誰そ、彼は-記録・35頁目-
二度、三度、鈴が鳴らされる度に精神が澄み渡っていく。雑念が消えて、凪いだ感情の湖面には波紋一つ立たない。常に緩やかに体内を廻っている自然界の力が、鈴の音に合わせて神具へと集まっていく。
一層高く、鳴らされた浄化の音。
呪式展開図の構築は僅か数秒で完了する。神楽鈴を始点にして三角形と文字を組み合わせた組織図が、炎を伴って出現する。
鈴の音。
天に昇った炎が新たな展開組織図を描く。六芒星が茜色の空を黄金色へと塗り替えた。
神楽鈴を、もう一度鳴らす。静寂に包まれた精神は冷厳なる司令塔と化し、呪力の制御はその統制を失わない。
信じて、と。その一言が、密の鼓膜に響く。
だから、大丈夫。
「――『焔に……』」
呪力解放の鍵となる文言を唱えかけた密の鼓動が、不意に跳ねた。
均衡が崩れる。制御を失った力が、秩序の鎖を引き千切ろうと暴れ出す感覚に全神経が包まれる。
見開いた黒曜石の瞳に、理を砕いて落下する神の怒りが映り込んだ。
「―――……ッ!」
きっと、彼の名を呼んだのだろう。けれどそれは己の耳にすら届く前に、一瞬にして視界を純白に染め上げてしまった呪力の爆発音に掻き消されてしまった。