
多少の無茶をしてでも、出来るだけ多くの情報やアイテムを入手したいという気持ちは冒険者としての性だろうか。
二人は初めてのダンジョン攻略に胸を躍らせるのだった。
****
ミーテを先頭に、初めて訪れた時と何にも変わらない道を通っていく。
前回同様に少し明るくなっている道に若干の懐かしさを覚えると共に、事前情報で聞いた事を思い出す。
「ねえ、ソトム。ダンジョンは来る度に形が変わるって話だったよね?」
「カムイがそう言っていたな。目立った違いは見当たらないが、広間に出てから何か有るかもしれないな」
「そうだね。……あれ、暗くなってる」
広場に着くと同時に早速前回と変わっている点が見つかった。
天井付近にあった松明が撤廃されており、替わりに入口の両脇に二つの松明が設置されていた。
さらにドーム状であった広場は、その半面がごっそりなくなっており、光の届かない真っ暗な空間が出来上がっていた。
「やっぱり真っ暗なのが普通なんだね」
「松明を準備しておいてよかったな」
忠告通り、ダンジョン探索に必要な灯りに松明を持ってきていた。
火種は火属性の素性を持つミーテが用意できるので、松脂が尽きない限りは使い続けられるだろう。
持ち込んだ松明を着火して掲げると、少し奥に一匹のゴブリンを見つけた。
灯りに気が付いたのか、ゴブリンは灯りに向かってドタドタと走り出す。
「いつも通りにやるよ。周りはお願いね」
「任せろ」
ミーテは腰にあるダガーを一つ片手で持ち、戦闘態勢に入る。
一方のゴブリンは相変わらず走ってくるだけで、警戒する素振りも無い。
数秒後、ゴブリンがダガーの距離に入ると同時にダガーの一閃が決まる。
無感情に思えたゴブリンも顔を斬られると苦しむ様にうろたえた。
そして、その隙に頭に深々と刃が突き刺さりゴブリンは息絶えた。
「ダンジョンでもゴブリンは相変わらずだね」
「そのようだが、まだダンジョンが小さいからじゃないか?」
「そうなのかな。このダンジョンがまだ小さいと良いんだけどね」
ゴブリンが動かなると、ダガーを引き抜くより先に死体の消失が始まる。
小さな粒子に分解されると同時に、それらは空気中に溶け出し見えなくなる。
全身が消え、残されたのは元の図体より幾分小さいゴブリンの皮のみだった。
ダンジョンの一般常識として魔物の死体が残らないというものがある。
そして、魔物が安定した品質のアイテムを落とすことも大きな特徴である。
一方でダンジョンの外にいる野良の魔物は死体が残り、アイテムを得るには解体する必要がある。
「解体の手間が無いところは楽だな」
「血とかも気にしなくていいからね」
血や脂が武器に付着すれば、その分状態が悪くなってしまう。
具体的には十分な攻撃力が出せなかったり、脂で手元が狂うこともある。
武器の汚れを拭き取れば多少は良くなるものの、戦闘時ではその時間の確保は難しいだろう。
これらを気にしなくて良いなら、より戦闘に集中できるのだ。
さて、一戦終えた二人は再び探索に戻った。
「早速奥に行くか。新しいものが有るかもしれないな!」
「ちょっとまって。この前の場所ってどうなってるかな」
「……ああ、扉のあった場所か!」
ミーテが気になっていたのは、前回土で隠されていた場所だ。
広場は大きく変形してしまったものの、その位置は健在だ。
早速、入口からの位置を頼りにその場所に向かう。
そこには掘り起こした後は無く、前回よりもしっかりと積み上がった土壁だった。
「やっぱりここも変わっちゃってるね」
ミーテはそう言うも、ふと何かに気が付く。
付近の壁の数か所を手の平で叩いてみると、ある場所を境に土の材質が崩れやすいものになっていることに気がついた。
「この辺ちょっと違う気がするよ。少し掘ってみるね」
「いつの間にスコップなんて用意したのか。周りは見張っておくぞ」
ミーテが上機嫌に壁を掘り始めるのを見ながら、ソトムは松明と棒を持って奥の道を警戒する。
ソトムの素性は珍しい無属性の集中型と呼ばれるもので、行使すれば見た目に似合わない物理的な力を発揮できる。
ちなみにその性質から強化型とも称されるが、まとまった魔力を放出できることから集中型が正式名称となっている。
この素性を持つソトムは属性というアドバンテージは無いものの、片手でも必殺の一撃を放てる所が大きな強みである。
ソトムが2匹目のゴブリンを仕留めた頃、作業を終えたミーテが声を掛ける。
「やっぱり小部屋が隠されてたよ!こんなのが置いてあったよ!」
「また何か見つかったのか!」
ミーテが拾った物は前回とは色の異なる欠片だった。
青サンゴと形は似ているものの宝石のような輝きは無く表面は赤い。
所々すり減ったような白色が見えており、固く脆い材質だ。
「変わった物だな。何処にあるものなのか見当もつかないぞ」
海を見たことがないソトムとミーテには、これが浜辺で拾える"赤サンゴの死骸"であると分からなかった。
****
寄り道を済ませ、二人はダンジョンの奥を目指し始める。
ソトムの持つ松明で何とか道の両脇の壁を確認でき、見えたゴブリンはミーテが素早く対処する。
そうして進んでいくと、遂に来た道に暗がりが出来始める。
「しっかり後ろも警戒しないとね。前は任せるね」
「ああ、後ろは頼む」
二人にとってはこれから先が未知の体験となる。
彼らが活動してきた草原などの広大なフィールドでは、様々な立ち回りが可能だった上に撤退する場合も行先は無数にあった。
しかしダンジョンでは、入口や道が決まっているという点が大きな違いだ。
もし逃げ出すなら、しっかり入口を通らねばならない。
より詳細に言えば退路を随時確保しなければならないのだ。
今度はソトムを先頭に立ち、先ほどよりもゆっくりとしたペースで進んでいく。
背後から来るゴブリンは相変わらずで、ミーテ一人でも問題なく対処出来ているが、ソトムは前に現れる複数のゴブリンに少しばかり手を焼いていた。
ゴブリンという魔物は人間よりも強い爪や牙を持つが、頭の悪さや筋肉の少ない肉体がそれらを腐らせている。
一体一体のゴブリンは単なる村人でも退治できるほどに弱いのだが、子供ほどの質量と十分な攻撃力を持つ個体であるため数が多くなれば脅威になる。
片手が松明でふさがっているソトムはリーチの長い武器を持っているが、一掃するには威力が足りない。
確かに魔法を使えば驚異的な薙ぎ払いを放てるのだが、素性の性質上一撃ごとにごっそり魔力を消費してしまうのだ。
この先や帰りを考えると、ゴブリン程度で大量の魔力を使うのは控えていきたい所だ。
「数が多くなってきた!そっちはどうだ!」
「大丈夫!そっち行くね!」
その言葉と同時に、一匹のゴブリンに拳大の火の玉が投げ込まれる。
頭に命中した炎はそのままゴブリンの頭に引火した。
ゴブリンは普段の掠れた声で悲鳴を上げながら、奥の暗がりに走りこんだ。
そのゴブリンが転倒したところに、新たに三体のゴブリンの姿が確認できた。
「本当に切りがないな!」
「一端狩りに集中しよ!松明増やすね!」
ミーテが持ち込んでいた松明を着火し地面に転がした。
それに続き、ソトムもハッと何かに気が付いたように真似した。
「そういや燃えるもんは無かったな!これで本調子だ!」
両手で棒を構え元気よく振り下ろし、ゴブリンの頭をかち割る。
ダガーの斬撃では二手以内に確実にゴブリンを仕留めていく。
留まってから既に十体ほどのゴブリンを狩ったが、未だに先ほどよりも多くのゴブリンが松明の光へと集まってく。
「まだいるんだね。死体が残らなくてほんと助かるよ」
死体が残っていれば。今頃足の踏み場もない状態になっていただろう。
足元には小さなゴブリンの皮が落ちてるばかりだ。
「流石にこの量が一気に湧くことは無いはずだ。この群れで終わらせるぞ!」
「うん!」
互いを鼓舞し、先ほどと変わらぬペースで淡々とゴブリンを処理していく。
幸いにも、ゴブリンはどの個体も道具を使って来なかった。
四方八方から襲い掛かるゴブリンを一体一体確実に倒し仕留めて行く。
途中で二人の間にゴブリンが湧いたり、落ちているゴブリンの皮に足を取られるなどのハプニングはあったものの、遂にゴブリンの群れを捌き切った。
****
残されたアイテムの量から、およそ五十体近いゴブリンが居たのだろう。
もし、これがダンジョンの外であれば、地獄絵図となっていた上に多くの素材が駄目になっていた所だ。
得られる量が少ないが、倒せば確実に素材が手に入るこの環境こそ、素材に気を使って狩りをするフィールド狩りには無いダンジョンのメリットだ。
「いやーきつかった。もう当分はやりたくないよ」
「それには同意だ。手が入っていないだけで是ほど増えるとは、ダンジョンは恐ろしいな」
いくら弱い魔物とはいえ、大量に来られると骨が折れる。
実際に何度か危ない場面にも遭遇していた。
相手がゴブリンだったのが幸して、ミーテやソトムの魔法だけでも十分に切り抜けることが出来た。
流石に早速探索再開とはならず、休憩を挟むことにした。
もちろん一端帰るという選択肢もあったが、まだまだ気力も魔力も十分あり、依頼を受けた冒険者として満足の行く収穫はまだ無いと思っていた。
休憩といっても仮眠を取ったりすることは、ダンジョンの性質上中々難しい。
そうしたい場合には、安全エリアを作る魔法やアイテムを使ってセーフティエリアを確保するのが一般的だ。
また特異ダンジョンや一部のダンジョンでは、統計的な情報として魔物の湧かないエリアが存在する事があり、環境を作れないが安全な場所が必要という冒険者の避難所として公表されている。
残念ながら今二人の居るダンジョンは、片手で数えられるくらいのグループしか訪れていない新参中の新参ダンジョンだ。
安全エリアなぞ知る人間はおろか、ソトムとミーテのいる地点すら彼ら以外に知る者はいないのだ。
「この先もまだ長そうだね。あー疲れた」
何時魔物が湧いても可笑しくない状況にも関わらず、大の字に体を投げ出すミーテ。
ゴブリン程度であれば、どんな姿勢でも魔法で対処できるという算段だろう。
その様子に少し呆れるソトムは片膝を立てて座っている。
「話に聞く限りはいろんな魔物が居るはずなんだが、他の奴はこの先か」
「ゴブリン以外かー。知ってるのだけにして欲しいな」
フィールドに湧く魔物はゴブリンを始めとした原生生物以外の外見を持つオリジナルな魔物と、原生生物を模倣したような魔物が混在している。
どちらのタイプの魔物も同じ生い立ちだが、不思議なことに動物を模倣する魔物と原生生物との違いは素材を調べるまで区別がつかないほどよく似ている。
二人もオオカミやイノシシといった生物を狩った経験はあるが、魔物だったのか動物だったのかは判別できていない。
当然素材の性質はそれぞれ異なり、需要のある業界も異なってくる。
目利きをしてうまく取引出来れば、大きな価値を生み出せるが二人はそのような事情があることも知らない。
「そう甘くはないだろう。やっぱり冒険者としちゃ戦利品を持って帰ってこそだ!」
「お宝だね!また何か壁の中に入ってないかな?」
「もしかしたら、有るかもしれないな」
ソトムもその言葉に同意して、座ったまま近くに湧いたゴブリンを叩き倒す。
二度もあったのだから、もう一度あったところでなにも不思議ではない。
むしろまた見つかったなら、ダンジョンの有力な情報に成りえるだろう。
ソトムはそう思って壁に意識を向けると、ふと違和感に気が付いた。
「そこの壁の色、他と違わないか」
「あっ、言われてみれば。少し違う気がするね」
松明の橙色を帯びた光に照らされた壁には、綺麗な長方形の形が浮かんで見えた。
その形は縦長で、いつか見た木の扉を連想させる大きさだ。
「よし、とりあえず掘ってみよう!」
もしかしたらお宝が有るかもしれない。
そんな単純な動機で無理やり疲れた体を起こすと、ミーテは怪しい壁を調べ始めた。
スコップで突き刺してみると、浅いところで土とは異なる何か固い物に突き当たった。
期待しながら小さく穴を空けてみれば、思った通りの木の板が見えた。
「何かありそうだよ!」
「おお!そいつは楽しみだ!」
偶然見つけた場所が単なる壁ではないと分かれば、先ず警戒するべきだろう。
だが今の二人は、この向こうに宝があるという事に興奮を覚えていた。
先ほどと同じくミーテが掘り進め、その間にソトムは周辺のゴブリンを対処していく。
ソトムの予想通り、ゴブリンの湧いてくる数は多くとも片手で数えられる程度にしか湧かなかった。
掘り進めていく内に木板の正体が扉だと分かった。
その後は土は剥がれ落とすように取り除けた。
土の汚れ以外は比較的新しい扉を空けてみると、最初の場所よりも広い部屋の様になっていた。
「開いたよ!何かの部屋になってるみたい」
ミーテは床に放り投げた松明を拾い、部屋の中に入る。
部屋の広さは宿屋の二人部屋ほどあり、床に敷かれた綺麗な木の板の上には皮の鞄が置かれていた。
今回はそれ以外にも、藁を平たく並べたものが敷かれていた。
宝を置くための木板のスペース以外はほとんど藁が敷き詰められており、中肉中背の男性なら三人はギリギリ寝っ転がれそうだ。
「そっちはどんな様子だ。お宝はあったか?」
「お宝もあるよ。後は、寝っ転がれそうな場所があるよ」
「なんだそれは」
ミーテの言っていることが気になり、ソトムも部屋の様子を確認する。
「確かに寝床の様に見えるな」
土の地面にある、単純な藁の絨毯に特別な工夫は見られない。
何かをする場所というよりは、休憩するだけの部屋のように見える。
「なんでこんな部屋があるんだ?ダンジョンがわざわざ用意するなんて聞いたことが無いが」
「まあまあ、こういうものだと思うよ」
ソトムは最もな疑問を抱くが、ミーテは深く考える素振りも無い。
「それよりも、ちょっと休んでいこうよ。そのための部屋みたいだしね」
「確かに休めるなら休みたいが」
ここはダンジョンで、いつどこから魔物が湧くのか誰も想定できない。
部屋の中に湧いてくることも、湧いた魔物が部屋に入ってくる事もあり得るのだ。
そのようなことをソトムは心配するが、ふと部屋の入口の方を見て見れば新たにゴブリンが湧いていることに気が付いた。
「ねえ、あのゴブリンこっち見てるよね。なんで来ないんだろう」
「まるで、俺たちが見えてないみたいだ」
「ここって。もしかして安全なんじゃないかな?」
ゴブリンが人よりも夜目が利くのは良く知られている。
人を見つければ、状況に関わらず襲ってくるはずだ。
何かがおかしいと思えば、真っ先に疑うのはこの部屋だ。
ゴブリンに見つからない上に、ゴブリンが最初からいない場所。
それを思えば、ミーテの言う様に安全なのかもしれない。
「ちゃんとした扉もあるし、棒で固定しておけば安心だね」
ミーテは持っていた松明を扉の外に置くと、流れるように藁の上に身を投げた。
そして数秒後には寝息を立て始めた。
ソトムはその様子に苦笑しつつ、扉に手を掛ける。
最後にゴブリンの姿を一瞥して扉を閉めた。