女王気質と彼氏
私の彼氏は全然従順じゃない。
私のお願いを気まぐれで叶え、時に無視し、時に見当違いな答えを出してくる。
だからと言ってそれが嫌なわけではない。嫌なわけではないんだけど……
某日。
私と彼氏は家にいた。テスト勉強をやるからだ。
どっちの家かって? そ、それは……向こうの方よ。一人暮らしだし。私の方だと親がうるさくはないけど……ちょっと集中できない。
というわけで、今リビングで勉強中。
もともと私の成績はいい方だ。学年上位に入っているから復習と言ってもそれほど時間をかける必要はない。
そして向こうも、癪だけど成績は優秀。でもそれは、一生懸命範囲をまとめている。いわゆる努力家と呼ばれる人種だ。
ただまぁ、テスト範囲の前後まで勉強しているのは要領が悪い以前に、バカだと思うけど。
そわそわした気持ちを抑えながら勉強をしていた私達だけど、なんだかお腹が空いてきたので不意に時計を見る。時間は十時をまわっていた。始まってから一時間も経っていないことに私は驚いた。
自分で勉強していると一時間勉強していたらこれより先に進んでいる。それだけは言える。
それだけこの空間に緊張しているのかと思うと恥ずかしくなった私は、その気持ちを抑えつけながら私はお願いした。
「ねぇ」
「ん?」
「甘いもの、欲しいんだけど。持ってきて?」
「……了解」
彼は自分の勉強を中断し、立ち上がる。こうして素直に聞き入れてくるのは他の下僕達と変わらないけど、それからの回答が読めない。
普通ならケーキとかチョコレートなんだろうけど、一体何を持ってくるのか……。
なんて考えていたら、「はい」と目の前に白い粉が入った瓶を置いた。……自分はケーキを皿に載せて食べて。
私は黙ってふたを開け、瓶の中身に指を入れてなめてから……怒った。
「なんで砂糖なのよ!?」
「甘いものって言ったから」
「自分はケーキ食べておいて!?」
「これは失敗したから出せないんだよ」
「明らかに失敗した色じゃないでしょ!?」
彼が食べているショートケーキはとても綺麗な白。泡みたいにふわふわしていそうなクリームにスポンジ。どこが失敗しているのか小一時間問い詰めたくなる。
瓶をそのまま投げたかったけど中身こぼすと迷惑になるので自重して、ふたをきっちり閉めてから投げつける。
食べている途中の彼はそのまま顔面に瓶が直撃した。
「「…………」」
静まり返る空気。
何も言わない彼に急に不安になった私は、恐る恐る声をかける。
「……えっと、ごめん。大丈夫?」
「…………」
彼は何も言わずにフォークとお皿を置いてから、そのまま倒れてしまった。
「ちょっと!?」
反射的に私は駆け寄って肩を抱きあげたところ、彼は目を覚ました。
ただし、普段ならたれ目なのに目を吊り上げて。
思い出した私が黙っていたところ、「あの」と静かに切り出されたのでびくっと全身を震わす。
彼は勝手に起き上がり、私の前に立ってこう言った。
「人に物を投げるなと親に教わらなかったんですか貴女は!」
「!!」
「大体、自分を女王様みたいに思っているようですが、何度も言いますけど私はあなたの下僕じゃありません! そうホイホイ素直に聞き入れるわけないでしょ分かっているんですか!」
「……すいません」
「何度そのセリフを聞いたと思っているんですか! まったく僕のお兄さんが優しいからと言ってそれに甘えているのもダメですからね!」
「はい……」
世の中には多重人格を持っている人がいる。その中でも彼――魁人は珍しいケースだと思う。
死んでしまった弟の人格になってしまうからだ。
私にはその理由は分からない。彼も知らないからだ。多分、知っていても彼は教えてくれないだろうけど。
「聞いてましたか!?」
「……はい」
「全く。せっかく兄さんがケーキを焼いてくれたというのに、あなたはそれすらも無駄にしたいんですか」
「……え?」
驚いて顔を上げると、彼はやれやれと言いたげな表情を浮かべて説明してくれた。
「兄さん、あなたが来てくれるので張り切って作ってましたよ。ちょっと納得がいかなかったから出す気はなくなったようですが、どうせ僕しかいませんので食べちゃってください」
「……いいの?」
「大丈夫です。それぐらいで兄さんが怒ったらいつものあなたの横暴に耐えられるわけがありません」
「…………」
滅茶苦茶な暴言に私は何も言い返せない。実際自覚があるし。
「ほらさっさと冷蔵庫に一切れ分けてあるので食べてください」
ぼんやりした彼とは違いこの弟の人格はズバズバと物事を言ってくる。もっとも、私以外に見ている人がいないらしいからいつも通りなのかわからないけど。
少しの間だけ葛藤していると、呆れたのかどうか知らないけど彼が食べかけていたケーキを切り取って私の口に入れてきた。
「!?」
思わず私は顔を赤くして口にケーキが入っているというのに後ずさった。
スポンジはふわふわして、生クリームはなめらかで甘すぎない。スポンジの層の間の苺もアクセントなっておいしい。なんて言ってる余裕もないぐらいに私の心臓はドキドキ言ってしゃべれない。
で、やった本人はというと。
「どうしたの?」
戻っていた。
なんとなく悔しかったので飲み込んでから「な、何でもないわよ!」と強気でごまかすことにした。
……っていうか、今の間接キスじゃない?