33 結婚式
白無垢と白い袴で映った前撮りの写真が、ウェルカムボードに貼られている。
その前を、パタパタと走り去る小さな影。
「華、待てって」
その影を捕まえるのは、きっちりした格好の悠真。
「今日はいい子にするって、ママと約束したんだろ」
「はな、いいこだもん!」
「じゃあ離れるなよ。ほら、手、握って」
室内には、もう参列者が集まっている。ほとんどは信長の会社関係の人たち。あとは、結衣の友人くらい。
それでも、信長がこだわったくらいには、豪華な式になっている。
「おじちゃん、きょうね、ままがおひめさまなんだよ」
式場の前で、華が得意気に言う。
「そうだな」
華の服も、今日は特別なもの。着た時にはお姫様だとはしゃいでいたのに、今日の主役は母だと理解しているようで。
「あ!」
華が嬉しそうに声を上げる。その視線に先に、いた。
白いタキシード姿の信長と、彼に手を引かれるウェディングドレス姿の結衣。
「きれぇ!」
「あ、こら、華!」
飛びかかる華を、慌てて悠真が止める。
「ありがとう、悠真」
結衣が穏やかに微笑む。借り物のドレスを汚さないように、細心の注意を払っているはずだ。
「華、いい子にしてた?」
「うん! はな、いいこだよ!」
「そうだね。もうちょっと頑張ってね」
今日は華にも役目がある。そのせいか、華の気合も充分だ。
「信長さん、目が赤い?」
「気のせいだ。儂が泣くわけなかろう」
悠真のからかいに、信長は強気に答える。しかし、わずかにうるんだ瞳は、嘘は吐けない。
「ママ、きれぇだね」
「ありがとう。華も綺麗だね」
「んふふ。おそろい」
嬉しそうな華に、結衣も笑う。
「新郎様、ご準備をお願いします」
式場スタッフが呼ぶと、信長は名残惜しそうに結衣の手を離す。
「先に行くぞ」
「はい。あとで行きますね」
寂しそうな信長を送り出した。
「姉ちゃん」
そして、結衣は気合十分な弟の腕に手を添える。
「よろしくね」
「うん。転びそうになったら支えてね」
「え、それはこっちのセリフじゃない?」
そんな話をしながら、出番を待つ。
エスコート役は弟だった。結衣の両親に、招待状は出さなかった。それがお互いのためだと判断した。
その代わり、新婦の親がすることは、全て弟に任せることにした。悠真は緊張すると言いながらも引き受けてくれた。
「新婦様、ご入場です」
式場のアナウンスが聞こえる。豪華な扉が開かれた。
真っ白な大理石のバージンロードの先に、彼がいた。
愛する人のもとへ。一歩、また一歩と近づいていく。
胸がいっぱいになる。幸せすぎて、壊れてしまいそうだ。
胸に詰まった幸せを少しだけ吐き出すように、息をこぼす。その瞬間、結衣の目から涙が零れ落ちた。
一歩、一歩と進むごとに、涙が、ひとつ、ふたつと零れて。
悲しい涙じゃない。嬉しくて、幸せで、仕方がないのだ。
弟の手から、信長の手へ。移った瞬間、信長の手が少し震えていた。
ベール越しに、わかった。彼もまた、涙をこらえていた。
2人で神父の前に並んだ。
神父の言葉なんて、ほとんど頭に入らなくて。幸せで、全身が満たされていた。
「リングガールのご入場です」
司会の声に、ハッとする。そうだ。ここからはちゃんとしなければ。
振り返れば、指輪の乗ったクッションを抱えた華が、得意げに立っていた。
あまりにも勇敢な仁王立ちに、結衣は思わず笑みをこぼす。
4歳になって、しっかりした足取り。落としそうになることもない。
娘の成長を感じながら、その足取りを見守る。
「パパ、ママ」
夫婦のもとにたどり着いた娘は、得意げだった。
指輪は、華からつけてもらうようにしていた。
「なかよしだよ」
そう言いながら、2人の薬指に指輪をはめる。
「きれいだね」
そう笑った娘の笑顔が、まぶしくて。また涙腺を刺激される。
華は参列者席の最前列に座る悠真のもとに戻っていって。指輪をはめた2人が振り返った。
「それでは、誓いの言葉に入ります」
ふう、と息を吐いた。もう胸がいっぱいで苦しい。つまらずに言えるだろうか。
「新郎織田信長はここにいる真柴結衣を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
迷いのない、真っ直ぐな言葉。でも、どこか震えていて。愛おしさに、また胸がつまる。
「新婦真柴結衣はここにいる織田信長を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、
夫として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「誓います……っ」
やっぱり、一瞬つまった。涙で緩む視界の中、結衣はこの光景を目に焼き付けようと意識を集中する。この幸せな瞬間を、一生忘れないように。
「おめでとうございます、結衣さん」
披露宴でそう言ってくれたのは、森本だった。
「ありがとうございます、森本さん。信長様のこと、これからもお願いします」
「もちろんです」
「結衣、案ずるな。蘭は優秀な部下だ。蘭を捨てることはないからな」
「僕がいないとダメでしょう、信長さん」
そんなことを言って、笑い合う。
「結衣さん」
森本の声に、結衣は笑うのをやめる。
「信長さん、頑張ってたので、聞いてあげてくださいね」
「……え?」
その言葉の意味を尋ねる前に、
「結衣、そろそろ行くぞ」
と信長に連れ戻される。
新郎新婦の席の間に華の席を作り、特等席で会場を眺めてご満悦な娘の隣で、華は式の進行を見守る。
「続いて、新郎様から新婦様へ、オリジナルソングのプレゼントです」
「え?」
聞いてない。たった今まで、予定通りだったのに。
信長が席を立ち、余興用のステージに立つ。そこに、森本がギターを持っていく。
あ、と思った。
いつだったか、滋賀から帰ってきた信長の指に傷があった。まさか、ギターを練習していたのか。
ギターの豊かな音色が広がる。その瞬間、鼻の奥がツンとした。
思わずハンカチで鼻を抑える。一瞬遅れて、涙がこぼれた。
信長らしい、朗々とした歌声。案外ギターの現代的な音とマッチしている。
「君に出会い、僕は変わった。強さよりも温もりを知った。時を越えて、この手で守りたい。君が笑う、そのわけになりたい」
完全オリジナル。メロディーも歌詞も、聞いたことがない。本当にいちから作ったというのか。
「愛している。その言葉だけは、時の風に流されないように。今日も君へ伝えるよ」
歌が終わるころには、もう大洪水だった。
「結衣、どうだった?」
「……いじわるです」
こんなに泣きたくなかったのに。
「パパ、すごいねぇ」
華だけは、素直に信長を褒めていた。
「そなたの母は褒めてくれぬらしいぞ」
わざとらしく娘に告げ口する信長に、結衣はハンカチで口元を抑えながら、ぽかっと叩いた。
幸せな日々が続くように。
いつかまた、別れが来るその時まで。
そんな願いが、ここに生まれた。




