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シンフォニー

 勇一は、何度も立ち止まっては携帯を見た。まだ圏外の表示が消えない。もう少し移動しなければ、と暗闇の中を足場を確認する。生い茂る草の中で何度も足を取られては転倒した。

 ハァー ハァー と息を切らせ、山頂への道路を見た。

(クソ! もう来たか! )

 猛スピードで駆けあがる一台の車。

 キキーとタイヤを鳴かせて走ってくる。勇一は木の陰から凝視していた。

(あいつだ! 後藤だ!)

 テールランプが遠ざかるのを見届けて、再び転がり落ちるように麓を目指した。やがて、後藤が引き返してくるだろう。今度は、俺を仕留めるために。その前に、早く連絡をとらなければ……。



 後藤は、猛スピードで駆けあがった。車が一台停まっているのを見つけると、拳銃を右手に持ったままゆっくりと近づいた。ライトをつけたままの車の先に、道路に転がっている人影が見えた。後藤は、銃を構え用心深く接近した。大量の出血で意識がもうろうとしている草野が、かすれた声で助けを求めていた。

「ダ、ダンナ! ご、後藤のダンナ……。」

 後藤が来たことに気がついたのか、残った力を振り絞り体を這わせようとしている。

「草野! 奴はどこに行った? 」

「下に……。 走って……。 ダンナ、た、助けて……。」

「草野!助けにきたぞ。」  

「あ……。ありがとう……。 た、助かった……。」

「でもなあー。助けるのは、お前じゃねえんだ。」

 後藤は、銃口を草野の腹部に押し付けた。

 驚愕の表情の草野の顔を左手で押さえ付けて、

「俺を助けるためなんだよ。」

 引き金を引いた。バーンと銃声が響いた。後藤は、草野の体を払いのけると、勇一が逃げた方向に走りだした。

 ガードレール越しに林の中を見つめていた、

(草野め! やっぱり喋っちまったようだ)

 後藤は車から懐中電灯を取り出し逃走の跡を捜していた。折れた枝、不自然にしおれた草、えぐれたばかりの土。

(あの若造、この下を真っすぐに降りたようだな)

 後藤は、勇一の先回りをして麓から追うことにした。車に乗り込むと、猛スピードで来た道を戻る。

(若造め、知らないでいいことを知ってしまいやがって。草野め、最後の最後まで俺の足を引っ張りやがる)



 勇一は、車のライトが近づくのを見ると茂みに身を潜らせて行き過ぎるのを見ていた。

 後藤は、ときおり車を止め、ガードレールから身を乗り出して林の中を懐中電灯で照らしていた。勇一を追い詰めるその光との距離は、次第に近づきつつあった。見つかれば、殺されるだろう。そして、俺は、強盗犯に殺されて山に捨てられたことにされ、あいつは、犯人を追いつめて、止むお得ずに射殺したことにするだろう。

(思い通りにさせるか! 絶対にアイツの悪事を暴いてやる! )

 勇一は、草野が語った一部始終を録音していた。

(これを公表すれば、俺も罪を負うことになるが、あの悪徳刑事を白日のもとに晒すことができる。)

 後藤の車が、勇一の居る場所を通り越して山を下りて行く。一気の麓に向かって。

(アイツ、麓から俺を追い詰めるつもりなのか? )

 勇一は、まだ圏外から抜けきれぬ苛立ちを感じながら、見つからぬように移動を繰り返す。なんとか繋がってくれ!と、念じながら、何度も何度も発信ボタンを押す。後藤との距離に怯えながら……。

 勇一の居場所から直線にして200メートル程下に、後藤は車を停めた。勇一はこれ以上、山を降りることをあきらめ、逃げる方向を変えようとした。その時、電話が繋がった。微弱な電波に、切れるな!切れるな! たのむ切れないでくれ! と、祈りながら……。

「もしもし。勇一君か?」

 勇一からの電話を田所は待っていた。

「た、田所さん。俺、怖い……です……。」

「勇一君、今、どこなんだ……。」

 電波の状況が悪く、上手く話が出来なかった。田所は、助けに行くからとにかく逃げ続けるようにと、電話はそこで途切れてしまった。

 勇一は、電話をその場所に置いたまま、今度は山肌を登りだした。下から追い詰められれば、上に行くしかない。あとは、田所がGPSで場所を特定して助けに来てくれることにかけるしかない。それまで、逃げるしかない。



 後藤は、車を停め。林の中に入って行った。暗闇に目が慣れるように懐中電灯を使わずに、

(早く仕留めないと、あとあと面倒だ)

 後藤は、勇一が素直に麓に行かないように、わざと車を麓に停めた。ライトを山肌に向けたまま。

(普通の奴なら山を降りるのを止めて、来た道を逆に、山を登りだすはずだ。追われる奴は、皆そうするものだ)

 さすがに百千練磨の刑事デカである。追い詰めはじめると、まるで餌を求める禽獣のようである。暗闇に溶け込み耳を澄ませるて獲物を狙う。かすかな木の枝の音も聞き漏らすまいと。

(あの若造は、近くに居る……。必ず仕留めてやる。)

 やがて、後藤は小さな光が点滅しているのを見つけた。用心深く、それでいて俊敏に行動する。

(携帯か、若造め!)

 携帯を開き履歴を確認しようとしたが、ロックされていた。チエッと舌打ちをしながら岩に叩きつけた。

(早く仕留めなければ……)

 後藤は、山肌を睨みつけた。


 勇一は、携帯電話を置いてきた場所を見た。暗闇の中で何やらガサガサと木々が揺れていた。

(携帯が見つかったか? もうそんなとこまで……)

 もう、様子をうかがう余裕もなかった。ザワザワと木や草の音がしないように山を登っているつもりなのだが、急げば急ぐほど、パキッと枝を折ったりしてしまう。

(このままでは、追いつかれてしまう……)


 後藤は、耳を澄ませて獲物をさがしていた。パサッパサッと葉の擦れる音がした。頬に水滴が当たった。

(ついてねや、雨か? )

 水滴は、あちこちの木々に落ち、次第に山全体が雨音に包まれた。

(この雨が、俺に有利かそれとも若造か?)

 時刻は、23時4分。

(そろそろリミットだ)

 後藤は、この雨音が逃げる者の油断になると本能的に気づいていた。

(逃げる者は、必ずこの雨音が救いだと思い込み、逃げ足を早めるはずだ)

 山肌を凝視していると、不自然に木々が揺れ動くのを見つけた。

 後藤は、その場所を目指し猛然と駆けあがる。

 勇一は、雨音に紛れて移動しやすくなったと救われた思いだった。すぐ近くに迫っていることも気づかずに。

 

 

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