誰は、惑ふ-記録・11頁目-
彼が髪に宿す色に比べてさして珍しくもない銀の双眸に、それでも魅入ってしまうのは、その切れ長の瞳が宿す光の中に他者を魅了する何かが潜んでいるからだろう。
下方から見上げるようにして向けられる、まるで天から舞い落ちてくる雪の華のような、透明な微笑。
それを、女神の慈悲と称するのか。
或いは、堕天使の誘惑と呼ぶのか。
「剱…師長」
抗う事を許さない、静かでありながら絶対的拘束力を持つ微笑に躊躇いながらも呼びかけた密に返る声はない。
「・・・・・・・剱…さん」
微笑の圧力に屈した密の呼びかけは、静かな室内でなければ掻き消されてしまう程に小さなものだった。
「…うん。まぁ、それでいっか。こういうところが、密君らしくていいのかもしれないしね」
躊躇いに罪悪感すら含んだ密の精一杯の努力に、数秒の間を置いた剱は彼独特の緩い笑顔を覗かせた。己よりも高い位置にある密の金褐色の髪をくしゃりと撫でる。
子供にするようなそれに、一瞬浮上したうねりは理性という名の凪の海に溶けて消える。
確かに彼からしてみれば、自分は子供なのだろう。まだ、現実を知らない無知なる存在。死を前にする心情も、命を懸ける本当の意味も知らない。
そんな自分は、たとえ弱小だとしても師長の肩書きを持つ彼から子供のような扱いをされても文句は言えない。師員がいないから長を務めているだけだと言っていたが、そんな戯言を真に受ける程、密は純粋な心の持ち主ではなかった。
「……剱。まだ何か用があるのか」
配属の師が決まり、帽章を受け取ればこの部屋にいる理由がない。故に一礼して扉へと踵を返した密は、扉を開けようと伸ばしかけた手をそのままで背後から響いてきた禮の声に振り返った。
視界に入った絳は、それは彼がこちらに背を向けている証拠であり、それは即ち、机に座っている禮と正面から向き合っているという事だ。師員である密の慎ましやかな入師式に同席した彼に、禮の冷酷な問い掛けからして他の用件があるとも思えなかった。
「いえ、別に。ただ、禮さんって綺麗だなーって思って」
見惚れていたんですよ、と。