第38話 終・女死霊使い、過去を振り返る(SIDEエンジュ)Vol.3
「……な、何よ」
夏生と女は不適な笑みを浮かべながら私を見ていた。
相手が何を考えているのかわからないことに恐怖を覚え、自分でも気づかないうちに声が震えていた。
過去にこちらを舐め回すように見られた経験はあるが、それとは全く違うものだった。
その時は相手の魂胆が顔に出ていたので、ある程度覚悟はできていたが……
——この2人に関してはこれまでの連中は違う。
「それにしても、カイドウ・ホールディングス代表の娘と接触できるなんて思いもしなかったわね」
女は顔を歪ませながら、嬉々として夏生に話しかけていた。
カイドウ・ホールディングスというのは父親の会社の名前だ。
……様々な分野に手を伸ばしていったおかげなのか、誰もが知る企業になっているようなので、よほどの世間知らずでなければ聞いたことのある会社名なのはわかるが、どうしてここでその名前が出てくるのだろうか。
「それにしても大企業のお偉いさんってお金の感覚がおかしいのかしらね? たかが娘の捜索にあれだけの報酬金を出すだなんて!」
「そのおかけで俺たちがハッピーになれるならいいじゃねーか!」
夏生の返しに女は大声をあげていた。
「……どういうこと?」
震えながらも、2人に問いただす。
すぐに反応したのは夏生だった。
……これまで見たことのない気下卑た表情を浮かべながら。
「気分いいから教えてやるよ! カイドウ・ホールディングスの会長が何年も前に失踪した娘を探しているんだよ! で、見つけた出したやつにはたっぷりの報酬金を出すとな!」
最後に夏生はゲラゲラと大声をあげていた。
この時の私には、なぜ父親がそんなことしたのか皆目見当もつかなかった。
後に知ったことだが、あの時点でのカイドウ・ホールディングスは手を伸ばしていた新規事業に失敗し、多額の赤字を出してしまったことで、業績が傾いていたようで、この状況を打破するために父親が考えたのが、娘を取引先企業の御曹司と政略結婚をさせようとしていたらしい。
「まさかとは思うけど、この娘に手をだしてないわよね?」
「こんな出るところも出てない女に手を出すわけねーだろ、俺はロリコンなんかじゃねーぞ! 前にこいつから誘われたことがあったが、気持ち悪いのなんのって! やっぱセッカじゃねーとダメだわ!」
この言葉に私は言葉を失ってしまう。
……紆余曲折あったが、添い遂げてもいいと思った相手からそんなふうに言われるとは思いもしなかったので相当なショックを受けていた。
「ってことは我慢の限界なんじゃないの〜?」
「その通りだ! 我慢できねーからさっさと引き渡して解消させてくれよ!」
私がショックを受けていることなど微塵も気にすることなく、夏生はセッカと呼んだ豊満な胸元をじっくりと見ながら返していった。
「しょうがないわね、この先にポータルでさっさと戻ろうか!」
セッカの言葉に夏生は嬉々として大声をあげながら私に近づいてきた。
「……どうしようもないと思ってたけど、それ以下のクズだったのね」
手足を縛られた状態で、できることは恨みの言葉を発することしかできなかった。
その直後、ドンという鈍い音と自分の腹部に痛みを感じ、呻き声を上げてしまう。
痛みに耐えながら、ゆっくり視線を腹部に向けると、夏生の足が見えていた。
夏生の顔に目を向けると、怒りに満ちた表情で私を睨んでいた。
……どうやら、私の言葉に怒り心頭のようだ。
そして間髪入れずに夏生は私の体を何度も蹴ってきた。
「ちょっと何をしてるの! 報奨金が減っちゃうでしょ!」
「ダンジョンでモンスターに襲われてたって言えば平気だろ!」
セッカが止めようとするも夏生は蹴り続けていた。
身動きができないため防御することもできずいるうちに、痛みを感じなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気が付くとあたりは真っ暗になっていた。
先ほどまでは夏生の怒りの言葉が響き渡っていたが今は静寂そのもの……。
「……あら、気づいたかしら?」
甲高い声が聞こえてきた。
そして、声がした方からカツカツとした音がゆっくりとこちらへと近づいていた。
しばらくして、甲高い声と足音の元凶が姿を見せた。
長い紫色の髪に全身を覆う漆黒のドレス。誰もが見ても綺麗な女性の部類に入る人だろうと思った。
……背中には禍々しさを連想させる翼と背丈を超えるような大鎌がなければ。
「……誰?」
淡々と返す私に現れた女はふふっと不適な笑みを浮かべる。
「そうね、あなたを助けにきたってところかしら?」
「……別に助けなんて求めたつもりはないけど」
正直言えば、このまま終わりにさせてほしかった。
実の父親には娘としてではなく会社のための材料とされたり、自分の身をボロボロにまでして入学した大学では不当な評価を受け……
しまいには思っていた相手から聞きたくもない言葉をぶつけられたりと……
——自分の人生に嫌気がさしていたのが正直なところだ。
「いっそのこと、その持っている鎌で私の体を切り裂いて楽にしてほしいのだけれども。 あなた死神なんでしょ?」
私の言葉に女は再度ふふっと笑いながら「違う」と告げた。
そしてすぐに目を開き、私に顔を近づける。
「あなたが望むならいつでも、叶えてあげるけど……でも、このままでいいの?」
「……このままって?」
「このまま惨めな人生で終わらせてもいいのかってことよ? せめてあのゲス男に一矢報いたいと思わないかしら?」
そう言って女は穏やかな顔で私を見ていた。
いつもなら反骨精神でキッパリと断るところだが、懲りずに人というものにすがりたくなったのか、単に精神的に参っていて正常な判断ができなくなっていたのか、定かではないが私はこの女の言葉にのってしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
突然の叫び声にハッとする。
先ほどの真っ暗な空間や女の姿はなく、目の前には……
「夏生!!!!!!!」
顔や体のあらゆる皮膚がドロドロに溶けていく夏生の姿が映っていた。
それを見ていたセッカは腰を抜かしてしまったのか、床にへたり込んで叫び声をあげていた。
「何が起きているの……!?」
これまでにないことで自分も恐怖で立てなくなりそうになっていた。
『私があなたに力を与えてあげたのよ』
突如頭の中に聞こえてきたのは先ほど、姿を見せていた女の声。
「……どんな能力よ」
『相手を死霊化させて使役させる能力よ、それにしても一発で成功させるなんてあなた、相当の魔力をもっているようね、本当に人間かしら?』
女はふふっと笑っていた。
しばらくして夏生のあらゆる皮膚はなくなり、死霊……ゾンビとなった。
先ほどまでは軽快に大声をあげていたが、脳みそも溶けてしまったのか、まともな言葉を発することもできなくなっていた。
『さすがに、このまま持ち歩くのは大変よね』
再び頭に女の声が響き渡る。
女は何かを呟くと、目の前に黒い光が発すると、夏生だったものの姿がなくなっていた。
その代わり夏生が立っていた地面には黒い結晶のようなものが落ちていた。
『これなら簡単に持ち運びできるわね』
女の声を聞きながら、落ちていた黒い結晶を拾う。
「……な、なんなのよ! な、夏生に何をしたのよ!!!」
結晶石を拾うとその横でセッカが震えた声で叫んでいた。
「……私は何も知らないわよ。天罰じゃないかしら?」
そして、私はそのままその場を後にした。
『そう言えば、すっかり忘れてたけど』
ポータルに向けて足を進めていると、再び頭の中に声が聞こえてきた。
「……何よ?」
『あなたの名前を聞いなかったと思ったのよ』
「……それはこっちもよ」
私が気怠く返すと、女は毎度のようにふふっと笑いながらベローズと名乗った。
仕方なく私もエンジュだと名乗ったのだった。
——これが私と魔族ベローズとの出会いだった。




