最弱な彼氏
才能がなくても努力すれば天才にも比肩する。よくある逆転劇のストーリー。
私が通っている学園にもそんなことが出来そうな最弱を知っているけれど、彼はそもそも『強くなりたい』とか言う向上心の類を持ち合わせていない。
だって面倒だし。その一言でいじめを甘受し嘲笑を受け入れ罵声を聞き流して生きている彼――天草透哉。
学園史上最も強いと評される私に勝負で勝ち、その後も突っかかってみたけど拍子抜けするほど手ごたえがなかったよく分からない奴で、私の彼氏。
……え? なんで彼氏にしたのって? そこはほら、な、なんていうのかしら……成り行きよ成り行き!
で、授業が終わり放課後。同じ学園で同じ学園だから終わる時間は一緒な上、私もあいつも特に部活に入ってないために一緒に帰れる時間はある。
だから終わったと同時に私は荷物を持って彼のクラス――ではなく、彼がサボって空を眺めているであろう屋上へ向かうことにした。
「やっぱりいた。立ち入り禁止なのによく入れるわね。あの事件のせいで」
「よく分かったな。やっぱり当事者だったからか?」
「違うわよ。あんたの彼女だから分かったの」
そう言ってそのまま屋上に立ち入ると、仰向けに寝ていた彼が起き上がりボロボロの顔を私に向けて訊いてきた。
「何か用ですか『最強』さん?」
「ボロボロにされてもケロッとしてる誰かさんを迎えに来たのよ『最弱』」
その言葉に「現状に爆薬放り込んだ元凶が何言ってるんだ」とボソッと返されたのが聞こえた私は思わず言葉に詰まる。
だが彼は呟いただけで終わらせたようで、立ち上がって背伸びをしてから「さて。無事に帰れるかどうか」と漏らしたので思わず「え?」と聞き返す。
すると彼は突如両方の手のひらを私に向けてきたと思ったら拳を握り、左手でバラを出してから放り投げる。
思わずバラに視線が行く。が、何時まで経っても落ちてくる気配はない。
? と首を傾げると、「あ、失敗した」という言葉が。
「なによ」
「おっかしーなぁ……確かに俺のところに出てくるはずだったのに……なぁ、そっちのポケットの中にリングはいってない?」
「え?」
言われて探す。すると、リングは私の制服の上着の裏のポケットに入っていた。
「入ってたわよ」
「はい手品終わり」
言われて私は気付く。いくらバラの行方が気になったからと言って見上げていたのは数秒。その中で彼の気配が動くのも、私の内ポケットに入れるのも気付ける。
だというのにその気配は感じられず、リングは私の内ポケットに入っていた。
相変わらずこういうのだけはうまいんだから……と感心していると、「それはプレゼント。最後のな」と突然変なことを言い出した。
「……何言ってるのよ。まだ入学して半年しか経ってないじゃない」
「成績と授業態度、その上実力がない奴をいつまでも置いておくほど学園も親切じゃないってこと。まぁ俺も最初たまたま偶然入学できたから頑張ろうとは思ったけど、もうそんな気力もないし」
「ふざけんじゃないわよ! そんな奴がどうしてこの半年に起こった事件の解決の手伝いが出来たのよ!!」
「解決したの俺じゃないし。手柄は全部朱莉――お前だろ。俺は動いたと言っても端役だし。お前がいつも率先してたからなし崩しに俺が動くことになった……事実なんてそんなものだ」
そう言って屋上のフェンスに近づくので、嫌な予感がした私は思わず彼の手をつかんだところバサリと雑誌の落ちる音が聞こえた。
思わず視線を下げると、そこに落ちていたのは今話題の女子高生アイドルが表紙を飾る雑誌だった。
「「…………」」
沈黙がこの場を支配する。下の方でいろいろ怒声交じりの轟音が聞こえるけど、私は全く気にならなかった。
少しして、私は切り出した。
「……ねぇ」
「ん?」
「あんたまさかこのアイドルの方が好きだから別れようって話じゃないでしょうね……?」
「は? お前そんな俺が面食いに見えるのか?」
「見えるわよ。知らないうちに先輩の女性たちに狙われてるじゃない」
「いや、あれはお前が事件を解決したとばっちりなんだが……仕方ない」
そう言うと彼は雑誌を拾い、付箋でもつけていたのかすぐに目的のページを開いて私に見せてきた。
「『豪華賞品のために七つのリングを集めよう!』……何よこれ」
「現在進行形でこの学園で起こっている轟音の原因。ちなみに本物は七個で、それ以外は全部偽物。朱莉にはその本物を渡した。企画に関してはこの雑誌を読めばわかる。ちなみに俺に参加権はない」
「豪華賞品って……ウソっ! ホテルペアチケットに映画試写会のチケット、他にも商品券とかついてる上にジェスティック社の最新サポートデバイス!? これ企画したのおかしいでしょ! 完全総どりって!!」
「社会のルールとしては理にかなってるけどな。強者こそ栄誉と栄光を。弱者に与えるものなし」
「……っていうか、なんでこんな企画がこの学園でやってるのよ」
「さぁな。それより、朱莉も頑張れよ」
言われて私もハッとし、雑誌を透哉に押し付けてから屋上のフェンスを乗り越え校庭での戦いに参加することにした。
「強くなれよ。まだまだのび代があるだろうから」
そんな彼氏のエールを背中に受けながら。
これ、恋愛じゃなくてバトルの方が強い気がしますね……