寡黙と純情
今日思いつきました。
「なぁ片霧」
バーのカウンター。隣同士で座って飲んでいると、彼の方から声をかけてきた。
私は聞き返す。
「何? 拓郎」
「俺、どうしてお前と付き合っているんだっけ」
「……ッ」
一瞬ぶん殴ってやろうかと思ったが、こいつはそういうやつだというのがこれまでの経験で分かったのでこらえ、代わりに「私の事、どう思ってるの?」と聞き返す。
「好きだ」
即答。間をおかずに、ストレートに返ってきた答えに、私はまだ一杯目だというのに顔が真っ赤になる。
ここのバーはいい雰囲気だ。狭いから人数は入らないが、床や壁にレンガが敷き詰められており、つるされた照明はほんの少し薄暗く感じるが、とても好きだ。音楽も騒々しくなく、控えめにクラシックが流れている。
思えば彼と会ったのもここだった。つい最近の事なのに懐かしく感じるのは、やはり『過去』を思い返しているからだろう。
そんな風に考えていると、「……片霧」と彼が珍しく無表情ながらもどこかためらっているような口調で私の名前を呼ぶ。
当然、心臓がいまだに収まらない私は「な、なに!?」と声を大きくしてしまう。
他の客が私に視線を向ける。けれど、それは一過性のものですぐに自分たちの世界に戻っていったようだ。
ホッと胸をなでおろしていると、「マスター。あれを」とカウンターの奥に立っている店主に声をかける彼。
それだけで通じたらしく、「かしこまりました」と恭しく言ってからその後ろの棚に置かれている一本のお酒を手に取って私たちの前に置き、「こちらでよろしいでしょうか」と伺う。
「!!」
「ああ」
私はラベルに書かれた名前に驚き、彼は平然と頷く。
「分かりました」
そういって、マスターはカクテルグラス二つに、丁寧に注いでいく。
半分ほどまで注いだところで注ぐのをやめ、ボトルに封をしてから私たちの前にグラスを静かに置く。
「こちら黒崎拓郎様から、85年のロマネコンティになります」
沈黙。普段から彼と一緒にここでお酒を飲むけど、最高級ワインが出ていたのは初めてだ。いつもはマティーニだったりジンバックだったりウィスキーやブランデーと、それなりに高いものだったりしてたわね思い返したら。
だけどこれは群を抜いている。どういうことだろうと思ったら、彼が口を開いた。
「俺、こんな感じだからな。長続きした奴なんていなかったんだ。それでも、一年経ったらその人と飲もうと思っていたこれだけはどうしても開けられなかった。それをついに開けることが出来て、俺は嬉しい」
「……」
泣きたく、なった。
ここまで口下手で、無表情で、正直で、優しくて、不器用で、思いやりのある彼が、悲しげに独白しながらも、どこか照れている様を見て。
嬉しさがこみ上げた。
高いお酒が一緒に飲めるから、じゃない。彼は付き合った人に対し、そういう記念日に対するプレゼントをきちんと用意できる人だと改めて確認できたことに。
気持ちが昂り、いまにも抱きしめてやりたいと思ったけどぐっとこらえ、わたしは彼に体を向け、カクテルグラスをもって近くに持っていき、「ありがとう」と気持ちを込めて笑顔で言う。
それを見ていた彼は少し視線を下げ、同じくカクテルグラスを持ってこう言った。
「……一周年を祝し、乾杯」
「乾杯♪」
チン、とグラスの打ち合う音が、とても心地よかった。
お酒は二十歳になってから。
その後、一年毎に彼女たちはそのお酒を飲みにバーに通うとかなんとか。