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誰は、惑ふ-記録・30頁目-

 緩い笑みを口元に浮かべた剱の発言の意図を鷹秘が理解する前に、彼は立ち上がって歩き出していた。

「じゃ、密君。屋上に行こうか」

「え…?あ、はい」

 まるで映画のコマのように、連続性の欠けた情景の傍観者と化していた密の反応は遅れた。若干慌てた手付きで空の食器の乗った盆を片手に席を立つ。

 密の追う背が、ふと思い出したように立ち止った。肩越しに振り返る彼の絳髪が揺れる。

「あ、秋さん。しばらく、屋上立ち入り禁止でから」

「はあ?剱。お前、何言って…」

「僕流の歓迎会ですよー」

 にこり、と。綺麗な笑顔を残して剱は緩やかな足取りで食堂を去っていく。その後を、食器を片付けた密が、一礼を残して追った。

 弱小の十六師を見送った鷹秘は、頭に置かれた手に我に返った。滑りの悪い視線を遣った先で、師長の些か不機嫌そうな表情に出会う。

夕緋(ゆうあけ)師長……。あの人は……」

 何が訊きたかったのか、鷹秘自身にもはっきりとはわからなかった。形にならない漠然とした感情が胸中を満たしていて、その不気味さがただ不快だった。

「あいつは――……」

 剱と密が出ていった扉を見遣り、苦虫を噛み潰したような表情を刻んだ秋は、見上げてくる部下を見なかった。

「あいつは――……。――闇、さ」

 闇。

 心中で、鷹秘はその単語を反復する。

 確かに、彼は闇だ。仰ぎ見る遥かなる蒼穹を悠々と泳いでいく雲のような、穏やかで、無機質な存在ではない。

 光と共に常に傍らにある、こちらの存在を呑み込んでしまう干渉者。

「だからな、向陽」

 名前を呼ばれる。脳を揺さぶるような、いつまでも耳に残る妖艶な声音ではなく、聞き慣れた低いだみ声。

「あいつ自身も警告してきたがな。お前、不用意にあいつに近付くんじゃねぇぞ」

 呑み込まれるぞ――彼は、もう一度そう呟いた。

 乱暴な足取りで食堂を出ていく長の背を見つめながら、鷹秘はその背に友人のそれを重ね見た。

「鈴鳴……」

 呼びかけに、応える声など、あるはずもなかった。



 ***



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