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インテルメッソ

 梅雨だというのに雨も降らず、ただ蒸し暑い日が続いていた、2ケ月前。

 1年前に出所して、後藤のダンナに世話してもらった仕事も辞めちまって、手持ちの金も少なくなっていた。

(仕事を探すって言ったって、刑務所帰りの男なんか、どこも使ってくれねだろう。ダンナには悪いが、またどこか世話してもらうか?)

 草野は、後藤のダンナを繁華街のパチンコ屋の角で待ち伏せしていた。『後藤のダンナ』と呼ばれる男とは、刑事の後藤憲一。元は交通課だったが、今は刑事課に配属されている。とかく黒い噂がある刑事である。

 草野は、根っからの悪人ではなく、いうなれば半端者である。主に窃盗や詐欺の常習だったが、3年前に交通事故で人を殺してしまって服役していた。刑事の後藤とは、若い頃からの腐れ縁である。

「後藤のダンナ!。」

 草野は柱の影から後藤の背後に回り、声をかけた。

「フン! 居たのはわかってんだぞ! 」

「おのそれいたします。」

刑事デカの背後を、勘づかれずに取ろうなど。お前みたいなチンピラが! 」

「まあまあ―― 。そう怒らなくても……。」

 草野は両手を前に出してなだめるような仕草をした。

「お前、仕事辞めちまったんだってな! 何やってんだ! 」

「す、すいません。ちよっと若いのと反りが合わなかったもんで……。 」

 後藤は草野を睨みつけていた。

「俺もずいぶん我慢したんですよ。」

 草野は、悪びれる様子もなく、タバコをせがむ仕草をした。

「ほらよ。くれてやるよ。」

 ポケットから箱ごと草野に手渡した。

「これから、どうするつもりなんだ? 」

「また、世話して貰えませんか? お願いします。」

 後藤は足元に視線を落とし、メモを渡した。

「しょうがねえや。ここに明日にでも電話しろ。俺からの紹介だと言えばいい。」

「ダンナ。いつもすいません。」

 後藤は、草野に憎悪の目を向けていた。

(こいつ、俺に付きまといやがって! )

「いいか、明日電話しろよ!」

 言い捨てて歩き出した後藤に向かって、

「ダンナ。また、大きな仕事ヤマをさせて下さい。まとまった金が欲しいんです。」

 断れねえはずだ。と、言わんばかりの語気だった。

「おい草野。俺は刑事デカだぞ。尋ねるところを間違っちゃいないか? 」

「おっと、そうでしたね。ダンナは刑事デカだった。」

 後藤は、チェッと舌打ちをして歩きだした。

「とにかく、明日電話しろよ。」

 後藤の背には、草野への殺気が満ちていた。




 22時19分。

 車は郊外の一本道を走っている。前方に見えるトンネルを抜けると民家もまばらになってくる。草野はトンネルを抜けるとすぐの三差路を右折するように運転席の男に命じた。

(せめて、後藤のダンナにでも連絡がつけば、なんとかしてくれるかもしれない……)

 草野は、額の汗を拭うと、祈るような目で携帯を見つめ続けた。後藤には、逃走の手助けをさせようと番号を教えてある。時間には厳しいダンナだから、駐車場に来なかっただけで不審に思っているだろう。

 握り締めた携帯から振動が伝わってきた。草野は、後藤からの着信を確認すると電話にでた。

「も、もしもし。ダ、ダンナ! 」

「おい、草野か? お前の仕業なのか! 」

「ダ、ダンナ! た、助けて下さい! 」

「お前、どういうことなんだ? 」

「ダンナ……。とにかく、た、助けて下さい。」

「お前、ひょっとして。俺を、この俺を利用しようとしたのか? 」

「す、すいません。ちゃんと言うつもりだったんです。」

「お前、なに考えてんだ! 」

「ほ、本当にすいません。か、簡単な、チョロイ仕事ヤマだったんで……。」

 後藤は、語気を強めて草野をなじったが、助けて欲しいの一点張りで懇願するばかり。あきれ果てながらも、これまでの経緯を聞いた。

 草野は、宝石店を襲撃し、後藤と待ち合わせた駐車場まで逃走し、何食わぬ顔で後藤が乗ってくる覆面パトカーに乗り込み郊外まで運んでもらう計画を立てていた。まさか、強盗犯がパトカーで逃走するなど思いもしないだろう。ダンナには、適当な用件を作って小銭でも掴ませておけばいいだろうと考えていた。

「お前、今どこに居るんだ? 」

 草野は後藤に現在地とこれから向かう場所を教えた。後藤は、すぐに助けに向かうと言い電話を切った。

(後藤のダンナなら、俺を逃がしてくれる。きっと逃がしてくれるさ。俺に喋られたらヤバイからな……。)

 草野は後藤と連絡がついたことで、なんとかなるだろうと、少しホッとしていた。



 長いトンネルを抜け、三差路を右手に曲がる。ゆるやかな登り坂を走ると、すれ違う車もほとんどない暗い山道である。草野は後藤と話した通り、山頂近くのスキー場の入口で運転席の男を降ろすつもりでいた。

 冬期だけ開けてあるスキー場なので利用する人もなく、静かすぎるほどの静寂に満ちていた。車は速度を落としスキー場の入口の鉄柵の前で停車した。

「おい、降りろ!」

「は、はい……。」

 草野は、銃をチラつかせて命令する。運転席の男は、両手を上げて車から離れて、鉄柵の前に立たされた。

 草野は、男から取り上げた携帯電話を林の中に投げいれると、用意していた手錠を男に向かって投げた。

「鉄柵とお前の手を繋ぐんだ!」

 手錠の片方を鉄柵にかけ、もう片方を腕にかけようとした、その瞬間。バーンと銃声がこだました。

「う、う……。」

 左の太ももを撃たれた草野が苦悶していた。

 目の前には、必死の形相で運転席の男が銃を構えて立っていた。荒い息遣いが耳朶に響いた。

 草野は、激痛に顔を歪めながらも手に持った銃の引き金を引いた。

 カチャ、カチャと、軽い金属音がした。

(ど、どういうことなんだ……。)

 遠のく意識の中で後藤の到着だけを待ちわびていた。

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