清水スバル 二月七日 午後一四時十九分
清水スバル 二月七日 午後一四時十九分
大学の近くのカフェで一人黙々と明後日までに提出をしないといけないゼミのレポートを俺は書いていた。すると、携帯電話が鳴り出して、見慣れない電話番号が表示された。
先日受けたアルバイトの面接の結果のお知らせだと思って、出たものの電話は思いもよらぬ相手からだった。
電話の相手は俺のゼミの先輩と名乗る女性だった。用件を聞いたところ、今ちょうど書いていたレポートに関する重要なお知らせがあるとかで……俺は大学の研究室の一室に呼び出されたのである。
「法学部政策科学科二年の清水スバルですが、レポートの件で呼び出しをくらったのでやってきました。入っていいですかね?」
ドアをノックしながら呼びかけた。
「あぁ、入ってくれ」
ドアの向こうから声が聞こえたので入ってみると、中には十人いたら十人ともが美人と言ってしまうようなレベルの綺麗な女性がいた。
入り口でふと女性に見入っていると、女性は俺に対してソファーに座るよう促してきた。
「そんなところで突っ立ってないで、ここに座ってくれ」
「失礼いたします」
こんなに美人な女性が目の前にいるのだ。気のきいた世間話でもできるような器量があれば、俺にも今頃は彼女がいてもおかしくないだろうと、後悔しながらソファーに腰を下ろす。
「まずは、自己紹介からだね。私の名前は法月楓だ。とりあえずは楓さんとでも呼んでほしい。キミのことはスバルって呼ばせてもらうが構わないかな?」
「あー俺は全然大丈夫です。楓さんですか? よろしくお願いします」
俺の緊張してたどたどしく話す態度に楓さんは優しくほほえんで喋り始めた。
「じゃあ早速なんだけどスバル君のレポートの件についての進み具合を教授から報告するように言われたんで呼び出したんだけど、進んでる?」
「明後日の期限までには提出できるので安心してください」
「でも、五千字のレポートなんて大変でしょ? 正直にいいなよ。今どこまで進んでるの?」
俺の返答に対して楓さんは、まるで俺がまだレポートを五行しか書いていないのを知っているかのごとく問いただしてきた。
「えーっと、実はまだ書き始めたばっかりでして……でも期限までには絶対に間に合わせますんで!」
「そうか、書き始めたばっかりなのか良かったよ。そのレポートなんだけどもう書かなくていいよ」
楓さんはにっこりとほほえんで俺にレポートを書かなくていいと言い放った。俺は、楓さんがどういう意図で止めようとしているのかがわからなかった。
もしかして、もう教授から見放されて単位が取れないということなのだろうか?
それは困る。この単位をとらないと俺は三年生になれないのだ。ただでさえバイトを理不尽な理由でクビになり、財政的に不安があるのだ。留年なんてできるわけがない。
楓さんの一言一句にビクビクしながらも問いかけた。
「書かないでいいってどういう意味でしょうか?」
背中が汗ばんでいるのがわかる。
「今回のレポートの課題って割と複雑だろ? だからあと二日で間に合わないじゃないか?」
「それはわかってます。でも俺はどうしてもこの単位を取らないといけないんです」
「とらないと留年だもんね?」
楓さんはまたほほえみながら俺に返答した。どうして俺が留年になることを知っているのだろうかと不安になる。教授からそのへんも含めて聞いているにしても、少し事情に詳しすぎるのではないだろうか?
「そうです。留年なんです。だからなんとしても書き上げるつもりです」
「スバルの努力はわかった。だから私もスバルのことを手伝えないかと思って今日は連絡したんだ」
「手伝ってもらえるんですか?」
「まー、手伝うっていうのは少し違うけど、教授に話を上手いこと通して単位をあげることができるという意味では一緒かな?」
「教授に話を通して?」
「あーそうだ。スバルが私の仕事の手伝いをしてくれるなら、単位を絶対に取れるように教授を説得すると約束しよう」
「楓さんの仕事の手伝いですか……? それってどんな手伝いなんでしょうか?」
俺の質問に対して楓さんは、今日会ってから一度も見せたことのない満面の笑顔で言い放った。
「私と一緒にZレースに参加してくれ!!」