憧憬は実らずに
先輩たちの卒業式の帰り道。あの子は笑顔で別れを告げた。先輩たちに、そして、あの子の淡い恋に。私はそれをずっと見ていた。あの子のこの恋をずっと横で見てた。だからかな、あの子より私の方が切なくなって泣きたくて仕方ないのは。
「ばか」
「うるさいな」
ふいと逸らされた顔、目元が赤いことには触れない。あの後静かに泣いていたあの子の傍で、私まで泣きそうだった。
「最後なんだから玉砕覚悟でいえば良かったのに」
「それが出来たら、とっくの昔に区切り付いてると思うんですよー」
じとりとした目で見てくるあの子に私は苦く笑う。普段は明るく少し強気なのに、こういうところではめっきり大人しく奥手になるあの子。本当は先輩がそういうところが気になっていたのは知っていた。多分、両想いだったことも。でも、お互いに大切に思いすぎて何も始めれなかったことも。凄くもどかしくて、切なかった。
だから、水彩絵の具を薄く溶かした水のように幽かに色を持ちかけた私の恋を封じたのに、あの人はそれを壊した。その繊細で切ない絶妙な関係を壊したんだ。
そう考えると思わず眉間にしわが寄った。あの子の一番傍にいて、多分私はあの子の恋に恋をしていた。切なくて繊細で、綺麗な恋。汚れさせたくなくて、何処か透明な水色の恋が幸せな桃色に代わるのが見たかった。
「どうかした?」
「どうもしてないよ!」
気付くと少し赤い目が私を覗き込んでいた。慌てて否定すると変なのと小さく笑われる。何処かすっきりしたようなあの子の顔はほんの数時間前よりすこし大人びていた。あぁ、いい恋だったんだななんて思った自分に少し苦笑。
「あと一年になっちゃったね、卒業まで」
あの子が笑う。そうだね、私も笑った。
「あと一年、思いっきり楽しむんだ!たっくさん楽しんで笑う!」
きっと、先輩もそれを望んでる。ぽつり、小さく落とされた一言が凄く切ない響きを持って私の耳に届いた。思わずあの子を凝視すると、あの子は切なげに淡く笑った。その瞬間に私も気付く。わかってたんだ。先輩が想いを告げなかった理由を。じわり、視界が滲んだ。
「なんで泣くの」
「わかんない」
あの子が苦笑して、私も顔を歪めて笑った。
誰も知らない、きっと本人さえ気付いていないけど、私だけは知っている。あの子は今日確かに卒業したんだ。あの子の恋から。そして、一つ大人になった。その軌跡はきっと私の思い出の中で淡く輝き続けるんだろう。ほんの少しの切なさと共に。