誰そ、彼は-記録・34頁目-
そんな己の姿は、どれ程滑稽に映っていることだろう。彼の瞳がどんな光を湛えているのか、確認する事が怖くて密は俯いた。
「――うん。わかった。密君、君の恐怖はよくわかったよ」
でもね、と。
彼は続けた。
「大丈夫だよ」
ありふれた言葉だった。そこに根拠も理由も孕まない、無責任な言葉のはずだった。
けれど、密は贈られたその一言に、弾かれたように顔を上げた。
「大丈夫だよ、密君。君は、僕を傷付けたりなんかしないよ」
繰り返される言霊。
揺れる心。
「ですが、剱さん…」
「――ねぇ、密君」
距離がある。それなのに、世界の秩序を無にして、銀の双眸は密を貫く程に、近くに感じる。
「僕を、信じてよ」
世界に落とされたその言葉が、心を染めようとしていた不安という感情を持っていってしまう。
他者と戯れるように散逸する言語の中で、本当に伝えたい言葉は、聞く者の心に落ちてくる。
左眼を覆っていた手を緩慢な動作で下ろす、その僅かな時間で心は決まる。一度伏せた瞼の上がった黒曜石の双眸は先の翳りを消し、密は皮製のベルトポーチの中から呪式媒介である神楽鈴を取り出した。
右手に持った神具を顔の位置で掲げた密は、手首を内側に返す。澄んだ高音が、黄昏時を迎えた空に響き渡った。