佐藤君と私その二
「どうしたの、兄貴」
「これから約束があるのに被っちまった……どうしよう」
「だったらボクが約束の方に行ってくるよ!」
「……入れ替わるって言わないのな」
私と佐藤君は付き合っているけれど、それを他の人には知られないようにしています。
だからデートというのも離れた場所や知っている人がいない場所でしています。
基本的に本屋で本を探したり、喫茶店でお話しするだけなんだけど。
で、どうしてそんな話を説明するかというと、久しぶりに佐藤君がデートに誘ってくれたのでいつもの喫茶店の近くにあるベンチに座って待っているから。
人通りは多いけど、私みたいに読書している人を気にする人はほとんどいない。他人の趣味に口を挟まない人たちのおかげでこうして待ち時間を過ごせるんだけど……。
読書しながら、待ち合わせ時間の五分前になったのに佐藤君が来ないことに疑問を抱いていました。
佐藤君は時間厳守な人だ。厳しく育てられたからだろうけど、三十分前にはすでに来ています。そんな律義な人が五分前になっても声をかけてこないのは不思議なこと。
不意に読書をやめ周囲を見渡す。けれどそれらしい人影は見かけません。
何かあったのかな? と内心首を傾げていると、こちらに向かってくる人影が。
姿格好は私とこうしてデートする佐藤君に見える。なのに、私はドキドキしないことに違和感を覚えました。
……あれ?
人影がだんだんと近づいてくる。私の戸惑いもよそに。
確かに佐藤君と一緒にいるとドキドキしたり顔が赤くなったりする。それはやっぱり私は佐藤君の事……好きってことになるのかな?
なんて自信のないことを考えていたところ、「悪い。待たせたな」と声をかけられたので顔をあげて私は聞いてみました。
「……ねぇ、佐藤君の妹さん? ひょっとして佐藤君、用事でこれないの?」
それを聞いた目の前の佐藤君の格好をしているその人は驚いた表情を見せてから帽子を深くかぶり、「とりあえず喫茶店に入ろうぜ」と言ったので何かあったのかなと佐藤君の心配をしながら、私はその人と喫茶店に入ることにしました。
「それじゃぁバレたところだし、初めまして。ボク、佐藤遼太郎の妹で佐藤文香っていうんだ。よろしくね、桐内董子さん」
「……うん。よろしくね?」
とりあえずいつもの席に座った私たちは注文してから自己紹介をしました。
そして佐藤君の妹さんである文香さんは水を飲んでから「でも、どうしてボクが兄貴と違うってわかったの? 同じ格好したら割とわからないのに」と質問してきたので、正直に答えました。
「…佐藤君、三十分前から十五分前ぐらいには来てるから五分前には来たら別人の可能性が出てくるし、雰囲気もいつも会う佐藤君と違ってたし、なにより……文香さんを見てドキドキしなかったから」
「……なるほど。さすがに恋人同士だからわかるんだ」
「……えっと、それじゃなくても多分、気づいてたと思う」
「へ?」
瞬きしながらこちらを見る彼女に、私は苦笑しながら「だって佐藤君とつけている香水違うでしょ?」と教えてあげた。
それを聞いた文香さんはあっけにとられてから「しまったー」と項垂れました。
「それじゃ最初から失敗だったかー」
「でも普通の人は気づかないと思うよ。いつもと違うから気になっただけだから」
とりあえずフォローしてみると、彼女はそこまで気にしていなかったのか「まぁいいや」と言ってから注文したコーヒーを一口飲んでこう言いました。
「兄貴出発しようとしたときに用事が入ってね。電話やメールするにも時間が足りないからってわけでボクが来たわけ」
「……やっぱりそうなんだ。大変だね、佐藤君」
しみじみと言いながら私もコーヒーを口に含ませると、「え、そんな感想なの?」と驚いた顔をして質問してきたので、私は頷きました。
それを見た文香さんはポカンとして、我に返ってから「普通さ、怒ったりするものじゃないの?」と聞いてきたので、私は天井を見上げて「だって佐藤君、跡取り息子でしょ? 用事が入っても仕方ないよ」と感慨もなく答えます。
私のことを大切に思っているのは分かるけど、それ以前に跡取り息子としての重責や義務を果たさなければいけないから別に気にならない。
そんなことを考えていたところ、念を押すような感じで文香さんが聞いてきた。
「二股してるかもしれないのに?」
……。そのことを考えたら少し胸が痛くなったけど、表情に出さず答えた。
「……だったら、おとなしく引くよ。私みたいな人を好きになってくれた気持ちだけ受け取って」
でも本当の気持ちじゃない。それを隠して蓋をして、私はまた明日も生きていく。
今までもそうだったし、これからもそう。相手にとって無益な言葉は言わず、それほど親密な関係にならずに一生を過ごす。私みたいなダメな人にはそれがお似合いなのだから。
なんて自己完結してコーヒーを飲み息を吐くと、私の答えを聞いて黙っていた文香さんがうつむいてプルプルと肩を震わせていたのでどうしたんだろうと首を傾げると、勢いよく顔をあげて鬼気迫る表情で「絶対あの兄貴の事見捨てないでね董子お姉ちゃん!!」と懇願してきました。
あまりの変わりように瞬きを数回してから「…えっと……?」と声を出したところ、我に返った文香さんが「ご、ごめんなさい」と赤面してから咳払いをして説明してくれました。
「董子お姉ちゃんも知ってると思うけど、兄貴って結構モテるでしょ? 学校では結構クールぶってるでしょ?」
「うん……」
「やっぱり。そのうえ家がすごいじゃん」
「…うん、そうだね」
「だから見合いとか婚約とか、そういう話がひっきりなしに舞い込んでくるんだよ。でも兄貴の名誉のために言っておくけど、婚約も、見合いも誰一人としてOKしてないから。本当にお願いします!」
……なんで文香さんがそう必死になっているんだろうと思いながらも「……私からはないから大丈夫だよ」と言っておく。
結局、二時間ぐらい佐藤君との話題で盛り上がり、連絡先を交換して私たちは解散した。
……一応くぎを刺しておいたけど、文香さん大丈夫かな?
そんなことを考えた。
帰宅後。
「兄貴兄貴」
「文香。お前変なこと言わなかったか?」
「言ってないよ? ただ言いたいことがあるんだけど……」
「ん?」
「あんなできた彼女さんいないよ!? 兄貴ちゃんと守ってあげてしっかり支えてもらいなよ!!」
「!? お、お前……!」
「見捨てられないように気を付けるんだよ!!」
「!?」
それ以降、彼の気持ちは彼女の声を聴くまで沈んだままだとか。