第36話 女死霊使い、過去を振り返る(SIDEエンジュ)Vol.1
「それじゃ始めようか」
薄暗いダンジョンから連れてこられたのは、窓ひとつない真っ白な部屋だった。
木製の椅子に座らせられ、目の前にあるのは同じく木製の正方形のテーブル。
天板には小型のノートパソコンが置かれていた。
そして、向かい合った先にはスーツ姿の男が座っていた。まさに眉目秀麗という言葉が似合うほどの整った顔立ちをしている。
それもそのはず、目の前の男は人間ではなく、エルフだからだ。
アニメや漫画では綺麗に描かれているが、現実でも綺麗な顔立ちをしているとは……。
「その前に腕についているものを外して欲しいんだけど……?」
私の腕には白く光沢している輪っかが付けられていた。
手錠とは違って動かしても痛みを感じることはないが、いつも動かせるものが自由にできないのは落ち着かない。
「それともこういうのが趣味で、誰もいないことをいいことにそういう行為へと及びたくなる異常性癖の持ち主だったりするのかしら?」
人には1つや2つ、人前で話すことを憚れる趣味を持っている。
過去に女性を拘束することで興奮を覚える男を何度か見たことがある。
……思い出すだけで吐き気がしてくるが。
私の発言に呆れたのか、男エルフはため息をつきながら、指をパチンと鳴らす。
すると、手を拘束していた輪っかがなくなった。
「手が自由に動けるようになったからって変な気は起こさないことだ、いいな」
男エルフは威圧的な視線で私を睨みつける。
「わかったわよ、こんな窓ひとつないところから逃げられるなんて思わないわよ」
せせら笑いながら私は男エルフを見る。
「御託はこれまでにして、取り調べを始めさせてもらう、まずは名前と年齢と職業を言ってもらおうか」
テレビのサスペンスドラマに登場する刑事みたいなセリフを言い始める男エルフ。
まさか、実際に自分がこんなことを言う羽目になるとは思いもしなかった。
「槐堂円珠 25歳 県内の芸術大生よ……とりあえずは」
色々ありすぎて休学中ではあるが、身分としては大学生で間違いないだろう。
通う意味もないからこのまま退学しても構わないけれど。
「どうやら、嘘をついていないようだな」
男エルフはノートパソコンの画面を覗き込みながら呟いていた。
「それで、次は何を言えばいいのかしら? お望みならスリーサイズをでもお答えするけど?」
「余計なことはしゃべるな」
男エルフからため息が漏れ出していた。
自分でもいうのが悲しくなるが、こんな貧相な体つきの女のスリーサイズを聞いても嬉しくもないか。
織葉さんぐらいのスタイルなら話は別だと思うが。
「では、次に魔族と出会うまでの経緯を話してもらおうか」
男エルフは再度私を睨みながら告げる。
「話が長くなるけどいいかしら? かいつまんで話しても理解できないと思うし……」
「構わん、これまで生きてきた時間に比べれば人間の話など短いものだ」
男エルフは表情崩さずそう答えた。
「そうね、まずは私の育った環境から話そうかしら……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私、槐堂円珠が育ったのはここ数十年で発展してきた海がない県だ。
父親の始めた事業が大成功を収めたことで、何不自由ない生活を送っていた。
いや、何不自由なかったのは生活だけで、それ以外に自由などなかったと言った方が正解かもしれない。
父親は自分が立ち上げた会社を次へと残そうとしていた。
それに対して白羽の矢が立ったのは私の1つ上の兄だった。
兄に幼少の頃から徹底的に教育を叩き込まれていた。
……その反面、娘である私には全く見向きもされなかった。
それもあってか、私は自分の好きなことである絵をずっと描き続けていた。
将来は画家になることを夢見るぐらいに。
そして、高校3年の進学相談の際に芸術系の大学に進学したいと両親に話したところ……
「女であるおまえにそんなものは必要ない」
父親はキッパリとそう答えると、テーブルの上に一枚の写真を置いた。
写真には兄よりも年上の男性の姿が映し出されていた。
「この男は取引先会社の代表のご子息でな、女遊びがひどいので嫁をとって落ち着かせたいようだ」
再度写真に目を向けると髪は金髪とも見える明るい色、耳にはいくつものピアスが付けられていた。
典型的な女好きな男って感じだ。さらに父親は話を続ける。
「お前がこの男と結婚すればいずれは取引先も私のものになる。 今まで何不自由なく育ててやったんだそれぐらいの恩返しをしてもいいだろう」
父親は満足そうな顔でそう答えていた。
早い話が、私を政略結婚の材料に使おうというのだ。
隣に座る母親も何の疑問を感じることなく、微笑んでいた。
そして、高校を卒業すると同時に私は黙って家を出た。
好きでもない男と結婚させられるぐらいなら、苦労してでも自分の夢を叶えた方がマシだと思えた。
だが、現実はそう甘くなかった。
都心の隣の県とは言え、距離が離れた場合は地方住みと変わらない。
ましてやこれまで何不自由なく暮らしていた人間が都心に一人で暮らせるわけがなかった。
それもなんとか、住むことはできたとしても芸術系の大学に行くには膨大な入学金が必要になる。
ただ、夢を叶えるにはどうにかしてお金を稼がなければならない。
そして気がつけば2年の月日が経ち、なんとか芸術系の大学に入学することができた。
「結構老けたように見えるのは気のせいかしらね……」
何気なく取り出した、一枚のライセンスカードに貼られた自分の写真を見てそんなことを呟く。
この2年、大学の入学金を貯めるのにいろんなことをした。
それこそ、人前ではいえないことや自分の体を傷つけることも。
自分自身が老けて見えたのはそのせいかもしれない。
純真無垢だった少女は2年足らずでこんなにも汚れてしまうのだと。
家に残って父親の言うことを聞いていれば知らずに済んだのかもしれない……。
「人間何事も経験よね……」
これまでのことを開き直るように口にしながら、アトリエに行き、一心不乱にキャンバスに描いていった。
「うわ、すごいなあの女、なんて言うんだっけあの服?」
「ゴシックロリータ、ゴスロリだろ」
アトリエ内で男どもが私の姿を見て、囁き合っていた。
私の今の格好は西洋の人形のような漆黒に塗られた服を纏っている。
1人の男が言っていたが、ゴシックロリータ、通称ゴスロリ服である。
きっかけはお金を稼ぐためだった。今考えてみれば法律スレスレの仕事。
初めはこの服の良さがまったくわからなかったし、この服に群がる男が気持ち悪すぎて、着るたびに吐き気を感じるほどだった。
けど、色々と犠牲になっていった自分の体を暗闇に隠してくれることに気づいたら、着るのが心地よく感じるようになった。
——それ以降、私服はゴスロリ服となった。
紆余曲折あったが、なんとか夢に向かって歩いている今がこれまで過ごしてきたよりも充実していた。
自分の好きなことができている。
それだけでも苦労してきた甲斐があったと思える。
だが、そんな楽しい日々に突然終わりがやってきた。
「悪いけど、君の作品は評価に値しないね」
作品を提出したところ、教授から辛辣な答えが返ってきた。
クソ真面目を絵に描いたような七三分けの髪型に分厚いメガネをかけた男性教授だ。
「どういうことですか?」
「どう言うことって、そのまんまの通りだよ、君の絵には光るものが全く持ってない」
「なんですか? 光るものって」
「それは自分で考えることだよ」
教授は得意げな顔で答える。
今になって思えば、この教授の見る目がなかったから言葉で誤魔化したのだろうとわかるのだが。
「このままじゃ、卒業どころか進学も危ういかもね」
「どうすればいいんですか?」
「それは自分で考えることだって言ってるだろ? 何度も言わせないでくれ」
答えられないことを悟られたくないのか、教授は突然大声を上げた。
「まあ、強いて言えばこの絵は君の姿を写しているのかもね」
「どういうことですか……?」
「汚れ切った自分の体をそんな服で隠しているって感じというべきかね、絵にそれがでてしまっているねえ」
教授は私の体を舐め回すように見る。
それを見た私の体に悪寒が走り始めた。
「まあ、どうするかは自分で考えるんだね、そんじゃ次」
そう告げた教授は他の学生の絵を見ていく。
「おぉ! 素晴らしいじゃないか、うん!合格!」
対して絵を見てもいないのに、嬉々として褒めちぎっていく教授。
絵を見てみるが、そんなにいいものかと思えるものだった。
後々知ったことだが、この教授は無類の女好きで、特に純潔な子が好みだとか。
早い話がいい年して清楚に見える女性にはいい顔をするが、そうでない相手には先ほどのような態度をとるようだ。
あのようなことを言われたことがショックで絵を描くのが嫌になっていた。
その傷を埋めるようにダンジョンへ籠るようになっていた。
ライセンス自体はお金が稼げると聞いた時に取得し、色々傷を負いながらもダンジョン内にあるお宝を売ってお金にしていた。
はっきり言えば自暴自棄だった。
ダンジョンに行き始めの頃は、怪我をしたら絵が描けなくなるという恐怖から慎重に探索をしていたが、今となってはそんなことどうでもよかった。
そのため、モンスターと何も考えずに戦って行った結果……
気がつけば大勢のモンスターに囲まれていた。
誰が見ても死を覚悟する状況だが、私は別にそれでもいいかと思っていた。
そんな時に遠くから声が聞こえてきた。
「おーい、生きてるか! 諦めるんじゃないぞ!!」
私が全てを捧げたいと思った彼との最初の出会いだった。




