清水スバル 二月二十一日 午後十五時十二分
清水スバル 二月二十一日 午後十五時十二分
無事にスタートしてからというもの、仕事もほとんど無くなり俺は手持ち無沙汰だった。特にすることもないため、チャンネルを実況番組に合わせる。
「注目のZレースがスタートいたしました。各チームともにスタートは失敗することなく順調な滑り出しです。なお、ここで残念なお知らせがあります。トンビコースから出場予定だった十二チームのうち半数のチームが発進前に出場を辞退いたしました」
「そうですかー。それは実に残念ですー。今回は宇宙嵐が来たためにしょうがなくといったところでしょうかねー? このウインドミル杯は来年もあります。彼らのこれからに期待をいたしまうしょうー」
「ところで鏡見さん。解説者の立場からすると、注目のチームなんてありますか? 私は注目チームが二チームあったんだけど、どっちも今リタイアしちゃいました。あーここは笑うところですよ?」
「ハッハハッ。みるさんはトンビコースしか見てないからそうなるんですよー。でも、僕の注目チームも残念ながらリタイアされたんですけどねー。僕も言っておきましょうここは笑うところですよー? そういうことで他に注目を挙げるなら、実績のある学生アマプロのチームである『ハイエナ』ですかねー。そしてなんといっても、『タイタニック』ですー」
「なるほどっ。ハイエナチームとタイタニックチームですか。ハイエナチームといえば有名ですもんね。でも、タイタニックチームっていうのは私は恥ずかしながら聞いたこと無いチーム名なんですが、有名なんですか? いやもちろん沈没船としての歴史は知っているんですけどね」
「タイタニックはですね……。ハヤブサコースからスタートしたチームの中で現在トップのチームですねー。なんといってもあの金色に輝く場違いな機体は僕でなくても注目せざるえないですよー」
ぶっっ。自分のチームが注目なんて言われたときは自分の飲んでいたジュースを吹いてしまった。しかも場違いとまで言われるとは……。
妨害行動のあるZレースにおいて通常は攻撃されないように暗い配色の色で宇宙に隠れながら進むのに対して、金色の機体で出れば、狙ってくださいと言ってるようなもんだしな……。場違いというのも納得と言えば納得なんだが……
それにしても早くもリタイアチームが出たとは……。でもリタイアチームが出たことは俺たちにとっては、どうでもいいことであった。
もともとトンビコース自体が今回は宇宙嵐のせいで走行なんてできないのだ。つまり、六チームが早々にリタイアしただけであって、いずれはトンビコースのチームは全てリタイアするしかない。
しかし、少しだけ心が軽くなったような気がしたのも確かなことである。
飲んでいたジュースを操縦席に置こうとしたところ、プツっという機械音とともに、左にあるモニターの画面が実況番組から別の画面に切り替わった。画面を覗いてみると美鈴の姿が映っており、話しかけてきた。
「あーもしもし聞こえてる? 聞こえてるわよね。美鈴だけど、回線チェックなんだけど?」
「あーうん。聞こえてるよ。回線のほうも問題はなさそう」
「そうわかったわ。わたしが作ったんだから当然といえば当然なんだけど……。それじゃあ状況確認するわよ? 後ろのチームの機体との距離が右上のモニターに表示されているはずだから教えて」
右上のモニター?
この機体には複数のモニターが付いている。一つ目は左側の美鈴が移っているモニター。このモニターは外部の電波を拾えるため、先ほどのように実況番組を見ることもできる。
二つ目は正面についているメインモニター。このモニターは宇宙空間でガラスを通して外側を見る事の設計されていない機体にとって、カメラを通して前方を映し出すというとても大切な役割を果たすモニターである。
そして三つ目が右上の計器類の表示を表すモニターである。
右上のモニターを見ると後方の機体との差は七秒という表示が難しい専門用語を通して表示されていたが、ここはその難しい用語とやらを省略して七秒差だと認識する。
通常、相手との差を計る際は距離を基準にするが、レース競技においては差を秒や分で表す。その理由を説明すると、これもいろいろと難しいお話になるため、省略する。
つまり、ここで大切なことは美鈴に二番手の機体との差は七秒だと伝えることである。
「えーっと、二番手の機体との差は七秒差で、さっきから差はだんだんと広がっていると思う。あと三番手との差は七秒強ってとこで、二番手とあんまり変わらない。」
「七秒差か……。ってことは、スタートは成功って認識でいいみたいね。そうすると次に仕事をしないといけないのは、わたしと楓先輩ってことになるわね。アンタはわたしの仕事についてどれだけ楓先輩から聞いてる?」
今回のZレースにおける美鈴の仕事について……。
一つ目は、メカニックとしてタイタニックを作りあげること。この件に関しては、今のところノルマ達成の状況と言える。もちろん途中でタイタニックが壊れなかったらという仮定の話だが……。
二つ目は、レースが始まった後に俺のサポートと他のチームの妨害をすること。
「妨害をするんだよな。実をいうと楓さんからは美鈴の仕事の内容についてほとんど聞いてないんだ。聞いていることとしたら、レース前に美鈴が『でかい攻撃をぶちかます』って言ってたことぐらいだ」
「ふーん。ってことは要するにほとんどじゃなくて、全くわかってないってことね。いいわ。説明してあげる。まず時間にすると、今から十二分ぐらいでアンタが私の構えているポイントを通過するわ。そのときに、わたしの前をアンタが通ったのを確認後レーザをぶちかます」
「なるほど。じゃあレーザーの威力のでかいやつをぶちかまして後ろの機体を威嚇と撃墜しようってことだな」
「違うわよ。人の話をちゃんと最後まで聞きなさいよ。でかいのぶちかますってのはそういう意味じゃないのよ。今回、私たちが使うレーザーの出力自体はものすごく弱いの。でも使うレーザーの種類が『反粒子レーザー』なのよ」
反粒子レーザーとは……。三年前宇宙国際環境会議にて、十七年ぶりに満場一致で正式に使用を禁止された科学兵器である。
通常のレーザーは物体を破壊する際に組織を焼き殺しながら進んで行く。それに対して反粒子レーザーは組織の結びつき自体を分解させて進んで行く。
この二つのレーザーの差はとても大きい。なぜならばレーザーを防ぐ際に通常はバリアーを使う。しかし、反粒子レーザーはバリアーの結びつきさえも壊してしまうため、実質ガードのできない兵器となっているのである。
また、通常のレーザーと異なり低速で七色の光を放ちながら進むため、他のレーザーと見比べた際にすぐにわかるものになっている。
「おい、ちょっと待って。いや、待ってください。そんな兵器使ったら一発アウトだろ。反則でレース失格どころか、警察に捕まるだろうが」
「だから話をよく聞けっていってんでしょ。正確には反粒子レーザーの視覚的特徴を真似た低速の七色のレーザーを発射するだけよ。つまり、ただのレーザーと変わんないわ」
「それってどうなの? 確かにそれなら犯罪じゃないけど、逆に敵チームがレーザーを見て反粒子レーザーだとうまく勘違いしてくれるのかってなったら、説得力が少なくないか?」
「そうね。アンタの言うとおりよ。つまり重要なことは特徴を真似してもその威力を真似できてないと意味がないのよ。だから実は数日前にこのポイントを通る予定の大きさがそのへんの小学校が三つ分ぐらいの巨大な浮遊岩に仕掛けをしたの」
「仕掛けって……? なんでわざわざ浮遊岩に?」
「しょせんはただのレーザーだから敵チームの機体に当たってもバリアーで弾かれるわ。でも浮遊岩ならバリアーなんてないんだから弾かれないでしょ?」
「理屈は通ってるね。じゃあどんな仕掛けをしたのさ?」
「浮遊岩に大量の爆薬をしかけたの。だからレーザーが当たるとものすごい爆発をするはずよ。そして、この爆発があることを知らない後ろのチームは破片で進路を一部変更せざるえないでしょうし、なによりも、わたしたちのチームに対してなんらかの恐れを抱くことは間違いなしよ」
この女……さらっとヤバイことを言いやがった。そして俺はこの作戦の重大なデメリットに気づいた。その飛び散った破片がものすごいスピードで飛んできて俺の機体に当たる可能性もあるのだ。
バリアーがあるから大丈夫だといっても、バリアーというものは基本的に人工的な攻撃に強いつくりになっている。そのため、レーザーや爆発といった攻撃に対しては、それはそれはとてつもない効力を発揮する。
しかしだ。巨大な岩が直接ぶつかってくるような超物理的攻撃に対してはその反面モロいという特徴がある。ましてや、俺のチームの機体はスピード重視で防御力を大きく減らしている。果たして俺は無事にゴールすることができるのだろうか……。
「アンタね。なんで心配そうな顔してんのよ。もしかして飛び散った破片のことを気にしてるんじゃないでしょうね? 話ちゃんと聞いてた? アンタが通り過ぎたあとにレーザーを発射するのよ。つまり、アンタの後ろから破片が追いかけてくる形になるわ。じゃあここで問題よ。宇宙空間を加速している高速宇宙船を爆発で飛び散った破片が追っかけてきます。果たして破片は機体に追いつけるでしょうか? 答えはノーよ」
「ホントだ……。破片が当たるわけがないんだ。安心したよ」
「まぁ、万が一当たったらタイタニックは撃墜しちゃうんだけどね」
「すんのかよっ!」
「そういうわけだから次はレーザー発射後に連絡するわ。打ち抜くタイミングに集中したいから、そっちからの連絡は禁止ってことで、じゃあね」
プツっという音とともにモニターは消えた。若干の不安というものを残して消えたのであった。