1.サヨナラ
「じゃあ、これで終わりにしよっか」
まるでお会計してどこに行こうか、というようにキミに告げた言葉は別れの言葉。
「そうだね、いつもみたいに買い物でもして研究室に戻るか?」
そんな風に告げられるとは思ってなかっただろうし、終わるとしても少なくとも終わるとも思っていなかったキミは、どこか別のところに行こうとボクがいっているように解釈したようだった。
そうだよね、そりゃそうだよね。
ボクだって本当は告げたくなんてない言葉だもん。
「そうじゃなくて、ボクとキミの関係性をもう終わりにしようよ、ってことだよ」
でも正確に伝えなくちゃいけないから、ボクは言葉を重ねた。
その言葉に驚いたキミの顔は、とってもかわいいと思った。
それはボクの大好きな表情だった。
いや、それをかわいいと思うのはきっとボクだけじゃない。
キミのその表情を気に入ってる人間もたくさんいるだろう。
いっつもみんなにからかわれるんだ、とボクは何回もいったじゃないか。どうして分からないんだろう。
生真面目なキミはボクにそうを言われるたびに、膨れた顔をして立ってから始まる不器用でぐるぐると回る言い訳を繰り返していた。
ボクがその表情が見られるのももう最後だけど。
そんなあふれ出る温かくて何とも言えない気持ちに蓋をして、閉じ込めて、見えないふりをして、ボクはさらに言葉をつなげる。
「飽きちゃったの。っていうか、キミと一緒にいるのはもうムリ。それにボクってば、こう見えて政治に研究にと意外と多忙だしね?」
それに根本の問題として、もう一緒にいても何の利益も無いと思うんだよね、キミと目を合わせないようにくすくすと笑い、水を一口。
ああ、喉がからからになってる。
「元々利害関係から始まったボクとキミの関係だったでしょ?もう利害関係がからむような状態じゃない。だったらこの関係は必要ないでしょ?というわけで別れてくれない?」
キミが最初はボクに提案したのがこの関係の始まりだったことを逆手に取った、ダメ押しの一言を放った。
勿論言っているボク自身にも勿論ダメ押しの一言。
予想したとおり、キミの目が見開かれる。
言葉で表すのならば、裏切られた、がきっと一番しっくりくる表情だったんじゃないだろうか。
キミがもう利害関係以外でボクと一緒にいてくれていることは、十二分に分かっていたから。
その表情を見て、ボクの心が悲鳴を上げる。いますぐ
『ウソだよー』
そう告げてぎゅっと抱きしめながら、
『驚いたでしょ、大成功!予想通りにだまされてくれちゃってー、これだからからかいたくなっちゃうんだよね~』
ボクがニヤニヤ笑ってごめんねと笑いたい。そうしたくてたまらない。
むしろそうしなくてはならない、とボクの心のどこかで誰かが言っている。
いまなら、まだ間に合うから。キミにウソだと告げろと。
いつものようにからかっているだけなのだと。
そういったら、キミはきっと烈火のごとく怒るだろう。もしかしたら、口をきいてくれなくなるかもしれない。
ボクのキライなニンジンだけで1週間のメニューを構成するくらいの復讐はされるだろう。
だけど、きっとキミは怒りながらも、最後には許してくれるだろう。
そんなキミの優しさは痛いほどに知ってる。でもその優しさをボクはもう感じてはダメなんだ。それは許されない。
だからボクよ、心を殺せ。この惑いを、今感じている痛みを、表情に声色に外に出すな。キミに気取られぬように。
できる限りチャラく、ダメなヤツみたいに見せないと。
キミがボクという人間を買いかぶりすぎていたのだと。
本当のボクはダメでチャラくて自分のことと、研究のことしか考えてない、どうしようもない人間だと思わせないと。
だって、キミが一番傷つかない方法は、一番キミの傷が治るのが早い方法はきっとコレだから。
驚いた顔から怒りの表情に変わるキミの前で、ボクは必死に心の中で唱える。
だって、本当はサヨナラなんてしたくない、手放したくなんてない、本当はずっと一緒にいたい、キミを独占していたい。
でも、許されない。
「ど、いうことだ…」
キミのショックを受けて言葉が途切れる。驚きの表情のまま、キミは固まっている。
「だーかーらー。もうぜーんぶ遊び、ぜんぶおしまい。これでもう他人同士になるの。何の関係もない赤の他人同士。まあしいていうならタダの同僚か。まあでもなんにせよ、これでバイバイ」
ここまで言えば、いくらバカなキミでもわかるでしょ?と呆れたようにいってやる。
きっとここまで言えば、キミもボクを見捨ててくれるだろう。
ボクのことなんかすっきりさっぱり忘れて、もっといい相手に出会って、普通に幸せになれるだろう。
ボクみたいなどうしようもないヤツにであったことも、いつか酒の話にでもできるようになるだろう。
コチコチと時計の針の音が、それほど広くもない部屋の中に響いた。
バクバクとボクの心臓の音が、五月蠅い。
キミの鋭い視線が、ボクに突き刺さる。
その視線の鋭さで、裏切り者と罵ってくれ、怒ってくれ、殴ってくれ、いくらでも傷つけてくれ、そしてボクから離れてくれ。
それでキミのココロが癒えるのが少しでも早くなるならば、少しでも早くボクのことを忘れられるのなら。
「わかった」
キミはそう一言だけいって立ち上がり、銅貨を3枚置いて出て行った。
バタン、と扉が閉まる。
あとにはもう何の音もしない。
喫茶店の、いつもキミと一緒に座っていた一番奥の席に突っ伏して、
「もう、やんなっちゃうなー……こうなっちゃうのは、覚悟してたはずなんだけど、さ」
小さくつぶやいた。
本当なら、もっと早く離れるべきだった。
こんなはずじゃなかった。あんなに辛そうな顔をさせるつもりはなかった。
それでも一緒にはもういられない。どうしても、キミとは離れなきゃいけない。
ボクは何を間違えてしまったのだろう。
でも、溢れる涙が止まらない。
そう。
気づかないように、押し込めていたけど、ボクはどうしようもないほどにキミを愛していた。
キミとボクが別れることにより物語は始まります。拙作にどうぞお付き合いくださいませ。




