誰は、惑ふ-記録・16頁目-
「謙遜するねー、密君は。それが本心なんだから、君はきっと上を目指せるよ」
からかっているのだろうか。
部屋に入る、その時一度だけ向けられた銀の双眸は、あれから決して自分を映し出さない。
だから、紡がれる言葉の真意を、密は図ることができない。
「問題は、制御……じゃないねぇ。君の呪式展開組織図は、滅呪式を構築する隙が見つからない程精巧で緻密なものだ」
それくらいできなくちゃ、首席卒業なんてしてないか。
言葉の端に滲んだ笑みは、それはどちらかというと密に向けられたといよりは、発した本人の無配慮に対する軽い後悔に付属したものだった。
こんな事は、わざわざ自分が言わなくても君はわかっているだろう、と。
「ねぇ、密君。ちょっと、君、ここで呪式展開して見せてよ」
「・・・・・・・・・は?」
恐らく、彼の中では順序立てられた思考の中で生み出されてくる言葉なのだろう。
しかし、彼の考えを全く読めない密は、それは唐突にしか聞こえない。だから、戸惑うしかない。
「記録は結局過去でしかないでしょ。そんなものと睨めっこして推論を展開しても、結局その域から出ないし。百聞は一見に如かず、って言うしさ」
密の困惑など気にも留めていない様子で、先程通ってきた扉の取っ手に既に彼は手を添えている。
「屋上に行こうか、密君。室内じゃ雷を操る《霹術》も、光と熱を操る《閃術》も、展開するには適さないからさ」
細く開けられた扉の隙間へ吸い込まれていく絳髪が消える頃、ようやく密は己を取り戻す。閉まってしまった扉を開けて廊下に出た時には既に、その背は屋上へと続く階段に差し掛かっていた。
「あ……剱さん!」
あれ程躊躇いがあったはずのその名を、自然と呼んでいた己が不思議だった。