誰は、惑ふ-記録・20頁目-
やはりこちらの意思を確認する事無く勝手に決められた予定に、密はただ、呆然と頷くしか術がなかった。
「でも、秋さん。迎えに来てくれたってことは、やっぱり僕と秋さんの友情は健在だったんですねー」
「もういいよ。お前、いっぺん死んでこいよ」
「あはは。一回死んだらもう帰ってこれないじゃないですか」
「寧ろ帰ってくんな!」
「僕がいなくなって、淋しくて泣いても知りませんからね」
「誰が泣くか!大体、お前は……ッ」
二人の話し声は距離が空く毎に小さくなり、やがて視界から完全に消える頃には廊下を満たしていた声も聞こえなくなった。
急に、世界は静かになった。
師長室しかない最上階の廊下に、己以外の人影などあろうはずもない。屋上に出よう等という気紛れを起こす者もおらず、一人で立ち尽くしている己の滑稽さに密が気付くのには、少し時間が掛かった。
二度三度と、黒曜石の瞳が瞬かれる。師長室とプレートの下がった扉を一度眺め遣り、消化不良の思いを抱えたまま、結局上司に言われた通りに食堂へ行くしか選択肢はないようだ。
重い、陰鬱な溜め息を廊下に落とし、足元に溜まったそれを散らすかのように、屋上へ続く傍らのそれではなく突き当たりにある階下へ続く階段へと、密は重い足取りで歩き始めた。
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