百奇夜行 ~死んでも治らない~
今カレは元ヤンだ。
元ヤンなのでバカだが義理堅い。義理堅いがバカなので他人の都合とかあんまり考えない。
「墓参りに行く。一緒にこい。」
休みで二度寝を決め込んでいた私に電話してきてこれだ。言い出すと聞かないし、まあ特にすることもないので回転寿司で手を打って付き合うことにした。
「昔ツルんでたヤツでな。車で事故っちまったんだよ。」
3ナンバーのワンボックスではそろそろと登るのがやっと、という細く曲がりくねった山道だった。
「バカだったけど、弟みたいなヤツだったなあ。」
こいつにバカと言われるようでは相当のモンだったと思うのだが、それでも今までに見たことがないしんみりした表情をしているところを見ると、弟のようだった、というのは嘘偽りのない気持ちなのだろうな、と思えた。
「ここだ。」
霊園は海を見渡せる小高い丘の上だった。快晴の日にこういう場所に来るというのはまあドライブとしてなら悪くもないかな、などと思いつつ手入れを始めた。カレも花立ての水を替えたり、墓石を磨いたり、とかいがいしい。その側から煙草の吸殻をそのへんに捨てるあたりはやっぱりバカだが。
私は伸び放題だった夏草をむしり始めた。時節柄花の咲いたのやら長いのやら短いのやら。生えまくりの草を軍手をした手でむしっていく。地面がかなり見えたところではあ、と一息。軍手の甲で額の汗をぬぐう。
さて、もう一息、っと最後に残った隅っこの一角に手をかけようとした。
「ひ?」
手が生えていた。
高く茂った植物の中、まるでその草といっしょに生えてきたように。真っ白い、明らかに生きているとは思えない右手が。
その手が動いた。何が起こったかよくわからず固まる私に向けてひらひらと上下に。まるで「しっしっ」と言わんばかりに。
「そこさわんな!」
カレの声ではっとすると、その手は消えていた。何かの見間違い?それにしては……
「そこは保健所にやってもらわなきゃいけねえんだと。」
保健所ぉ?何かバイキンでもいるのぉ?そんなヤバいとこに連れてくんなよ、と食って掛かろうとした私の先手を打つように、カレが言葉を続けた。
「大麻なんだよ。それ。」
た……って、それある意味バイキンよりヤバいじゃん。何それ。
カレは煙草を取り出し、火をつけるとふう、とケムリを吐く。
「どうもどっかから種が飛んできてそこにだけ生えるんだと。法律で役所に届け出なくちゃいけないらしくてすげえ面倒だって、家族の人がボヤくんだよな。」
そりゃそうだろうと思うけど、じゃあさっきのは
「こいつな。」
カレが墓をなでる。
「クスリやってたんだよ。」
え?
「事故った時も、キメててさ。それでガードレールにドカン、ってね。まあてめぇ一人だったのが幸いっちゃ幸いだったけどな。」
ああそうか。呼んでるんだな。コイツが。で、刈られたくないもんであんなことしてるんだな。
「ほんっと。バカなやつだったよ。」
確かにバカだ。たぶん死んでからも。
「さて、そろそろ行くか。」
墓から目をそらしながらカレは言った。ついでに吸殻をぽいっと、投げ捨てる。今しがた掃除したばかりのところに。
そろそろこいつを元カレにするか検討し始めたほうがいいのかな、と少しだけ思った。