村に訪れた危機
今回は異世界の住人の視点で話が進みます。
10/2[修正]:文章の体裁を少し弄りました。
「まさか、それは本当なのか?質の悪い冗談ではないのか?」
ピントン村の村長、グモルは突然の凶報に狼狽えた。
「残念ながら本当です。先ほどお渡ししたゴブリンの皮は、件のダンジョンに居たゴブリンが残したものです」
冒険者カムイはグモルの心中を察し、同情するように言葉を返した。
「うむ、信じたくはないが。いや、早期に見つけられた事を喜ぶべきか。カムイ、ご苦労だった」
グモルは素直にカムイに感謝し、彼を下がらせた。
カムイを見送った後、グモルはこれからの村の行く末を考えることになった。
***
カムイの届けた報告。
それは村の近くにダンジョンが現れた、というものだった。
世間一般、ダンジョンは魔物の巣窟として知られている。
そして魔物というのは人を襲う魔王の手先という解釈が最も浸透している。
またダンジョンは別名、魔物の苗床とも呼ばれている。
その名が示す通り、ダンジョンが消失しない限り、永遠と魔物が増え続けるという性質を持っている。
そして溢れかえった魔物はある瞬間を皮切りに、一斉にダンジョンの外へと放出されるのだ。
こういった理由からダンジョンが集落や村の近くに出現した場合は、悲惨にもその集落が滅んだ後に確認されることが多い。
ダンジョンというものは小さな村にとって滅びの象徴と言っても過言ではないのだ。
今回のケースでは村に被害が出る前に見つけられたというのが不幸中の幸いであった。
カムイの報告によれば、広い部屋の中に1匹のゴブリンしかいなかった様だが、安心はできない。
ダンジョンというものが常に増築され、新たな魔物を出現させる事は周知の事実である。
しかも、その変異の速さは個体差が大きく、今この瞬間にも変化があったとしても可笑しくはない。
それ故、明日にはこの村が滅んでいたとしても不思議なことではないのだ。
対策を取らねばならない。
そんなことは判ってはいても、余り大きな村ではないピントン村では出来ることなど限られてしまう。
「あのダンジョンが特異ダンジョンであればよいのだが」
グモルは絶望的な状況で希望的観測をしてしまう。
世の中のダンジョンには特異ダンジョンと呼ばれるものがある。
特異ダンジョンはダンジョンの外に被害を及ぼさない、尚且つ有数の素材の原産地に成るといった条件を満たす素敵なダンジョンの事を指す。
しかし、そのようなダンジョンは数が少なく、古くから存在しているダンジョンが大半該当している現状だ。
近年、新たな特異ダンジョンが生まれようとしていたのだが、ダンジョンが潰れてしまったという事例があった。
ちなみにだが、そのダンジョンの影響力は十二分にあったようで、現在の貴族、王族の半数程度はそのダンジョンから得たアイテムを家宝としているという噂もある。
そう言った訳で人類に有益なダンジョンは特異ダンジョンという別称で区分されている。
ただ、そのような願望を持ったところで、ピントン村の危機は去るはずがない。
ダンジョンが出現した場合に真っ先に行うべき手段として、冒険者などの魔物を狩れる人物がダンジョンに居る魔物を間引くことが挙げられる。
グモルにも、この方法以外に選択肢はないことは判っているのだが、ピントン村に冒険者が訪れることは非常に珍しいという懸念があった。
ピントン村が存在しているのはかなり魔物の少ないエリアであり、湧いた魔物も村人でどうにかできる程度の強さしかない。
また、他の町や村の中継地点となるような場所でもないため、補給や休憩地点としての役割もほとんどない。
人の生活するための環境としては確かに好立地ではあるのだが、採集や討伐を生業とする冒険者からすれば旨味のない場所になっているのだ。
「カムイ一人に任せるには危険すぎる。…ああ!彼らがいるではないか」
ピントン村には基本的に冒険者はいない。
そのため、真っ先に先ほど会ったカムイが浮かんだが、その他にも幸運にも冒険者が居たことを思い出した。
冒険者であるソトムとミーテの二人は元々このピントン村の子供であった。
成人を控えたある年、冒険者として生きていくために彼らはパンファーリオ王国に旅立ったのだ。
基本的に彼らはパンフォーリオ王国内や周辺で活動をしているのだが、村が収穫時期を迎える頃にその手伝いに戻ってきているのだ。
「ピントン村の危機を彼らに託すのは心苦しいが、止む終えまい」
せめて報酬は弾もうと思い、グモルは村の命運を彼らに託すのだった。
****
すっかり暗くなった夜道を、三人の冒険者が歩いていた。
彼らの目的地はピントン村の近くに突如出現したダンジョンの調査、及び魔物の討伐だ。
任務の期間は、パンファーリオ王国からダンジョンの制圧部隊が到着するまでである。
「私たちが初めて入るダンジョンがピントン村の近くだなんて、思いもよらなかったよ」
「全くだ。あの辺り一帯は魔物が出てこないのに、よりによってダンジョンだぁ?ありえねぇ」
先頭を歩くカムイの後ろで、ミーテとソトムが談笑する。
「今のところ確認できたのはゴブリンだけだ。ソトム、ミーテ。お前たちはゴブリンと戦ったことはあるか?」
「森でなら何度かあるよ。あいつらの動きは単純だから、気を付けてれば何てことないよ」
「ミーテと同じくだ」
「それなら基本は大丈夫だろう。だがダンジョンではより警戒しておくんだ」
ダンジョンの攻略経験のあるカムイがリーダーを務める即席のパーティは、全員が近接武器を持っている。
ソトムの武器は刃の無い、長い木の棒。
ミーテは一対のダガー。
カムイは変わらず直剣だ。
村からダンジョンまでは、不幸にもそれほど距離はない。
ダンジョンの入口が見えてくると、彼らは緊張した面持ちになり会話が止まる。
しばらく無言が続いたが、ついに入口に着くとカムイが口を開く。
「ダンジョンは基本真っ暗闇だ。明かりは手元のランタンだけしかないと思え。そして、絶対に慢心や油断は禁物だ」
「もちろんだよ。初めてのダンジョンだもん。油断してる暇なんか無いことは判るよ。それに、村のためだもんね」
「当然だ。村の平穏のため、俺たちはダンジョンに立ち向かうんだ。魔物の好き勝手にはさせねぇ」
「頼もしい限りだ。では行くぞ」
彼らは慎重に歩みを進め、ダンジョンに向かっていった。
入口は相変わらず暗く、その横穴はつい先ほど出来たとは思えないほど周りと馴染んでいた。
不思議に思うのが、魔物の世界の入口でもある洞窟からは微塵も恐怖や怖さが感じられないことだ。
これがダンジョン特有の不気味さなのかは、未経験の2人には判別できなかった。
「…気を抜くなよ」
不意に忠告するカムイは、この空気が異様だと判断したのだろう。
後ろに続く2人も頷いて答える。
入口に入ってから少し歩いた後、ようやくダンジョンの異変が見えてきた。
「あれ、明るいよ」
目先の土壁にゆらゆらと揺れる光が映っている光景を見て、ミーテは事前情報と違うことに疑問を浮かべる。
そこにいた全員が、この光が火によるものであることに気づく。
火を光源として扱うという事自体は、野宿などをする場合に必要な技能であるので特別に妙なことではない。
ただその場所がダンジョンの中である事が嫌な予感を生んだ。
「まずいな、誰かいるかもしれない」
カムイの予想は山賊の類が、この場所に居座っているかも知れないというものだ。
カムイは以前の探索で洞窟内には生活感などなかったことは知っていたが、絶対に無いとは言い切れなかった。
もし山賊が居るとすれば、彼らと対峙しながら魔物を間引くといった作業になってしまう。
山賊側も魔物が現れればそれなりのアクションを取るだろうが、一番問題なのがパニックになる事だ。
人数がどれほど居るのかは判らない以上、狭いダンジョン内での乱戦は避けなければならない。
もう一つ考えたくはない可能性があった。
それは、ダンジョン自体が光源を用意した場合だ。
大抵の場合ではダンジョンは魔物が有利になる環境を整えるため、特別な環境下ではない限り暗闇であるのが定石だ。
言い換えれば、暗闇である方が普通のダンジョンなのだ。
では、暗闇ではない理由とは何か。
大抵は先ほど述べたような、特別な環境が必要な魔物が居る場合だ。
分かり易い所でいえば、"溶岩魚"などの溶岩にしか生息できない魔物が居るような場所だ。
その他の理由として、敢えて人を呼び寄せているのではないかという推測もある。
カムイの中にあった可能性のもう一つがこれだ。
確かにこの形式のダンジョンは少ないのだが、その理由として有力なのが情報を知るものが帰ってこないというものである。
単刀直入にいえば、ダンジョン内で殺されているのだ。
言い換えれば、このようなダンジョンは冒険者などを殺す準備が万全であるということだ。
だからこそ、冒険者の間では人を招くダンジョンは生半可な実力で入ってはいけないものとされている。
カムイは人には告げず、心の中で予感が外れることを願った。
残念ながら引き返すという選択肢は当然ない。
光に誘われるようにして、3人は広間へと出た。
****
「なんだ。何もいないぞ」
ソトムが率直に状況を述べる。
「気を抜くなよ、ダンジョンの魔物は不意に湧いてくる。互いに死角を見張れ」
カムイは入口付近に立ち、ソトムとミーテは部屋の中に散らばる。
カムイはそう言ったものの、内心違和感を覚えていた。
ソトムも指摘したように魔物が居ないことが、かなり珍しいのだ。
予定としてはこの広間に来たら、最低でも10匹のゴブリンとの戦闘があるつもりでいた。
「広間は俺が見張っておく。2人は周囲におかしなとこが無いか調べてくれ」
「はいよー。それにしても、噂に聞く様なダンジョンとは全然違うみたいだね」
「ここが例外なだけだ。もしかしたら、別の部屋が溜まり場になっているかもしれない」
「なに、魔物の癖にそんな知恵まで働くのか。ありえねぇ」
ダンジョンというものが、思いのほか呆気なかったことに気が抜けたのか、口数が多くなる。
しばらく探索すると、ミーテがあることに気づく。
「あれー。ここの壁の奥に何か見えるよ」
「ん、どうした」
ミーテが何かを見つけたことに気づき、ソトムも向かう。
「んー、なんか木の、壁?みたいのがあるよ」
土を掻き出して隙間を広げると、何となくそれが何かが分かってきた。
「気になるな。掘り出してみるか」
ソトムはそうと決まれば、両手を使い土を退かしていった。
土は後から積み上げられたのか他の壁の物よりも柔らかく、作業はサクサクと進行した。
「少し見えてきたぞ」
「…扉のようにも見えるね」
例の木の壁の頭の部分が見えてくると、その正体が予測できる。
「あー、これってさ。さっきカムイさんの言ってた別の部屋じゃないかな」
扉から、別室の存在を連想するまでにそれ程時間はかからなかった。
「なるほど。それじゃこの中にはモンスターが一杯だということか?それにしては音はしねえが」
「そーだね。結局モンスターもいないし、もしかしたら単なる洞窟だったのかもしれないね」
「いや、それは無いぞ」
一泊おいてカムイが声を掛ける。
2人がカムイの方を向けば、ちょうどゴブリンとの戦闘を終えたところだった。
見事に突きを貰ったゴブリンは消滅を始め、素材のみを残した。
気付かぬ内に湧いていたゴブリンに驚き、ダンジョンという魔物のための環境下に居るというのを再認識された。
「確かに魔物の数はかなり少ない。ここまで魔物の居ないダンジョンは何処にもないだろう」
「んー。やっぱり出来たばかりだと違うのかな?」
「これほど早期に発見できたケースが少ないから一概には言えないが、そうかもしれないな」
カムイはソトムに見張りを変わると、扉の方に近づいた。
「後はこの奥に何があるかだな。せめて俺たちで捌ける数だといいんだが」
冷静に言うカムイも内心、このダンジョンが他と違うことに困惑していた。
実際にダンジョンに入れば、いつ襲ってくるかもわからない魔物を相手に気の抜けない時間を過ごすのだが、このダンジョンは魔物の絶対数が少なく、部屋には視界を遮る物がない。
さらに言えば、松明によって部屋の視界が確保されていることなどありえないのだ。
前述の通り冒険者の探索しやすいダンジョンは要警戒なのだが、このダンジョンでは唯一ある扉以外に警戒すべき要素が無い。
そして、ダンジョンにはこのような隠された道や木製の扉といった作為的なものが現れることも普通は無いのだ。
一言で言えば不思議だ。
他のダンジョンとは決定的に異なるこのダンジョンには何があるのだろうか。
カムイは冒険者としての探求心に駆られつつも、慎重に扉に手を掛ける。
開けないという手はない。
ダンジョンの調査という名目上、この先を知る必要があるのだ。
「今からこの扉を開けるが、おそらく道が続いているだろう。2人は広間の警戒を頼む」
カムイは魔物を抑え込むには、あまりにも便りのない扉をゆっくりと押し開いた。
お読みいただきありがとうございます。