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誰は、惑ふ-記録・12頁目-

 生温い笑顔で。弛緩した声で。場に似合わない戯言を紡ぐ彼に、眼鏡の奥の灰色の双眸が嫌悪を宿して細められる。

「何を莫迦な事を…」

「――何人、死んだんです?」

 完全なる不意打ちだった。

 笑みは残されたままで、されど優しさとは裏腹に背筋を凍らせる何かを含んでいるそれが、上から上司を見下ろした。

 戯言を一笑に付そうとした禮の表情が凍る。それは、先程の無表情とは決定的な相違であり、彼女が初めて見せた動揺だった。

 一瞬にして凍りついた室内の空気が密の肌を侵食する。細い針を刺されていくかのような鋭い痛みの連鎖にも似た悪寒が全身を駆け巡り、状況把握が出来ずに戸惑いを浮かべた瞳が室内を滑る。されど、厳しい顔をして壁際に佇む、恐らくは一桁の師団を背負う長であろう三人の視線は皆、絳髪が流れる背に向けられていて密のそれと絡み合うものは一つとしてなかった。

「…何の話だ」

 時間が凍ったのは数秒の事だ。動揺を無表情の仮面で華麗に覆い隠した禮の応えに、剱は、笑った。

「ねぇ、禮さん。それって、冱術(こじゅつ)――…だったりしませんよね?」

 小首を傾げたその頬を、絳を纏った長髪が撫でていく。鮮血で染まったかのような鮮やかなそれが隠そうとしたものは、何だったのだろう。

 柔らかな笑みを刻まれた口元が覆われれば、禮を見下ろす銀の双眸が白い顔の中で浮かび上がる。その雪の瞳は世界を眠りへと誘う優しさではなく、永遠に時間を止める永久凍土のような冷たさを持ち合わせていた。

「…否。今回は火属性の類だ。氷ではない」

 銀と灰色、似て非なる色を宿す二対の瞳が交錯する。真意を探るような視線は数秒の対峙で外され、それと同時に室内に満ちていた緊張が解けた。

「あぁ、成る程。だから、この面子なんですね」

 この面子、と剱の視線が三人を滑っても密は納得のしようがない。だからといって、問えるような空気でもなかった。最高潮に達した先の緊張状態は失われたとはいえ、底辺に流れる凍える気配は消えていない。

 扉を開けて出て行くことも出来ず、中途半端な体制のまま密に許されたことはただ、上官の背中を眺めることだけだった。


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