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ララバイ

 その後、勇一は街を出た。この先の人生を送るには、この街は、あまりにも生々し過ぎた。

 父や母との思い出と、あの血みどろの山や復讐だけを目的に生きた日々を忘れたかった。すべての想いを置いて出て行きたかったから。

 街を出ることに決めて田所に連絡すると、いつもの芝居っ気たっぷりな態度ではなく、静かな口調で「さよなら」を言ってくれた。勇一にとっては,その「さよなら」でさえまだ芝居っぽく感じてしまう。

(たぶん、本当は照れ屋なんだろう。)

「田所さん。お元気で……。」

「勇一君もな。元気で……。」

(もう、会うこともないだろう。)

 心からお世話になった礼を言うと、固い握手をして、別れた。

(本当に田所さんで良かった。もし、田所さんじゃなければ……。俺までも……。)

 勇一は、事情聴取が終わったあと、どうしても気になっていたことを尋ねた。あの時、後藤に追い詰められた時に交わした、後藤と田所の会話と、二人の関係を。

 勇一の質問に、田所は明快に答えた。

「こういう稼業だから、後藤さんは顔見知りだった。後藤さんは手柄のため、俺は仕事のために、ネタをやったりもらったりと。」

 だからこそ、最初に勇一君の資料を見た時に、知り合いだという事は伏せておいたと言う。

「後藤さんは、刑事なんだ。腐っていても刑事なんだから、裏をかくことは至難の業だった。どうすればいいかと、いろいろと考えたよ。すると、後藤は草野につきまとわれて辟易していたことが分かった。ゆすられてはいなかったようだが、五十歩百歩というところだろう。」

 田所は、勇一の情報を後藤に流せば、必ず食いついてくると思った。そして、案の定、後藤は勇一を上手く利用して草野を葬り、さらに勇一までも仕留めようとしていた。多少のリスクはあったが、田所は慎重に、そして確実に仕掛けを施した。唯一、計算違いだったのは、後藤の動きが舌を巻くほどに早かったことだった。危うく勇一が殺されるところだった。

(しかし、俺は生きている。田所さんのおかげで。) 




 街を出て無事に年を越し節分も過ぎ、ますます寒気に覆われ一人の寂しさに堪えかねていた時、突然友人から食事に誘われた。なんでも、五月に同窓会をするのに数名で企画をしていたら、勇一の話題になり皆で食事に誘いだそうってことになったらしい。勇一も感傷的になって街を飛び出したものの、誰かの誘いを待ちわびていた。

 あの街に帰るのは、気が引けたが、せっかくの誘いだ。皆と楽しく食事が出来る、と出かける事にした。

 駅前のメインストリートを抜けると建物の壁面に、白雪姫の小人達に似たからくり人形と大小さまざまなベルが飾ってあるところがある。一時間ごとに、華やかなベルの音にのって人形達が踊りだす仕掛けになっていた。待ち合わせの場所としては、地元では有名なところである。

 勇一の背後から、高らかにベルの音が鳴り響いた、待ち合わせ時刻の20時ちょうどのベルである。

 肩に落ちる小さな雪を払いながら、遅れてくる友人達を待つあいだ、息をハァーと吹いて白く煙らせていた。子供の頃によくやったものだった。ハァーと白く煙らせてはすぐに消えていく。ハァーと白くけむらせては……。

 勇一は、道向かいのレストランに停めてある高級外車に向かってハァーと息を吹いた。目に映る車は、一瞬白く煙る、そしてすぐに消える。もう一度、ハァーと息を吹いて消えていったとき、見覚えのある顔が車のドアを開けていた。

(あっ! 田所さんだ!)

 勇一は、声をあげて呼びかけようとしたが、助手席のドアを開けた一人の女性を見てそれをやめた。

 二人の男女は、まるで恋人同士のようだった。田所と女性は、勇一に気づくこともなく車に乗り込み走りさった。

 勇一は、テールランプをめがけて息をハァーと吹いた。白く煙る赤いテールランプはすぐに視界から消えていった。田所の乗った車の助手席には、まぎれもない、後藤の妻が乗っていた。恋人同士のように。

(そうか…… それで、殉職じゃなければならなかったのか……。)

 あの芝居気たっぷりの田所の顔を思い出していた。何もかも、田所のシナリオ通りだった。勇一が考えた筋書きも、すべてが田所によって演出されていたなんて。そして、芝居をさせられていたのは、俺だったのか? 

 勇一は、そんな田所でさえも悪く思う気になれなかった。

(田所さんも達も、そして、俺も『生きる』という舞台の役者なんだろう。)

 勇一は、空を見上げた。雪が舞う空に向かってハァーと息を吹きかけた。

(すべて終わったんだ。舞台の幕は降りた。)

 遠くから勇一を呼ぶ声がした。遅れてきた友人達だった。勇一は友人達の方へ歩きだし、立ち止まった。もう一度、車が走り去った方を見た。赤いテールランプの幻影を追うように。


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