ラプソディ
勇一が田所と初めて会ったのは、父が亡くなって1年程してからであった。
父の死を不審に思い興信所を使って調べあげたが、どの興信所も最後には、
「もう決着がついた事故だから」
と、どうすることも出来ないと言うばかりであった。調べたことは、一応真実らしいということ。つまり、確証がないということらしい。刑事裁判も民事裁判もすべて結審しており、犯人も服役中である。今さら、真実らしいと言うことで覆えすことは出来ないと。
勇一は何も出来ない自分の非力にうんざりしていた。なすこともなく悶々と過ごす日々、思い出すのは父との楽しい想い出ばかりだった。
勇一は、必ず復讐をすると誓い、そのことだけを目標にしてきた。そして、田所洋と名乗る男にたどり着いたのである。
田所は、郊外の古い一戸建てを改装して『クリーンサービス』という看板をあげ、表向きは便利屋をやっている。便利屋といっても依頼のほとんどが掃除などだから『クリーンサービス』と名付けたと言うのである。郊外の住宅街では老人の一人暮らしも多く、何かと繁盛はしているが。そっちの方は、もっぱら人任せにして田所本人は探偵業が本業だと言っている。
勇一は、事故の調査を依頼した興信所の調査員に何度も頼み、裏稼業を請負う『事件屋』への連絡先を聞きだした。調査員は、固辞し続けたが勇一の想いに負けて、連絡の糸口を教えることにした。誰しもが簡単に依頼できる世界ではないのだ。
調査員は隣町の占い師を紹介した。そして、その占い師から便利屋の田所へと連絡された。田所は、用心深く勇一の事を調べあげ、依頼を受ける事を占い師に連絡して勇一と会うことにしたのである。
勇一の田所の印象は、まるで役者のよう、だった。彫の深い色男だった。ただし、役者のよう、と感じたのは顔つきではなく、その挙動である。まるで舞台を真近で見ているような、それでいて見る側に不快感を与えない。大袈裟な身振りに、豊かな表情、コメディー映画の主人公をほうふつとさせる。だが、いざ仕事となると同じ人物とは思えないほどに眼光鋭く、鋭利な刃物のようだった。
「で、山内さん。私になにを……。依頼されるんですか?」
田所は、勇一から手渡された資料に目を通すと尋ねた。
「どうしても。どうしても復讐がしたいんです。」
「そうですか……。復讐といっても……。」
田所は、腕を組み勇一を見た。不気味な微笑をうかべて、勇一の話を反芻した。勇一の計画とは、父を直接殺害した草野誠司に嘘の仕事を持ちかける。草野は、割のいい仕事だと思ってすぐに乗ってくるだろう。仕事を請負わせて、うまく勇一の車に乗り込むように誘導し、人気のないところで準備していた銃で復讐を果たす。その際、草野に一部始終を喋らせて録音する。その場は正当防衛で犯人を撃ち殺してしまったことにする。
田所はそこまでの勇一の話を聞いて、
「へえ~ 」
と、つまらなそうな返事をしていた。
「で、刑事さんの方は? どうする気ですか。」
勇一は、草野にしゃべらせ録音したレコーダーを持ってメディアに公表するつもりだと言った。
田所は、依頼を受けるにあたり、条件をだした。それは、後藤にたいする復讐は引き受けないこと。今回の依頼は、草野を殺して正当防衛で終わらせる事だけ。それ以上を望むなら、他の事件屋をあたるようにと。
勇一は、それで充分だと思った。何も手を出せずに過ごしてきたんだ。せめて、実行犯である草野だけでも復讐ができればいいと。
勇一は、父と後藤との繋がりを憎悪に満ちた目で話だした。田所にとっては、すでに調査済みであり聞く必要もないのだが、この仕事の重要な一つの作業として、依頼主の心情を吐露させて、心を楽にさせてあげなければならないのだ。話しの途中で何度かうなずいたりと、この時が一番苦手だった。この苦痛をしのいでこそ依頼人は田所を信じ、委ねるのである。
勇一は、中学2年の時に母親を病気で亡くした。以後、父と二人で生活してきた。父は地場中堅の建設会社を経営していた。父は多忙だったが、勇一と過ごせる時間を大切にし、出来る限りの愛情を注いでいた。やがて、父に愛人がいることを知ったが、それも多忙な父の支えになってくれるのならばと、理解を示した。しかし、その愛人は、母の生前からの関係だと知った頃から、父との関係がギクシャクしてきた。
だが、勇一は父が好きだった。父を受け入れようとしていた。そんな矢先、事故で亡くなってしまったのだ。
勇一の父の山内徹は、愛人とその間に生まれた娘に遺言を残していた。全財産の半分を二人に遺贈すると書かれていた。勇一は、愛人の真奈美が依頼した弁護士の指示する通りに遺産分割の手続きに応じた。父の意志に添うように。唯一の肉親を失い、悲しみに暮れ続けている勇一にとっては、遺産だの父の会社だのと、どうでもいいことだった。悲嘆の中で生きることは、すべての力をもぎ取られていくようだった。大学受験もやめ、なすこともなく閉じこもり続けた。やがて、父の死に不審をいだき調査を依頼したり、自らも調べ始めた。
父の愛人の真奈美に、父の死後急接近していた人物がいた。それが、当時交通課の警察官だった後藤である。後藤と真奈美は同じ高校の同級生だった。いつからそうだったのかは、わからないが真奈美は父の愛人であった頃から後藤とも繋がっていたようだった。
この事故の計画を練ったのは、おそらく後藤だろう。山内徹に遺言を書かせ、真奈美が誘い出し。草野というチンピラを使って事故に見せかけて……。それから、真っ先に現場に駆け付けて、現場を保存するどころか証拠を捏造した。予定外だったのは、不起訴になる予定が運転手の『居眠り』ということになり実刑となった。
田所は忍耐強く話をきいていた。すべては、勇一と会う前に裏を取ってある。それぐらいの用心深さはこの稼業に必須なことだ。
話しが終わると、勇一に連絡用の携帯電話を1台手渡した。連絡は、
「すべて携帯で」
と、言って別れた。