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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
ルゼノ
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来訪者

 月が浮かんでいた。濃紺の空に浮かぶ月は、満月と行かないまでも限りなく円に近い。金色の光を放つ月は薄い雲に時折隠され、光を遮断される。


 ユレイシア大陸の南西に位置するルゼノ国、王都シルーバ。

 王都に立ち並ぶ建物は高く聳え、月明かりに負けじと照明の灯が街路を照らしていた。立ち並ぶ外壁は高く、高級感あふれる高層住宅は貴族の館だ。館の外壁には豪奢な装飾が施されている。


 道行く人の身形は煌びやかで、華やかな世界が広がっている。色鮮やかなドレスを着こみ、派手な化粧とアクセサリーで自分を飾り立てた女達は、口髭を蓄えたタキシードの男と腕を組んで街路を歩いている。

 そんな街路に不似合いな人物がいた。

 漆黒の外套を頭からすっぽりと被った長身の男である。街を歩く男女はその男を忌避の目で見ると、逃げるかのように足早に去って行った。


「……変わらないなぁ、此処は…ねぇ?」


 外套を纏った男は微笑むと視線を転じ、隣を歩く白い外套で頭からすっぽりと身体を覆った人物に同意を求めた。外套に覆われた肢体は細く、女であることは間違いなかった。


「そうねぇ…変わってないわ」


 柔らかな声音が闇夜に散る。隣を歩く女は顔を覆っていた外套の先を摘まむと、少しだけ上げた。白い布から露わになった彼女の茶色の瞳に煌びやかな世界が映り込む。

 夜空に輝く金色の月と、白い星と橙色のガス灯。金色の髪を青や赤、緑などの宝玉で飾り立てた女と、金色の髪と髭を綺麗に整えた男が悠々と闊歩する街。街の全てが飾り立てられた王都はその存在すら価値を持つ。


「何年振りかしらね?」


 女がそう言った瞬間だった。不意に強くなった風に煽られ、二人の外套が外れた。黒と白の、各々が纏っている布から露わになったのは艶やかな『黒髪』だった。さらさらと流れる髪は風に靡き、顔に纏わりつく髪を白い手が払い除ける。

 女の肌は雪のように白く、艶やかな黒髪が映える。長い睫に縁取られた瞳は大きく、紅い唇は艶を放つ。性別を問わず見惚れてしまいそうな秀麗な顔立ちだ。


「凄い風だ…この時期には参るね。十年…経つと忘れる」


 女は強さに風に顔を顰めたが、男は笑う。際立って秀麗な面立ちは妹とよく似ているが、印象が異なるのは瞳の色の違いだろう。

 男は黒真珠のような漆黒の双眸を眇め、女の乱れた髪を指で梳く。男の白い指は太くなく、するり、と髪の間を抜けていった。


「兄さん、自分で出来るわ。子供扱いしないで」


 兄の行為に女は頬を赤く染めるが、その手を払おうとはしなかった。優しく撫でるように触れる手が心地よかった。


「嘘でしょう…!」


 ふと、驚愕に震える声が二人の鼓膜を揺らした。二人が振り返ると、声を上げた女が青い瞳を見開き、二人を凝視している。その横に立つ男も、まるで化け物でも見つけたかのように顔を青褪めさせている。


()()…!」


 悲鳴に似た声が街路に響いた。女の悲鳴で二人の存在に気付いた他の通行人までもが顔を青褪めさせ、目を見開いた。

 ガス灯が橙色の光を放つ中、二人は顔を見合わせた。


「あーあ、ばれちゃったね」

「仕方ないわ、行きましょ」


 女は男の手を引き、走り出した。石畳に足音が響き、石畳の上を二つの影が素早く移動する。二人が街路を走り抜ける内に数えきれない程の悲鳴が上がっていた。


「変わらないねぇ、まったく」

「変わる訳ないわ、だから迎えに来たのよ!」


 からからと笑う男の声と女の怒りを含んだ声が細くなった街路に木霊した。背後からは未だに悲鳴が上がり続けている。


()()()から取り返さなくちゃ…!」


 女は街路の先を見据え、その先に聳え立つ白亜の城を捉えた。濃紺の空に浮かぶ月を背にした城は荘厳にして重々しい。


「おい!いたぞ!」


 悲鳴とは別に、野太い声が辺りに響いた。乱暴な足音が真っ直ぐに近づいてきている。

 二つの影は裏路地へと飛び込み、追手をやり過ごす。足音が遠のいたことを確認し、二人は嘆息した。


「……早く、行かないと」


 女は拳を握り締めると、眦を吊り上げて忌々しそうに城を睨みつけた。

 彼女の視線の先にあるのは、白銀の輝きを放つ城。荘厳にして気高き歴史を持つ、ルゼノ王宮だ。


 ──けれど、その美しさは幻想に過ぎないことを、彼女は知っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王侯貴族が1番で他は飼い殺しなら平民なんぞ作る必要ないよな
2021/06/15 08:12 退会済み
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