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レクイエム

 勇一は、雨音にかき消される足音に助けられたと思い、山肌を這いあがっていく。迫りくる後藤の姿を見てそうするしかなかった。勇一は、怖かった。執拗に追ってくる後藤が、今にも飛びかかってくる恐怖に……。

 山肌が急になってきた。ついさっきは、ここを転げ落ちるように下っていたったんだが、上るとなると、木の枝をつかみ足場を探す。左手に木の根をつかみ時計を見た。

 23時26分。

(田所さん。早く来てくれ。)

 何度も何度も呪文のようにとなえていた。雨が次第に激しくなってきた。雨で足をすべらせた。左手でつかんだ木の枝に全体重がかかった。次の瞬間、バキッと枝が折れ、斜面を転がり落ちる。背をガードレールの柱に激しく打ち付けた。

「ウ…… ウッ……。」

 勇一は、のたうち回りながらガードレールの下を潜って身を隠そうと必死だった。

「テメー! ガキー! 」

 背後から罵声とともに後藤が駆けあがってきた。

「クソガキ! 手間とらせやがって! 」

 勇一は。もう駄目だと思った。自由に動かない体は生への執着を失わせていく。山を駆けまわって咽もカラカラだ。もうダメだろう、ここで殺されるんだと思った。

 後藤は、ゆっくりと銃を構えた。ハアッ、ハアッと息を切らせていた。呼吸を整えて、乾いた唇を唾で湿らせた。

「ガキめ、悪いな。」

 引き金を引こうとした瞬間。車のライトが後藤を照らした。後藤は、右手で銃を構え、左手で顔をライトから隠した。車は、二人の真ん中に停まった。ドアが開き田所が降りてきた。

(あ…… 田所さんだ……。助かった……。)

 勇一は、もうろうとした目で道路に這いつくばって田所をみた。

「おい、田所。遅かったな!」

「すいません、すぐに出たんですがね。」

 勇一は、ア然としていた。いや、かすんでいく意識の中で、自分の死体が横たわる情景だけが浮かんでいた。

「田所、後の処理は大丈夫か? 」

「大丈夫ですよ。抜かりはありません。」

「こいつの始末もいいか? 」

 後藤は、田所に銃を渡そうとしたが、

「いや、勘弁して下さい」 

 と、後ずさった。

「じゃあな! ガキ。」

 勇一は、驚愕の表情で田所を睨んでいた。

 バーン、乾いた銃声が響きわたったが、すぐに雨音に溶け込んでいく。

 ドスン、と肉塊が崩れ落ちた。

 背後から心臓を撃ち抜かれた後藤の体が道路に横たわっていた。

「た、田所さん……。」

「勇一君。大丈夫か?」

 田所は、勇一のもとに駆け寄ると怪我の状況を確認していた。

「た、田所さん。あ、ありがとう……。」

 勇一は、そのまま気を失っていた。赤いランプの点滅と、救急車の車内のデジタル時計のAM1時10分の表示だけを鮮明に覚えていた。



 翌朝、病院のベッドの上で目をさました。両足の膝から下と両腕と頭に包帯が巻かれていた。医師の説明によると無数の切傷と打撲だという。

 気になっているのは、警察がいつ事情を聞きにくるのか、だった。田所と連絡がつかないことに不安を感じていた。後藤が撃たれる直前の二人の会話も引っかかる。

 窓の外をぼんやりと眺めていると、看護婦が大きな花束を抱えてきた。

「キレイなお花が届いてますよ。」

(誰からだろう?)

 看護婦は、窓の近くの台の上に置くとメッセージカードが入った封筒を手渡した。

「花屋さんが、カードは手渡しして下さいって言ってましたから。どうぞ。」

(本当に誰からだろう?)

 勇一は、怪訝そうな顔で封筒を受け取った。それが、照れてるようにみえたのか、看護婦が微笑んでいた。

 封筒の中にはカードが一枚。差出人の名はないが、その字は田所のだとわかった。

「花束の真ん中に君の物がある。」

 と、ただこれだけ書かれていた。

 勇一は、誰も居なくなってから、すぐにそれをとりだした。勇一の愛用のレコーダーだった。勇一は苦笑していた。田所との約束を破ることになるが、どうしても、後藤への復讐をあきらめきれなかったのだ。

 勇一は、レコーダーの再生ボタンを押した。田所の声が聞こえてきた。田所は、まず初めに勇一のレコーダーを借用した礼を述べたあと、他の録音を消してしまったことを詫びた。

(あいかわらず、芝居っ気の多い人だ)

 田所が一人でレコーダーに向かい、あの挙動で話している姿を想像するだけでおかしかった。話しは、本題に入った。今回の一連の事情聴取が、医者の許可が出次第に開始されるだろう。そのために、これからの説明を何度も聞いて暗記するようにと……。

 勇一は、一週間ほどで退院出来るようになった。体の方は、ほとんど完治してるが、心理面のカウンセリングに通うようにと言われたので、一応の返事はしておいた。

 警察での事情聴取は暗記の効果で無事に終了した。勇一は、被害者であるので参考程度に聞かれるぐらいであった。ただ、どうしても気に入らなかったのは、後藤が殉職扱いになっていたことである。


 

 あれから3ヶ月。血みどろになって這いずり回った山肌は、紅葉が鮮やかな時期を迎えている。

 勇一は、花束を抱えて足早に歩いていた。田所からの久しぶりの電話の用件は、気が乗らないものだった。住所を書いたメモを手に後藤の家にむかった。花を手向けるために。世間では、命を賭して被害者を守った英雄になっている。礼をいうのが心情であろうと。

 勇一にとっては酷なことだったが、田所はあの芝居気たっぷりの口調で「最後の仕上げだから」と、背をおした。

(田所さんのいうことに間違いはない、結果的に僕の望み通りにもなったし)

 勇一は、田所の言うとおりに、後藤の妻にお悔やみを言い、花を供えた。頭を下げて礼を言うふりをした。後藤の妻とは、ほとんど会話をしなかった。もともと長居をするつもりもなかったから丁重に辞した。

 後藤の遺影は、立派な人物だったろうと思わせる写真だった。制服姿の後藤がキリッとした目で写っていた。なるほど殉職にはうってつけだ。

 勇一は、後藤の家の玄関にたどり着くまで、田所の言葉を何度となく思い出した。

「殉職が気に入らないことは、良くわかる。しかし、死んでしまった奴に、死に方がどうだとか言うのかい? もう死んだんだよ。奴も、勇一君の言う『復讐』ってやつも……。」

(これで、すべて終わったんだ。)

 本当に良かったのだろうか……。俺は死ぬまで問い続けるだろう。たとえ復讐であったとしても、二人の人間が死んだんだ……。

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