ラブコメなんて結構です。僕は異世界転生かもしれなし
「魔力ゼロの辺境伯令嬢、アーティファクトで覚醒する~ユニークスキル「超能力」を使っていたら、いつの間にか救国の聖女と呼ばれていました」
連載中です。現在、第1部、第36話です。
https://ncode.syosetu.com/n2529mh/
よろしくお願いしたします。
この短編、好評なら連載しようと思っています。
「もう朝よ、起きて、玄人」
少女が俺の名を呼んでいる。
「今、何時だ? 俺は何でここに……」
部屋には痛みを覚えるほどの光線が差し込んできていた。
――眠い、今はまだ目覚めるときではない。
「はぁ? 何言ってんのよ、起きなさい。今日は卒業式なんだからね、遅刻は許されないわよ」
……卒業式? 何を言ってるのだこいつは。
俺は、重たい瞼に力を込めた。
これは……ダメだ。
まるでスリープの魔法が掛けられたように肉体が抵抗する。
体は硬直し俺の意思をまるで受け付けようとしない。
「……無理だ、どうにもならん。この状態異常を解除するには――痛た!!」
俺は頭に強い衝撃を受けた。そのせいで体を縛る呪縛が解かれる。
「あんた、いい加減にしなさい。今日で中学卒業よ。いつまで中二やってんのよ」
少女の叱咤とともにカーテンがガバーっと開き部屋が光に包まれた。
「あ、ああ……おはよう」
寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こす。前髪に隠されてよく見えないが気配で分かる。
こうも不躾に思春期の男子の部屋に上がり込んでくる女子は、ユニークスキル「幼馴染み」を発動できる彼女しかいない。そう、こいつは赤井沢 遥だ。
俺は長い前髪を搔き上げた。
「フッ」思った通りか。
――おっと、いけないな。通常モード「現世」に戻さなくては。この世界で、あちらのことを持ち出すことは厳禁だ。殊にこの春に高校に進学する俺は、こちらの常識をきちんとわきまえねばならない。
「あんた、また背が伸びたわね」
遥は、立ち上がった俺の至近距離に立ち、手を翳し背を計った。身長に差がない彼女がそうして体を寄せると、自然と顔と顔が近づいてしまうのだが……
「胸が当たっているぞ、遥」
眠気により半分下がった瞼。思考も呆けたまま思ったことを口に出すと、
バチーン!! ――痛いじゃないか、遥。俺は「ヒール」を唱えながら左頬をさすった。
「あんたのその無神経ぶりには、ほとほと嫌気がさすわ」
遥は怒りながら顔を赤らめていた。うぶな娘だ。だが、生娘とはそういうものだろう。
心は冷めていた。――まぁ、それはそうか。現世では童貞だが、そんなことは気にしない。なにせ俺にはあちらでの豊富な女性経験がある。今更、胸が触れる程度で心が揺らぐことなど……ん?
妙だな? 心臓が……ああ、そうか、これは現世の肉体の反応か。
俺も、まだまだ甘いな。
「すまない。デリカシーというものを――」
「はいはい、もういいわよ。それよりも早く支度しなさい」
「ああ、了解した」
俺は眼鏡を探した。不便だ。あちらでは鷹の目といわれたこの俺の視力が、今では超のつくド近眼である。
「はい、ここよ」
遥がサッと眼鏡を手渡してきた。――こいつは、なんで俺の部屋を知り尽くしているのか。こうも開けっぴろげにして良いものだろうか。これではあまりに無防備すぎるのではなかろうか。
「………………うむ」
「さっさと掛けなさい。でもあれね、もうすぐ高校生なんだから、その黒縁眼鏡も卒業しなきゃね」
遥は、まるで母親の様に世話を焼く。俺は溜息をつきながら下を向き、前髪を持ち上げるようにして眼鏡を装着した。
――視界が、いっきに色を帯び鮮やかになった。
「あ、ああ、遥かちゃん。おはよう、起こしに来てくれたんだ。ありがと」
僕は、眉をちょこりと可愛らしく持ち上げながら呆れる幼馴染みの顔を見た。
「玄人、あんた、また異世界モードになっていたわよ」
「え、また?」
僕は顔を引きつらせて笑った。
「高校生になってもそんなんじゃ、友達もできないわよ。いい加減に大人になりなさいよ」
遥の呆れ顔。眼鏡を外すと異世界での人格が現れる、いや、言動がおかしくなる。そんな僕の秘密を彼女は知っている。
「そ、そうだね」
僕はその場で申し訳なく思いながら苦笑した。
僕は決して二重人格者ではない。それにピーターパンシンドロームでもない。
「異世界モード」になっても記憶はあるし、自我も同一で、思考パターンも変わらず、行動原理も同じ。そう、ちゃんと自覚はあるのだ。
ただ、玄人とクロードの性格はまるで違う。
とはいえ、クロードも若い頃は今の僕と同じような感じだった。だから厳密にいえば、この二者の違いは人生経験の差だと言っていいのだ。僕は、異世界で死んでこちらに転生した。記憶は未だあやふやで、全てを覚えているわけではない。でも、確信はしている。そう僕は異世界転生者なのだ。
***
体育館で天井を見上げる。前後左右に並ぶ同窓生たち。
校長の、この退屈な祝辞はいつまで続くのだろうか。
――そういえば、魔術学校中等課程の修了式のことを思い出すな。なんだっけ、あの日は……
僕は、体育館の窓を見上げた。あの日も、花が咲き乱れる春の好日だった。
祝いの日、友と喜びを分かち合った学び舎、そこに突如現れた魔獣……そうだ。僕たちは突如、実戦を経験させられる羽目になった。敵は雷獣。こちらで表現するならば、雷撃を放つ白豹といったところか。
――卒業式を終えて教室へ戻った。
黒板の一面に描かれた花々。このアートは美術部が描いたのだろうか?
最後のホームルームも終わり、感動の別れの儀式が終わった今更ながらに気付いた。
僕は黒板を見て目を細めた。うむ、この花園の風景……嫌な予感しかしない。
「――私、泣いちゃったよ」
「私も、なんか色々思い出しちゃった」
クラスの女子たちが、キャッキャと感動を分かち合っていた。向こうでは、男子らが後の予定を話している。仲の良い男女のグループは盛大に卒業を祝うために街に繰り出すらしい。
「……まぁ、僕には関係ない。家に帰って一人静かに読書でも」
僕の体は15歳。でも心は……あれ、何歳だっけ?
いつ死んだか覚えていないし、おっさんだったときの記憶もない。
多分、子供はいなかったはず……いや、結婚は? ……あれ? どうだっけ?
「清水君、これから卒業パーティーやるんだけど良かったら来ない?」
声を掛けてきたクラスメイトの女子。僕はそっと彼女へ視線を流す。
なぜ、僕を誘う? これが卒業式マジック? いや、憐れみだろうか。
そもそも、僕は遥としか話さない。
話せないのではない。
必要なことは誰とでも話せる。
……率直に、これは分別というもので、その行為は、あちらでもこちらでも変質者とみなされる。
つまり僕は、いい大人が見知らぬ未成年女子と親しげに話してはいけないと考えているのだ。
戸惑いながら見ると、可愛らしい花のような女の子の笑顔があった。
その可憐な女子が、友人たちとかしましく話している。
僕は愛想よく微笑みながら黒縁眼鏡を持ち上げた。
――いいから、君たちだけで遊んできなさい。
僕は保護者のような気持になっていた。
「い、いや、ぼ、僕は……」
モジモジしているのではない。これはそう、落ち着かないだけだ。前世の記憶では、修了式の後、たしかこういう和気あいあいとした教室に雷獣が現れそれはもう大変なことに……だからデジャブで。
「せっかくだけど、玄人は陰キャでコミュ障なんだから無理よ」
口を挿んできたのは遥だった。――こいつ、なんて失礼なことを。
「遥、いくら幼馴染みでも、それは失礼だよ。清水君はコミュ障でも陰キャでもない。真面目で、少しだけ女子が苦手な男の子なんだよ」
彼女は、そうだよねー、といって僕に微笑んだ。
「あ、あの、僕は」
口ごもる僕。でも内心は違うぞ、と言っている。そもそも女は嫌いではない。僕は健全な男だ。
端的に言い表すとするならば、僕は恋愛や女に飽きている男なのだ。しかも相手が15歳の子供ならなおのこと、興味など持てる道理がない。
「真面目なものですか。こいつはただの中二――」
「は、遥、僕はそんなんじゃない。僕はただ、雷、白豹、いや、白い猫が」
おっと、危うく口を滑らせるところだった。危ない、危ない。
「白い猫? 清水君、それってもしかして噂の予言ってやつかしら?」
別の女子が、僕の言葉を聞いて話の輪に参加してきた。
「予言なんてデマよ。玄人は、まだ少し拗らせてるの。このまま高校へ行ったらどうなるのか、世話が焼けるのよねぇ」
遥は、苦い顔で頬を引きつらせた。
――おいおい、誰がいつ世話を焼けと?
「おお、また清水の周りに女子が集まっている」
「お前って凄いよな」
2人の男子が寄ってきた。彼らは友達ではないが、僕に対して友好的な姿勢を持ってくれている人間だった。
「二人とも、そんな、僕は何も……」
僕の近くには、いつも遥がいた。彼女はコミュ力お化けなので自然と人を集めてしまう。だから結果的に、そういう感じになってしまうだけなのだ。
「二人とも、清水君を困らせないでよね。清水君は紳士なのよ」
「そうそう、清水君の女子を見る眼差しは、あんたらとは違うのよ」
いつの間にかできた話の輪の中で、二人の女子が僕を庇った。
――あ、いや、僕は聖人ではないのだが……ちゃんと性欲もあるし。
「おお、出た。清水の周りに女子の壁」
男子の一人が僕を揶揄する。そこに嫌味はなかったので僕は聞き流した。
「でもさ、清水ってハーレムキャラじゃないんだよなぁ」
もう一人の男子が言うと、男子二人が顔を見合わせしょんぼりした。
「そういう発想が下品なのよ。それにね、あんたたちと違って清水君って、実は超美形らしいわよ」
ひとりの女子が、噂だから本当かどうか知らないけれど、と言って僕の顔を覗き込んだ。
おいおい、ちょっと待て。公共の場では嗜みを持ちなさい。
「噂なら、私も聞いたわ。別の中学に行ってる友達が、清水君が何人も人を助けたって言ってた」
別の女子が、嬉しそうに輪に加わり話を被せてきた。
女子三人が、興味深そうに僕の顔を覗き込む。
――だから、嗜みを……まったく、この年頃の女の子はこれだから。
「あの、その、僕は、そんなんじゃ」
「そうよ、そんなのデマ。都市伝説クラスの嘘よ」
遥が腰に手を当て溜息をつく。
「そうだよ、僕は何もしていないよ」
僕は下を向き苦笑した。――歴然とした力の差がある。あの頃の僕はこんなに無力じゃなかった。
忸怩たる思い。膝の上で拳を握る。僕は剣技も、魔法も、スキルだって失ってしまった。
取り巻くやんややんやと騒がしい声。卒業式でヴォルテージが上がる同級生の声をどこか遠くの方で聞いていた。
だが、孤独を感じたそんなとき、ひとり別世界で身を硬直させる僕の耳が獣の鳴き声を捉えた。
――これは、まさか魔獣!?
「ニァ~、ニャ~ン」
空耳ではない。僕はハッとして顔を上げた。背すじに走る戦慄。教室中を見回す。
「清水の予言が当たったのか!」
会話の輪の中でひとりの男子が声を上げた。
「あら? どこから迷い込んで来たのかしら?」
女子の一人が屈み、白猫を招き寄せた。
僕の心は、あっという間に当時の記憶をリピートさせた。
――あのときも戯れから始まった。クララ姫が飼っていた魔獣・ターマの暴走。
場を支配する緊張感により僕の頬を汗が流れる。
「あの……こちらに、清水クロード君はいらっしゃいますか?」
美しい旋律が、殺戮を予期する教室に流れ込む。
「うわぁ、すっごい美人。おい、清水、誰だあの子!」
「誰って……」
――な! クララ様!! 教室に入ってきた少女を見て戦慄する。
絹糸のようなブロンドの髪、紫水晶のように輝く瞳。間違いない彼女だ。
マズいぞ。事態は記憶と重なった。ならば、これから惨劇が起きる。
どうする? いったいどうすればいい? いまの僕は無力だ。
だが、躊躇している時間はない。やれることは限られていても、やらねばならない。
僕は立ち上がり拳を握る。『――身体強化!』と、人知れず唱えた。
「クロード? ええっと、クロードじゃなくてぇ、清水玄人君ならここにいますよ」
白猫を抱いた女子が紹介するように手で指し示した。
「あ、そうです。彼です。この間、私を助けてくれた男の子」
天使のような美少女が長い髪をふわりと揺らしながら微笑んだ。
――姫、なにを悠長に。今はそのような場合では!
「きゃっ!」
小さな悲鳴を聞き、声の方を見ると、白猫がクラスメイトの胸から飛び出し主人の元へ向かう。
飛んだ猫はまず机に着地した。
そのはずみで、机の上にあった卒業証書の筒が跳ね飛ばされる。
ワニ柄の筒が天井の照明器具を直撃しガラスが割れ、電気が走る。
驚く男子に突き飛ばされて、僕の眼鏡が飛んだ。
「くそ! 防御壁を!!」
僕は瞬間的に脱いだ学生服でクラスメイトの女子を守った。
ブレーカーが落ちて明るさを失った教室に火花が散った。
「あ、ありがとう、清水君」
俺の下で、少女が礼を言った。
「問題ない。それよりも怪我はないか?」
俺は、周囲を警戒しながら、庇った少女を見た。――どうやら、どこにも怪我はないようだな。
フッと息を吐いて安堵しながら髪を搔き上げる。
「きゃ! 清水君」
「ん? どうかしたのか?」
彼女を立ち上がらせるも、何故か身動きしない。――そうだな、よほど怖かったのだろう。
「き、綺麗な、瞳……青くて、宝石みたい」
少女は、頬を赤らめながら俺の顔を凝視していた。
「は? 何のことだ」
俺は、少女を見つめた。彼女はハッとしながら手を胸の前に組んで顔を背けた。
「玄人、はい、眼鏡」
遥が、眼鏡を拾ってくれた。俺は、「おう、サンキュー」といって眼鏡をかけた。
「なんじゃこりゃ!」
騒ぎの中で男子の一人が叫ぶ。彼は、床を指さし興奮していた。
見ると、割れたガラスがクラスメイトを避けて飛び散っている様子に驚いているようだった。
――なんだ、そんなことか。僕は学生服の埃を払う。
「ほんとだ、私たちを守るように円が描かれている。すごーい、奇跡ね」
ひとりの女子が、嬉しそうに写真を撮っていた。
「おい、どうした? 大丈夫か?」
教師が騒動を聞きつけやってきた。
みんな無事でよかった。僕は胸を撫で下ろした。
ふと視線を感じて目を向けると、僕を尋ねてきた美少女がニヤリと笑った。
――クララ様、それに雷撃の白豹ターマ。
この日、あの日の記憶を繰り返したのはどういうことか。
「やれやれ、これでは先が思いやられる」




