清水スバル 二月七日 午後一四時四十二分
清水スバル 二月七日 午後一四時四十二分
楓さんからの申し出を受けたあと、Zレースの参加届けを書いた。楓さんは参加届けを俺が書くと、をZレースぼ委員会へ提出に行ってしまった。
置いてけぼりにされた俺は他に特に用事もないためZレースについて勉強することにした。
勉強の方法としては、まずインターネットだ。それが一番手っ取り早く情報が手に入れやすいと思った。大学には図書館もあったが、今時そんなもの使う学生なんて少数派だ。
大学の近くのオープンカフェにて一番安いランチセットを頼んで、さっきまでレポートを書いていたノートパソコンで検索をしてみる。
「自分の命と単位がかかってるんだ。なんの努力もなしでいられるわけがない」
決意を口に出しながらインターネットでZレースについて検索してみるが、どうもよくわからないのである。考えてみればそれも当然の結果であった。
パソコンをポチポチするのを長時間できるような人間であったなら、今頃レポートもしっかりと書けて単位の心配なんてする必要すらないのだから……。
できることなら友達の犬飼に今すぐ相談をしたい。犬飼ならZレースについて詳しいし、パソコンで調べるよりもっとタメになることを教えてくれるだろう。
しかし、楓さんから出された条件には親や兄弟はもちろんのこと、友達でも絶対に話してはならないという鉄のオキテがある。
作戦に関わるからといえ、厳しすぎではないのだろうか?
「ハァ~もう無理だ。Zレースなんてぜんぜんわからん! だいたい検索に引っかかるページ数は多いのに、パイロットのことになるとなんでこんなに情報少ないんだよ」
心の底からためいきが出る。検索ワードを変えても結局はZレースで賭ける側の視点の話ばかりが表示される。そして、やっとしっかりとしたパイロットに関する情報を見つけたと思ったら、パイロット育成の専門学校の案内だ。
これはもう見つからないのは運命だと思ってあきらめるべきだと、悟ってしまいそうになる。
そんなとき後ろで誰かが俺のパソコンを覗き込んでいる気がした。なぜだかわからないが、直感で楓さんのような気がして後ろを向いてみる。しかし、そこにいたのは楓さんではなく、自分と同じくらいの歳の赤い目立つジャージを着た男だった。
「あーすまん。なんかパソコン見ながら独り言しゃべったり、ため息ついたりしよるから気になって覗いてしまったんよ。ほんまにすまんな。それでな、もしよかったらなんやけど、ここで会ったのもなんかの縁やし相談にのりますよっと」
赤ジャージの人はすごく気さくに話かけてくれた。そして、その男の手にはZレースの雑誌が握ってあった。
「その雑誌……」
「うん。Zレースのやで。キミもZレースのことについて調べよるんやろ? 自分で言うのもアレやけど、俺そこそこ詳しいで。せやからなんがわからんか言ってみ?」
「あーいや、そのZレースのパイロットについて知りたいんです。理由は……今度先輩がZレースを賭ける方じゃなくて、やる方に関わるらしくて……」
自分がパイロットだと言っても信じてもらえないだろうし、ここは先輩の話でという体裁で話をしてみた。事実、楓さんはZレースの関係者になるわけだし、嘘は言ってない。
「そうかー。先輩がZレースに参加するんやな。それでなにがわからへんの?」
「それが、なにがよくわからないのかがよくわからない状態でして……タメになりそうなことがあったら教えてくれません?」
「よしっ。わかった。まかせとき。Zレースいうのはな、簡単な話、競争なんよ。より速くゴールに着いたほうが勝ち。ここまではわかるよな?」
「もちろんです。そこらへんまではわかるんですけど……ほら、やっぱりパイロットってどんな感じなんかと思いまして……」
「あーパイロットかー。確かにパイロットの話って聞く機会が少ないからな。聞いたとしても優勝インタビューとか雑誌の取材とかで、直接聞けるようなことがないからな……」
「そーなんです。まさにそれです。だから困ってまして」
「そうか。そうか。キミは本当に運がいいな。なんとキミの目の前におるワイはパイロットと言うのもちょっと恥かしいんやけどサブでZレースに参加したことあるんや。いわゆるサブパイロットってやつなんやけど……せやから教えてあげれるで」
「マジですか。助かります。それじゃあ、早速質問が思いついたんですけど、Zレースで機体に乗るのって怖くないですか? 命かかってますし」
「怖いか……。怖いっていうのは撃墜されるのが怖いってことでいいかな? 確かにZレースは妨害行為だってあるし、死ぬこともある。でもな、普通に考えて死ぬのってありえないことなんよ。なんでかっていうと、たとえばZレース以外にも違うコロニーに行く際には当然宇宙船に乗るやろ。キミはそんときテロリストが来て撃墜されるのを怖いと思うか?」
「テロリストですか……? テロリスト自体は怖いと思いますけど、撃墜されることはバリアーがついてるからほとんどありえないかな?、なにより移動中の宇宙船に致命傷になるような攻撃を当てられると思わない。、だからそんなに怖くは……」
「その通りや。ならZレースに出場する機体にも当然強さは違えどバリアーはついてるし、並みの宇宙船より速く動くわけやから攻撃なんてまず当たらん。じゃあなんで撃墜されてしまうかってことや。そりゃあ、やり方によっては撃墜されることもあるし、撃墜までいかんくても損傷で走行不能ってこともある。でもそういうのって、ほとんどは整備不良でバリアーが上手く働いてなかったとか、レースで勝つために通常ではやらないことをやってしまったとか、なんか別の理由のほうが多いんよ。せやから、まずはその先輩のチームがしっかりと自分の役割を果たしたうえで、変なことせん限りはまず撃墜なんてないから安心しときや」
撃墜なんて普通はありえない。その一言に安心した。
言っていることは正しく、普通の宇宙船に乗っているときに撃墜される心配なんてしない。
それと同じでZレースでも普通を貫けば撃墜なんてまずされないだろう。しかし、ここで一つ疑問が浮かんだ。
「じゃあなんで、Zレースの撃墜率はこんなに高いんですか?」
「あーその話か……。その話はなんていうか……やっぱり多額のお金が動くせいか、万全の状態でZレースに参加できないチームもあるからやな。それに、スポンサー次第ではZレースの捉え方自体が違って、高速で動く機体をどれだけ壊せるかっていうのも考えている人たちもいるし……そのへんの難しい話が関係してくるんやろな……。ちなみにキミの先輩はどのZレースに参加するつもりなんや」
「今度このコロニーがスタート地点にもなるウインドミル杯ってやつなんですけど知ってますか?」
「ウインドミル杯? もちろんやっ。知っとるで。なんせワイもそのレースに……いやなんでもない。うん。ウインドミル杯なら安心していいと思うで。出場制限で学生チームしか出れんし、学生主体のチームしか出場できんからスポンサーも、たかがしれてる。変なやつなんてまず出てこんからな」
「そうですよね。ウインドミル杯なら大丈夫っすよね。よかったー」
「あーでもな、学生が主体やから整備不良とかには気をつけたほうがいいな」
確かにその通りだ。妨害よりもまずは自分のチームを見直すことが大切ではないだろうか。
メカニックの人についてもまだまだわからないことだらけだし、あとで楓さんに確認してみよう。
他に、聞くべきことはなにかあるだろうか? と、頭の中をクルクルとさせて考える。Zレースの経験者から直接、話を聞ける機会が再び訪れるとは限らない。しかし、具体的な質問は浮かんでこない。
赤ジャージの人の顔を見て様子を伺うと、時計を何度も確認している。もしかすると、なにか用事があるのかもしれない。とりあえず、どこかに行ってしまう前に頭の中に浮かんだ質問をすることにした。
「次の質問なんだけど、Zレースに出場するうえで一番大切なことってなんなのかな?」
自分で言っといてなんだけど、ずいぶんと抽象的な質問をしてしまったと後悔した。だが、そんな俺の質問に対して相手は真剣に考えてくれているようであった。
「大切なこと? そんなもんいっぱいある。でもな、出場するからには心に刻んでおかんといけんことがあるんや。ワイのオヤジがいっつも言うてるんやけどな『勝つためにはなんでも利用する。それができる人間こそがZレースで優勝するにふさわしい』ってことやな」
それ、どっかで聞いたことあるような? しかし、思い出すことはできない。たぶんZレースの有名なパイロットがいつも口をすっぱくしてインタビューのときに言っていたような気がする。
俺が思い出そうと悩んでいると、電話の着信音が鳴り響いた。
トゥルルルルル~
自分の携帯かと思って確認するが、違うようであった。正面に顔を見上げると赤ジャージの人も携帯を確認していた。
「わーまずいなー。そういえばワイ待ち合わせしとったんよ。その電話みたいや……。大事な話とかゆうてたし、行かなあかんやろうな……。そういうわけでワイはそろそろ行くわ」
「そうなんですね。じゃあ行かないと……。今日は教えてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。ワイはみんなからは『スーちゃん』って呼ばれてんねん。しばらくはそこのホテルにいると思うから、また会ったらよろしくな。そんなら、じゃあなー」
自分のことをスーちゃんと名乗る男は走って去っていくのだった。
それから数時間。
俺はまたパソコンをポチポチとしながら、Zレースについて調べていた。
あれからずっとカフェで何も注文を頼まずにいたせいか、日が暮れ始めて客が多く入ってきた頃から、店員の突き刺さるような目線が痛い。
ランチセットとドリンクバーだけで数時間も居座られたら店員が嫌な気持ちになることぐらい俺だってわかる。しかし、俺はまだカフェを出る気にはなれなかった。
特にここを出るような用事はないし、家に帰ってもどうせZレースについてパソコンで調べるぐらいしかすることはないだろう。それなら、もう少し待って大学の近所のスーパーが弁当の割引を始めるまで待っておこうという心構えなのである。
それにここにいたら、さっきのスーちゃんに再び出会えるかもしれないという思いもあった。インターネットで調べてもまだまだわからないことがたくさんある。そうなると、Zレースについて教えてくれる知り合いを作ることは大いに価値があるだろう。
時計の針が十八時を回り、そろそろ帰ろうとしたころ、見覚えのある赤ジャージの男がカフェの反対車線の歩道を歩いているのが目についた。
どうしようかと迷ったあげく、連絡先だけでも聞けたらと思い「スーちゃん!!」と叫んでいた。
俺の叫びに反応したのか反対車線にいたスーちゃんは俺の方を向き手を振ってやってきた。
「なんや? 自分まだおったんかいな」
カフェの前まで来たスーちゃんが俺に話しかけてきた。
「そうそうずっと勉強してた。そろそろ帰ろうかと思ったらスーちゃんが見えたから話しかけてみた」
「そりゃあベストタイミングってやつやな! どうや? まだわからんことはある?」
「ある! むしろ調べれば調べるほどわからないよ。それで、もしよかったらなんだけど、またいろいろと教えてくれないかな?」
「教えるねぇ~? ワイもそんなに知ってるかっていったら学生やし、微妙やと思うわ。でも、困ってる人がおったら助けるのはワイのポリシーや! だからとりあえずこのメニューに書いてある『スペシャルトロピカルサンデー』っていうの頼んでもええかな?」
メニューを確認すると『当店自慢の冬でも南国気分になれるパフェ』と書かれており、その下には小さめに八百円という値段が表示されていた。
お金がないという理由で断りたいという思いはあったが、ここは先行投資だと思い店員を呼び出した。
「スペシャルトロピカルサンデーをお願いします」
俺の言葉に店員の女性は伝票を確認して厨房の方へと行った。
「悪いな~。今日は朝からなんも食べてないんよ。お金はあるんやけど、やっぱり人からおごってもらった方がおいしく食べれるからなぁ」
スーちゃんは本当に悪いと思っているのか、少し頭を掻きながら俺の前の座席に座った。
「それで聞きたいことってなんやねん? 専門的なことはさすがに答えられんかもしれへんで?」
「操縦の方法に関してなんだけど……」
俺が話し始めたところで店員がスペシャルトロピカルサンデーを持ってきてテーブルに置いていった。スーちゃんは「いただきます」と言って食べ出して、俺の言葉を聞いている様子ではなかった。
「あの聞いてます?」
「あぁすまん! 聞いてなかったわ。もう一回言ってくれる?」
なんのわるびれもなく俺にもう一度尋ねてきた。俺がもう一度質問をしようとすると、逆にスーちゃんから質問をしてきた。
「そういえば、聞いてなかったことがもう一つあったわ。そっちの名前はなんていうん? いや、違うな。なんて呼んだらええかな? 見たところ歳もおんなじぐらいやし、ここはワイにもあだ名で呼ばしてくれや! 中学の時とかあだ名はなんて呼ばれてた?」
名前……そういえば俺の名前に関して伝えてなかった。
あだ名に関しては……中学の時は名字が清水だから頭文字をもじって『キヨちゃん』と呼ばれていた。今更、またキヨちゃんと呼ばれるのは恥ずかしいとも思ったが、今回はそれで仲良くできるならと思い素直に伝えることにした。
「中学のときはキヨちゃんって呼ばれてた。だからそれで頼むよ!」
「キヨちゃんか……わかった。これからそう呼ばしてもらうわ!」
スーちゃんは俺のことをキヨちゃんと呼ぶようになった。出会ってからまだ間もないのに、すごく親近感がわいたのはあだ名で呼び合っているからなのかもしれない。
それから一時間
カフェのオーダーストップが来るまで俺はスーちゃんとずっと話し続けた。Zレースのことを知るにつれて、少しずつではあるが恐怖よりも楽しみの感情が勝ってきているように感じた。
「それじゃあ、次は明後日の十三時にまたここのカフェやな? 間違いないよな?」
スーちゃんが俺に次回の待ち合わせを何度も確認してくる。今日はもう周りも暗くなったので帰宅して、また次に会う日までに俺が質問を考えとくことになった。
二人でさよならをしたあと家に帰るため電車に乗った。
座席を揺らす絶妙な振動は眠気を誘ってくる。うつろうつろになりながら今日あった出来事を振り返る。
まず楓さんに会ってZレースに参加することになった。そしてスーちゃんと出会って頼りになる友達ができた。
今日はものすごく濃い一日であったのだ……。
このあと気づいたときには眠っていて、降りる駅を寝過ごしてしまったのは、また別のお話である……。