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隠し部屋のある異世界ダンジョン  作者: なみがら
迷い込んだ異世界と始まる新生活
1/11

異世界へ

9/16[修正]:サブタイトル「異世界へ」「ダンジョン運営とは」「ダンジョン作りと休息」「制圧隊と魔法」の文章を書き替えました。各ページにおいての情報量はさほど変わっていません。

10/2[修正]:文章の体裁を少し弄りました。


「うお、こんなところに道があったのか」


 彼の操作する主人公の目の前の壁が、音と煙を立てて消え去って行く。

 新た出来た部屋の中には宝箱が一つ置かれていた。

 その箱の中には氷が纏わり付いた一本の剣が入っていた。


「やっぱり隠し部屋はいいものだな。この作者とは馬が合いそうだ」


 彼は隠し部屋の配置に感心しながら、柄にもなくそう呟いていた。




 ダンジョン作成ゲーム「迷宮クリエイター」は、多くのプレイヤーに愛されているゲームである。

 そして、有間道真(ありまみちざね)もその内の一人だ。


 このゲームではダンジョンの管理者としてダンジョンを作り上げていくことはもちろん、作成されたダンジョンに挑む探索者として遊ぶこともできるのだ。

 更にダンジョンの作成自由度はかなり幅広く、敵や罠の配置やダンジョンの大きさに加え、配置するアイテムや敵モブ、ダンジョンの環境などもプレイヤーが初めから設計することが可能であり、このゲームの大きな魅力となっている。

 ちなみに、彼が先ほど手に入れた氷の剣も、唯一無二のアイテムである。


 そして道真がもっとも評価している点が、隠し部屋の配置の自由度である。


 例えば、なんの変哲もない石壁の一か所が扉になっている秘密基地。

 例えば、木の陰に隠れた場所にはしごがあるツリーハウス。

 例えば、隠された鍵を使わなければ開かない秘密の部屋。

 例えば、敵の攻撃でしか壊れない瓦礫の山と続く坑道。


 当然、道真自身も幾つかの隠し部屋を「迷宮クリエイター」を通じて手掛けてきた。

 しかし、それらとはまた違う工夫が成された隠し部屋は彼にとっての宝であり、未だに尽きる事の無い数多くのダンジョンはまさに宝の山である。

 だから、道真はプレイヤーごとに違った姿を見せる迷宮にすっかり魅了されていた。


 道真は時々思うことがある。


 現実に隠し部屋があったらどんなに面白いだろうかと。



****



 ある日の夕方、ジャージ姿の道真は日課であるランニングを終えて、家からほど近い公園で体を休めていた。

 周りに住宅が立ち並んでいる中にある緑豊かな公園は、日常とは違う空気を持っており、現実をしばし忘れさせてくれる。

 公園にはまだ、親子連れや部活帰りの高校生、散歩中のおじいさんがちらほら見受けられる。

 道真はいつもの光景を横目に見ながら、自身の気の済むまでベンチに座っていた。


 道真はこうしてゆっくりと辺りを見渡せる時間が好きだ。

 気になる場所を見つけては、もし「迷宮クリエイター」ならこんなイベントがあるだろうと想像するのだ。


「やっぱり木の上にアイテムを隠すのは定番だよな」


 道真はいつもの様に自身の日陰を作っている木を見てそんなことを思う。

 この間は確か、落とし穴の下に隠し部屋があれば面白いだったか。


「定番もいいが、やっぱりもう少し遊び心のある形が欲しいな」


 何時の日にか、道真の友人が作った落下する床が鍵となる隠し部屋には衝撃を受けた覚えがある。


「そうだな、例えばあの木の一部が扉だとしたら、木の中は空洞で地下に部屋を作るか」


 そんなことを考えながら、目についた大樹の根元を見る。


「ん、なんか光ってるのか」


 ふと目に着いたのが、木の幹の一部が夕日の光を反射している所だった。

 当たり前だが、単なる木が目を瞑るほどの光を反射することなどありえない。

 道真はそれが何かを確かめるために、件の木に近づくと、すぐに正体が分かった。


「なんでこんなところに蝶番があるんだ」


 それは一般家庭の玄関扉でも用いられている金属製のヒンジだった。

 よく見れば、木の幹の亀裂の中に数個のヒンジがあるのが分かった。


 道真は一瞬ドキリと心を震わせると同時に、神秘的なものに直面したような気分になった。

 不気味さはあるが、もしかしたらそれが隠し部屋に繋がるものなのかと思えば好奇心でしかなかった。


「もしかして、押したら開くんじゃないか」


 ヒンジの向きからして、押して開くタイプの扉だ。

 もちろん木の表面にドアノブらしきものは見当たらない。


 道真は他の人が見ていないかと周りを確認すると、多くの人が帰宅しており、都合よくも残った人物からも死角になる場所だった。

 周囲を確認した後は早速、扉らしきものに手を掛ける。

 グッと体重を加えて大樹の表面を押すと、扉は重々しくゆっくりと開いていく。


 少し開いた隙間から見えたのは大樹の年輪ではなく、地中深くに続いているであろう縦穴だった。


「まさか現実に隠し部屋があるなんて、思ってもみなかった」


 慎重に扉を押し開けるとその穴の全貌が見えてくる。

 人が入れそうな大きさの幹を入口とした縦穴は単純に土を掘り起こしただけの様だ。

 そして足元には錆び付いていない金属製の梯子が掛かっていた。


「この先はどうなってんだ」


 道真は携帯を取り出して穴の底を照らしたが、それなりの深さがあるようで、地面が確認できなかった。


 灯りの無い未知なる場所というのは不気味だが、それ以上にこの変哲もない公園の真下に一体何があるのか気になって仕方がない。


「まあとりあえず行ってみるか、一応登って戻れるだろうし」


 幸いにも今の恰好はジャージ姿だ。

 多少は汚れても特に気にすることは無い。


 ただ梯子を降りるだけだ。

 何かあったら真っ直ぐ帰ってくればいい。


 梯子に足を掛けて、軽く強度を確かめると、一段一段ゆっくりと下り始めた。



 光の無い唯々真っ暗な空間が続く中、道真が発てる梯子を下る音だけが時間の経過を示していた。


 梯子を下りるだけにしては豪く時間がかかってしまったが、ようやく灯りが見えてきた。

 梯子以外に見つけられた人工的なものに更なる興奮を覚えた。


「いよいよ本格的な秘密基地っぽくなってきたな」


 梯子を下り切り、土の地面に降り立つ。

 道真の背面を照らす光は薄っすらと青みを帯びた幻想的なものだった。


 振り返れば、そこが少し開けた空間であることが分かった。

 そして、目の前には巨大な石の壁が聳え立っていた。


 壁の中央には洒落た模様が刻まれた観音開きの石扉、そして矩形の石を組み上げた石壁とそこに散りばめられた青白く光る宝石が目の前に飛び込んできた。


「まさか公園の地下に遺跡があるなんてな」


 道真は未知なる発見に喜びと感動を覚え、さらに非日常なこの場所を楽しみたいという思いが湧いてきた。

 常日頃思い描いた隠し部屋があるかも知れないという期待を込めて、扉に惹かれるのだった。



****



「おおー、ようやく人が訪れたぞ!」


 俺がその扉を開けようと一歩踏み出した時だった。

 扉は向こう側から開かれた。


 そして、扉の奥から出てきた少女がそう言い放った。


「うぇえ、あっ、だっ、誰だよっ」


 突然のことに、つい頓狂な声を上げてしまった。


「誰と言われても、私は見ての通りだ」


 俺の反応を特に気にする様子も無く返事をする少女。

 少女は黒いコスプレともとれる衣装をまとい、頭や背中にもアクセサリーが付随していてとても珍妙な格好だ。

 頭にあるアクセサリーは2本の大きな角のようなもので、背中についているのは爬虫類のような質感の蝙蝠の羽の様なものだ。

 気が動転しているというのもあるが、見ての通りと言われて分かる訳がない。


「折角ここまでこれたのだ。加ト吉の代わりぐらいは務まるといいが」


 少女が何かを喋りながらこちらに寄って来るが、よく聞き取れなかった。


 そんなことより、少女の正体の方が気になる。

 何故、動物の一部のようなものを体に身に着けているのか、もしかすれば、そういう宗教の習わしなのかもしれない。

 身に着けることで自身を人知を超えた生物へと近づけるとかなんとか。


 実際に俺はそんな話は聞いたことない上に、存在したとしてそれは表に出てこない裏の世界の事情だ。

今は、その裏世界の住人が目の前に居る様だ。

 もしかしたら割と危険な状況なのかも。


「どうした人よ。さっさとこっちに来ないか。」


 考えを巡らしているうちに、彼女は手を伸ばせば届く距離にいた。

 少し不満げな表情を浮かべ、少女はこちらを見上げる。


 興味に任せて先に進むのも良いが、今は状況を知りたい。


「ああ、ちょっと待ってくれ。この場所は一体何なんだ?あと君は誰なんだ?」


 少女はそれを聞いてニヤリと顔を歪める。


「ほほう、知りたいか、お主知りたいよなぁ」


 そう言って半歩ほど距離を空けた後、少女は両手を広げた。

 そして体格に負釣り合いな翼と足元に見えていた尻尾が躍動した。

 翼の生み出した大きな風圧が道真をひるませる。

 ようやく少女に付いていた翼や尻尾が彼女の一部であることに気づかされた。


 人外だった少女に戦慄を覚え、今まで感じなかった危機感が湧き出てくる。


「もしかして、やばい教団の人だったり、するのか?」


 先ほどの宗教関連の考えが付随して、突拍子もない言葉が出てしまった。


 道真の言葉を聞いてか、笑っているような彼女の顔がさらに悪い顔になる。

 何がお気に召したのか。

 彼女の印象が単なるちょっと不思議な女の子から、要警戒の危険人物にシフトチェンジする。

 逃走経路を思い出すも、後ろ手に掴んでいるはしごを只管登っていく他に道が無い。

 どう考えても2歩ほど先にいる少女から逃れる術はない。

 分が悪いどころの話ではなく、詰みである。



「これこれフージェよ。青年を怖がらせてどうするんだ」


 柔らかい老人の声が聞こえた瞬間、絶体絶命の窮地に救いの手が伸ばされた様な心地だった。

 その声の主は、開いている扉の奥に立っていた。


 老人は腰を曲げた姿勢でとことこと、こちらに歩いてきた。

 そして老人は俺の前の少女を捕捉すると、口を開いた。


「早かったなぁ加斗吉よ。もうここを出る準備は済んだか」

「お陰様でな。いやはや、最後だと思うと名残惜しいのぉ」

「そうかそうか、私としては加斗吉が永遠にここに居ても構わぬぞ」

「ははは、わしは十二分に楽しんだ。それに孫との約束もあるのでな」


 突然始まった世間話に道真は先ほどとは異なる戸惑いに襲われた。

 加斗吉と呼ばれた人物は、実に普通のおじさんだった。

 タンクトップに腹巻と股引を装備した姿は、畳の上でくつろいでいるようなイメージしか浮かばない。

 とても外出するような恰好には見えないが、何処かに行くらしい。


「ところで、力の方は本当に貰っていっても良いのじゃな」

「もちろんだ。それが報酬のようなものだからな。存分に使うとよいぞ」

「ありがとな、フージェ」

「加斗吉は私の迷宮を作ったのだ。礼を言うべきは私だ。感謝しているぞ。」


 話が見えてこないが、彼女らはそれなりに親しい仲の様だ。

 今のうちに逃げてしまえば良かったのかもしれないが、目まぐるしく変わる異質な光景に目を奪われてしまっていた。

 力やら迷宮やらといった、どこかファンタジックなものが彼女らに当たり前のように存在しているようだ。

 少女だけならちょっと痛い子だと思うだけなのだが、このような日常的な恰好をしたおじさんが当然のように話題に上げているとなると、その存在が信憑性を帯びてくる。

 もちろん2人とも、そういう人種の可能性は捨てきれないが。


「それじゃ、そろそろ行くとするかの。楽しい時間じゃったぞ」


 別れの挨拶を済ませたのか、おじさんがこちらに向かって歩み寄ってくる。

 俺の横を通り過ぎようとした時、おじさんが口を開く。


「ああ、そうじゃ青年よ。隠し部屋は好きか?」

「は。ええ、まあ」


 突然の問いかけに曖昧な返事を返したが、どんな意図があったのか想像がつかない。


「ははは、それは良かった。ここに来たのも、隠し部屋にロマンを感じたからじゃろ」

「そ、そうっすね」


 おじさんはそれは僥倖と言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべる。

 おじさんの存在が奇妙で正直なところ関わりたくはなかったが、彼の話す隠し部屋とやらには興味が湧いた。


「そう固くならなくても良い。わしも隠し部屋が好きじゃ。この場所を作ったのも、そういった思いを持つ者と会うためじゃ」


 表情を変えずにそう言うおじさんに、俺は適当な返事しか返せなかった。


「隠し部屋にはロマンがある。じゃが、現実にはまず存在しないじゃろうな。それでも、もし現実にあったらと考えてしまう」


 おじさんが続けて語りだした内容は、ちょうど俺が常日頃考えていた事と酷似していた。

 俺が神妙な面持ちになったのを気に入ったのか、おじさんは小さく頷いて話を続けた。


「うむ。では、何故現実に隠し部屋が無いのか。わしの考えでは、旨味が無いからだと思っておる。そこで聞きたいのじゃが、青年は隠し部屋に何を求めておる?」

「隠し部屋に求めるものか…」


 興味のある話題に道真は真剣に振り返る。



 隠し部屋が何故好きなのか?

 それは見つけた時のワクワク感と新たな発見に対する興味が湧くからだ。

 では、その興味とはなんだ?

 何もない隠し部屋は、まず存在しないだろう。

 では、何があるのか?

 そこにはアイテムがあったり、新たな道があったりする。

 そうか、それが興味であり求めるものだ。


「アイテムや新しい道があってこその隠し部屋だ」


 俺はそう結論を出す。

 おじさんもそれに納得したかのように言葉を返す。


「そうじゃな。得られるものがあってこその隠し部屋というものじゃ。ただ、現実じゃと法律があるからの。そう易々と隠し部屋を作るわけにもいかぬのじゃ。残念ながらの」


 そこまで言い切ると、俺に問いかけるように目を合わせる。


「そこでじゃ。もし、隠しアイテムが必要とされている世界があったら、どんなに素敵じゃろうか」


 おじさんの話したい内容というものが次第に見えてきた。

 彼は遠回しに言っているが、そういった場所があるという事だろう。

 道真は素直に感想を述べる。


「誰しもが隠し部屋に期待を込め、見つけた時の興奮と驚きを分かち合える世界。まさしく俺の理想郷だ」

「ははは、そこまで熱望しているとはな。察しての通り、この扉の向こうがその理想郷じゃ」


 道真の返事に気を良くしたのか、加斗吉はどこか安心した様子で近くの土壁に向かった。


「口先だけで言っても実感が湧かんじゃろ。見ておれ」


 そういうと、おじさん石壁に手を触れる。

 すると、その石壁に現れた白い光線が四角い縁取りを描き始める。

 白い光が消えると、縁どられた石壁は石煙を上げながら真上の石壁に吸い込まれていく。

 ぽっかりと開いた石壁の先には、畳の敷かれた居間が広がっていた。


「おお、すげえな」


 無意識にそう言っていた。

 夢にまで見た、現実に存在する隠し部屋が今目の前に現れたのだ。

 興奮せずにいるなど、俺にとっては不可能だ。


「そうじゃろう。わしはそれなりに長い間、フージェと共に迷宮を作り上げてきたのじゃ。もちろん、隠し部屋を作ってな」


 好奇心を煽るように加斗吉は俺に語る。


「青年にもその機会があるのじゃぞ。後はフージェが教えてくれるじゃろう」


 加斗吉はフージュと呼んだ少女に視線を送る。


「その通りだ人の子よ!私の元に来れば、隠し部屋とやらを存分に与えようぞ!」


 先ほどまで空気であった派手な少女は元気よく喋る。

 突然大きな声で話しに加わる少女に道真が戸惑っている間、おじさんは退場していく。


「これでお別れじゃ、青年よフージェと仲良くな」


 加斗吉はそういうと、先ほど開いた石壁から居間に入っていった。

 石壁は役目を終えたかのように、降りてきた石壁と繋がって元の姿に戻った。



****



「そういう分けだ。これからよろしく頼むぞ!」

「ああ、こちらこそ。…いや待て何かおかしい。絶対おかしい」


 フージェにいつの間にか手をひったくられて握手をしていたが、その手を解いて一歩身を引いた。


「何がおかしいのだ?ここは私と共に来る流れのはずだ。おとなしく来るがよい」

「いや、俺にだって拒否権ある。とりあえず帰してくれ」


 確かに、理想郷に行けるというのは魅力的に映るが、「はい行きましょう」と二つ返事で行動に移すほど楽観的な思考は持ち合わせていない。

 冷静に考え直せば、目の前の少女は危険な存在なはずだ。

 そのまま付いていけば行けばどうなるか分かったもんじゃない。


「ほうほう、帰りたいとな。残念だ、私はお主の願いを叶えられそうにないぞ」

「ああ、何もしないだけでこちらとしては有難い」


 来た道を引き返すため、後ろを向いた。

 しかし目的のはしごは見当たらず、背面は土壁があるばかりだ。

 それどころか、はしごの通っていた縦穴すら消失してしまっていた。


「おい、出入り口をどこやった」

「私は知らないぞー。時間がたったから此処と繋がりが無くなったなんて言ってないぞー」


 彼女は入口が消えたと棒読みで告げた。

 彼女がこの状況を狙ってやったとしか思えない。

 ある意味では時間稼ぎをした加斗吉爺さんもグルだったか。

 したり顔を浮かべる少女に不安より先に苛立ちを覚える。


「来た道が無くなるなんて聞いてないぞ」

「そりゃ喋ってもないし、聞かれてもないし、話題にもなってないから当然だ」


 呆気らかんと正論をぶつけられ、嵌められたという行き場の無い怒りが湧き上がる。


「ともかく来てしまったのだ。帰り道が無いなら進むほかあるまい。それに悪いことばかりではないぞ」


 少女は両手と両翼を大きく広げる。

 そうは言うものの俺にとっては不安でしかない。

 何より、扉の向こうで俺が何をされるのかを考えると怖くて仕方がない。

 そんな分けで、少女に付いていくという選択は宜しくない。


「ここはお主にとっての理想郷だ。私はお主の望む、隠し部屋とやらを与えられるのだぞ」

「お前について行ったところで、俺になんのメリットがあるんだ」


 少女は俺の返事が意外だったのか、キョトンとした表情を浮かべる。

 一つ咳払いをした後、少女は淡々と答える。


「そうだな、お主のメリットは帰り道をもう一度開けるようになる事だ。加斗吉のようにな」


 少女は俺を馬鹿にするような表情を作り続けた。


「しかしながら、私と共に来ないお主は今後どうするつもりだ?」


 突然の問いかけに俺は固まった。

 俺は彼女に付いて行かないという現状を維持出来れば良いと思っていて、確かに今後に関しては何も考えていなかった。

 少女がふらふらと俺の所に近づきながら話を続けた。


「お主が自身でどうにかできるなら好きにするとよいぞ。でもな…」


 少女は踊るように俺の周りを歩きながら言った。


「私は、お主が来ないと損でしかないのだ。折角、作戦拠点をお主の世界と繋げたというのにな」


 ふと少女が俺に向き直ると、俺の手を取った。


「お主が得を求めるように、私だってできる限り損はしたくないのだぞ」


 そう言った後、もう一方の腕を俺の肩に置いた。

 そして顔を寄せて提案してきた。


「お主をただ置いて行くよりかは、死んでもらった方が損失が少ないのだ」


 少女の表情には怒気や殺意というような物はなく、純粋なものだった。

 まるで、友人の相談に乗るような気楽な口調でいた。

 俺はまた別の意味で固まった。


 俺は彼女の言っていることはしっかり理解していた。


 要するに来ないのなら死ねという事だ。


「さて、どうするかはお主の自由だ。来るも来ないも私が決める事ではないぞ。ああ、言っておくが作戦拠点を動かしたらここは土に埋もれるはずだ。お主を生き埋めにさせるのは可哀想だから、残るならしっかり止めを刺しておいてやるぞ。でもまあ、そうしたところでエネルギーの元は取れないからお勧めはしないぞ」


 俺が顔を青くして黙っていることを良いことに、次々と可笑しな内容を話し出した。

 まるで俺が死を選ぶ事すら当然というような口ぶりと、何の悪気も感じていない少女に寒気を覚えた。


 いつの間にか少女は俺から手を放して、返事を待っているようにこちらに視線を向けいていた。


 もはや、逃げ出すことも不可能な俺に残されたのは、希望の無い選択することだけだった。

 俺は思わず現状を嘆いた。


「…俺が何をしたって言うんだ。なんでこんなことに」

「何をしたかとな。それはお主が一番よく分かっているはずだ」


 俺の言ったことに対し、少女は不思議そうな顔をする。


「ここにお主がいるのは他意ではないのだ。お主が望んで来たのだ。戸を開け、梯子を下ってここに来たのだ。いつでも引き返せたのにな」


 少女が話したのは、俺がここに来るまでの経緯だ。

 その話におかしなところは無く、何かを言い返すことはできなかった。


「手短に言うとな。お主の望むものをやると言っているのに何故拒むのかという事だ。お主も進んでここに来ているのだ。歓迎するぞ」


 いつの間にか少女の言う言葉を噛み締めていた。

 これが俺が望んだ結果だと言う様に少女は話す。


「お主が来なければ互いに損するだけだ。お主が望む理想郷を命を持って拒むなど、狂っているのと変わらないぞ」


 その言葉を聞いている内に、俺の中で何故拒んでいたのかが分からなくなっていた。

 必然的に残った選択肢は、俺の望んだ隠し部屋の現実介入だと言う。


 それを拒むような障害は元から在りもしなかった。

 目の前の少女すら、俺が理想郷に行くことを歓迎してくれている。


 そうすることで、損する者が居ないのなら、そうしない理由は有るはずもない。


「確かに、断る理由はない。いや、むしろ連れて行ってくれ。その世界に」

「ようやく付いてくる気になったようだな」


 少女に手を取られ、ようやく安心と実感が湧いてくる。


「改めて、人の子よ。よろしく頼むぞ」

「ああ、こちらこそ。あと俺は有間道真だ」

「道真だな。私のことはフージェと呼ぶのだ」


 少女と挨拶を交わし、新たな生活への期待と後戻りできないという背徳感や喪失感をはっきりと自覚した。

 不安があっても、やはりこれからの異色な生活に対する興奮が大きい。


「これから楽しみだな」

「ふふ、いい顔になっておるな道真。まあ、これからじっくり話そう」


 フージェが道真に同意するように笑う。



 ひょんなことから現実とは異なる世界に迷ってしまった道真は、未知なる生活に期待を抱くのだった。



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