誰は、惑ふ-記録・25頁目-
そこに孕まれる感情は、侮蔑、嘲り、恐れ、そして、憎しみ。
世界を構築する要素を操る呪力は、特別なものでは決してないといわれている。誰もが生まれながらにしてその力を持ち、それを操れるかどうかは感性の問題なのだという。己の体内を、まるで血管の如く巡るその力を感じ取ることが出来るのか、その一点の違いだけなのだそうだ。
肉体は、それ自体が呪力を抑制する為の装置。その器を離れ、魂という存在へと姿を変えた意識は、堅牢なる壁に阻まれていた強大な力の存在に直に触れる。
だからクアトは、世界の敵だった。
「鈴鳴の呪力を始末書作成に埋もれさせるのはどうかと思うしなぁ。やっぱり、俺が異議申し立てを……」
「――それは止めておいた方がいいと思うなぁ」
夕暮れが近付いている食堂も俄かに騒がしくなってきた。世界は広く、こうして会話を交わしている自分達以外にも大勢の人間がいることなど知っていた。それでも、脳が認識する狭義の世界とは、やはり意識を向けている者のみで構築されるものである。
それ故に、突如として閉じた世界に割って入ってきたその声を、認識するのに時間が掛かった。
「……わあッ!」
視線を向けたのは恐らく二人同時だっただろう。鷹秘の上げた驚愕の声は思いのほか喧騒を縫い、一斉に向けられた視線を密は肌で感じていた。
「禮さんに直談判なんかしたら、その場で呪式銃抜かれて撃ち殺されちゃうよ。あの人、そういった感情の産物で煩わされるの、大嫌いな人だから」
いつから彼はそこにいたのだろう。
鷹秘の隣に座り、頬杖をついたその肩を絳色の長髪が流れていく。僅かに首を傾げるようにして、新米呪式士を見遣るその銀の双眸は、相変わらず眠そうだった。