誰そ、彼は-記録・37頁目-
全てを焼き尽くす熱を孕んだ呪力の残滓が、屋上を渡る風に攫われていく。されど虚空に漂う星屑は未だそこで陽光を弾き続け、荒々しい力とは相反する凍えた静の呪力の波に意識が漂う。
『冱術』――彼は、呪力が爆発するまでのあの一瞬の時間で展開した氷の壁で、密の霹術を相殺したというのか。
俄かには信じられない事実を、舞い落ちてくる細かな氷の華が如実に物語る。
「いやー、密君。君の呪力の強大さは僕の想像を遥かに超えていたよ。うん、やっぱり、祺綰実績一の鬼桜学園を首席で卒業しちゃう君の実力は凄いね」
感服するよ、と。
そんな誉め言葉は、密の意識には登らなかった。彼はただ、その黒曜石の瞳に映る背中を凝視し続ける。
密に背を向けた剱は、両手を組んだ腕を天に上げて伸びをする。故に、共に夜を宿す二対の瞳は交わることはない。
「問題は、そのトラウマをどうするかだよねー。火解は僕の管轄外だし。赫さんに頼もうかなぁ」
思考を巡らす背から、密はゆっくりと視線を落としていく。ベルトポーチに戻した神楽鈴は、けれど一度として澄んだ音色を奏でなかった。
瞼を閉じる。そこに広がるは、闇。
「……剱さん」
「ん――?」
妙に間延びした声すら、今の密には、作り物に聞こえた。
瞳を開けても、そこに映るのは絳髪に彩られた背。
「どうして…」
「うん?」
「どうして、貴方は、十六師なのですか?」