表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/34

31 準備

「華、今日はいい子にしててね」

 家族3人で歩きながら、結衣は何度目かわからない言葉を口にする。


「んー? はな、おるすばん」

「うん、お留守番ね」


 大きなバッグに、華が好きなおもちゃをたくさん詰めた。退屈することはないだろう。


「パパもおでかけ?」

「うむ。結衣ひとりにはできんからな。華はいい子にできるであろう?」

「はな、いいこだよ」


 信長の独特な言葉遣いにも慣れてきた華が、ごく自然なことのように答える。

 そして、着いたのは、大きなマンション。ここの一室に、悠真の住居がある。


「はながぴってする!」

 ボタンを目にすると、華は即座に反応した。


 数字はまだわからないだろうから、部屋番号だけは結衣が押して、呼び出しボタンを華に押してもらう。


「ぴってした!」

「できたね」


 それだけでも、華は満足してくれた。

『入ってー』

 インターホンから弟の声がして、自動ドアが開いた。


「あれぇ? はながぴってしたから?」

 自動ドアが開くというひとつの動きだけでも、華には不思議なことのようだ。


「不思議だね」

 結衣はそう同調してあげる。


「結衣、どうなっておるのだ。つくりがわからぬぞ」

 対して、信長もやや興奮していた。


「悠真の方で自動ドアが開けられるボタンがあるんです。住人の許しを得た人だけが入れる仕組みですね」


「なるほど。これは良いな。防御に向いておる」

「戦国時代に持ち込むには、少し難しい技術だと思いますけど」


 そんな話をしながらエレベーターに乗って、悠真の部屋へ。


 部屋の前の呼び鈴も華に押してもらうと、

「はーい」

 悠真が出てきた。


「おじちゃん」

「よう、華」


 悠真に撫でられるのを、華は嫌がったりしない。


「今日はよろしくな」

「うん」


 まだよくわかっていない華が、コクンと頷く。

 信長が玄関に下ろすと、華は叔父の方へ行った。


「じゃあ、よろしくね」

「了解。何かあったら連絡するから」

「華、行ってくるね」

「ばいばい」


 ごく自然だった。嫌がることも、寂しがることもなかった。保育園で慣れているからだろうか。


「人見知りはもうせぬな」

「悠真に慣れただけだと思いますよ」


 華がいなくなると、信長が結衣の手を取る。結衣もまた、彼の手を握った。




 今日は、ウェディングドレスを試着する日。華がいるとゆっくり選べないということで、悠真に任せた。

 夫婦2人きりで、じっくりと選ぶ。


 真っ白なドレスが並ぶ室内に、

「武器庫のようだな」

 と信長が言う。きっと圧巻だと言いたいのだろうが、彼らしいたとえに、ふふっと笑って。


「じゃあ、待っててくださいね」

「うむ」


 信長を待たせて、結衣は試着室に入った。


 肩を出すドレスは、あらかじめ外しておいた。戦国時代の考え方から予想して、信長はそういったものを好まないだろうから。

 できるだけ露出は低く、でもかわいらしいものがいい。


 シンプルなAラインドレスを身につけ、試着室のカーテンを開ける。

「信長様」

「……ふむ」


 それを見て、信長は一瞬固まった。

「良いな。結衣らしい」

 と言う。


「美しい。格式にふさわしい気がするな。控えめながら華やかなところが、結衣によく似合うできた装いだ」

 意外と真面目な意見が返ってきた。それも、かなり的確な。


「結衣はどう思う?」

「素敵だと思います」

 結衣の答えは、たったそれだけ。それでも彼は、満足そうだ。


「じゃあ、次、着てみますね」

 カーテンを閉めて、結衣はふっと表情をほころばせた。


「素敵な旦那様ですね」

 試着を手伝ってくれるスタッフが、優しい声をかけてくる。


「はい。わたしにはもったいないくらい、素敵な人なんです」

 なんて、ちょっとのろけてみたりもした。


 続いて、プリンセスラインドレス。華やかな見た目は、結衣の好みでもある。華も喜びそうだ。

「……華の言うお姫様とは、このことか」

 それを見た信長は、やっぱり華を思い出したようだ。


「華が憧れる理由がよくわかるな。愛らしいどれすだ」


 まっすぐな表現に、結衣の方が照れてしまう。ちょっとくらい意地悪してあげようか、なんて考えてみた。


 いろんなデザインのドレスを着続けたが、信長は全く疲れた様子を見せなかった。


 ここで嫌がる夫もいると聞くのに。結衣のこれも、何かの雑誌で見た情報だが。

「こちらが最後になりますね」

「お願いします」


 そして、最後の一着。これは、挑戦と、そしてちょっとしたいたずらのつもりだった。

「ゆ、結衣……」

 カーテンを開けると、信長が困惑した。


「どうですか? 信長様」

 結衣は笑ってみせた。


「艶めかしい……。いや、これは嫌だ」

 まさかのはっきり拒否された。


 でも、わかる。わざわざ顔を逸らしながら、目だけはこちらを見ていること。そして、耳がわずかに赤いこと。


「わかりました」

 一応写真にだけ収めて、最後の試着を終えた。




「どれがいいか、決まりましたか?」


 着替えを終え、写真を見ていた信長に歩み寄る。そばの椅子に座ると、

「どれも良いと思う。結衣はどれが良いのだ?」


「えー……じゃあ、これですかね」

 最後のページを見せると、

「これはダメだ」

 と信長が前のページに戻す。おもしろすぎて、遊び心を刺激される。


「信長様、これだけは素敵って言ってくれませんでしたね。似合っていませんでしたか?」

 結衣が笑いながら彼の顔を覗き込む。


 片手で顔を覆った信長が、指の隙間でキラリと結衣を睨んだ。


 結衣がハッと身を引いた瞬間、

「逃げるな」

 信長に捕まった。


「の、信長様?」

 信長の手で、顔を挟まれて。でも、最後の抵抗でどうにか逃れようと顔を振る。


「結衣が儂で遊ぶなら、儂も結衣で遊ぶぞ」

「ダメです」


 結衣が首を振っても、信長の顔が近づいてきた。


 ここは、試着ルームのそば。スタッフもいるし、他のカップルもいる。さすがにここでは。

 そう思った瞬間。彼は結衣の頬をむにっと指で頬をつねった。


「いひゃい」

「冗談だ」

 信長がニヤリと笑う。


「……いじわる」

 唇を尖らせる結衣に、信長はいたずらが成功した子どものように笑った。




「ママ!」

 華を迎えに行くと、全く寂しがっていなかった。


「ただいま、華。楽しかった?」

「うん! おじちゃんと、おにんぎょさんしたよ」

「そっか、よかったね」


 いっぱい遊んでもらって満足気な華を、信長が抱き上げる。

「おかえり。ゆっくりできた?」

「うん。ありがとうね、悠真」


 華の荷物を受け取りながら、結衣は弟にお礼を言う。


「これくらいなら、協力させてよ。華とも仲良くなれたみたいだし」

「おじちゃん、またあそぼうね」

「おう。またいつでも来いよ」


 華がばいばいと手を振り、結衣たちは弟の家を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ