誰は、惑ふ-記録・7頁目-
「貴様の口数の多さは、私が引き金を引く充分な理由足り得る」
引き金に掛けられた指は、簡単に命を奪う鉛玉を吐き出す事に一欠片の躊躇いも見せないだろう。密が入室してからこの方、一度としてそこに宿す感情を変えなかった灰色の瞳がそれを物語っている。
冷酷な輝きを宿すその双眸に、夜空に浮かぶ月読の姿が重なって見えた。この街の、この世界を遥か頭上から見下ろす、無慈悲な女神の姿を。
「あはは。禮さんはほんと、面白い人だなぁ。そんな理由で人が撃てちゃったら、今頃この世は地獄絵図」
立ち上がった彼の背を流れた髪の色に視界が塗り潰される間際、苦い表情を浮かべる禮の姿が見えた。
「…なんて、ね。禮さんの封弾は月光。そんな美しい光を、太陽の許に晒す必要なんてないですよ。勿体ない」
刹那、密の背筋を氷塊が滑り落ちる。底知れぬ恐怖に悲鳴を上げる全身が総毛立ち、本能は逃避を選択するも、統制を失った身体はその場から一歩も動かなかった。
「闇夜に輝くからこそ、美しいんです」
拳銃を仕舞った禮の座す机に腰掛け、今度は見下ろす形で僅かに首を傾げたその頬を長髪が滑る。それはまるで、薄い唇に刻まれた酷薄な笑みを覆い隠そうとしているかのように見えた。