表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

28 家族と


 約束は午後だった。結衣がそう指定した。


 この時間であれば、華は昼寝の時間。置いていくことはできないが、少なくとも大人の会話が聞こえている状態ではないだろう。


 昼食の後、どこにいくのかと不思議そうな華を信長に任せて、結衣は実家の呼び鈴を押す。

「結衣です」

 そう告げると、何の返事もなく門が開いた。


 歓迎する気は全くないようだ。覚悟を決めて、結衣は一歩踏み出した。




 通されたのは、お客さん用の応接間。もう家族じゃない、と現実を突きつけているようで。でも、不思議と嫌じゃなかった。


「何の用だ」


 あとから入ってきた父は、相変わらず威圧感がすごい。でも、本物の織田信長を知っている結衣は思う。全然小者だ、と。


「近くに来たので、ご挨拶に。時間は取らせません」

 結衣は淡々と答える。もう父の圧に怯えることはなかった。


「お前が悠真をたぶらかしたのだろう」

 さすがにタイミングが良すぎるか。


「何のことでしょう」

 結衣はにっこり笑った。その顔に、父親の顔が強張る。


「その顔をやめろ。腹が立つ」

「あら、じゃあ鏡を見られませんね。わたしの顔は、どちらかというとお父さんに似ているらしいですよ」

「失敗作だな。私の唯一の汚点だ」


 さすがにこの言葉はつらかった。両親からの愛なんて、いらない。そう自分に言い聞かせる。


「おい」

 声を上げる信長を、片手で押さえる。

「大丈夫ですから」


 彼に笑顔を向けて安心させる。娘は、もう眠っていた。


「わたしを失敗作だと仰るなら、悠真はどうなのでしょうか。ここまでお父さんの指示に従ってきたのですから、成功ですか?」

「……」


 この言葉に、父はうろたえた。少し前なら、すぐに頷いていただろう。でも、ここに来て抗い始めた悠真は、自信をもって成功と言えるものではないらしい。


 チャンスだ、と結衣は即座に

「悠真を解放してください」

 と告げる。


「自由にしてあげてください。あの子はもう、あなたたちの理想ではないのでしょう」

「黙れ!」


 大きく、強い言葉。でも、もう怖くない。


「静かにしてください。娘が寝ているんです」


 世間体を大事にする両親にとって、子どもの泣き声は外に漏れさせたくないだろう。そのことを、結衣は知っていた。


 わずかに目を覚ました華は、信長の手によってまた眠りにつく。


「いいから来なさい!」

 その時、部屋の外から母の声が聞こえてきた。すぐに障子が開き、母が悠真の手を握って連れてくる。


「姉ちゃん……」

 弟の顔が、つらそうに歪んでいた。


「ほら、お姉ちゃんに言いなさい! 僕は政治家になるんだって! お父さんの後を継ぎますって!」


 ヒステリックに叫ぶ母親の意識は、父に向けられている。母にとって、父の機嫌を損ねないことが、最重要だから。


「心にもないことを言わせて、何の意味があるのですか?」

 そんな母親に、愛情なんてものはなかった。


「あなたは黙っていなさい! 悠真に言っているのです!」

「だったら、わたしにも言ってください。わたしもあなたの娘ですよ」

「家を捨てた人間が今さら……っ!」

「静かにしないか」


 母を挑発したことで、父からストップがかかる。母がすぐに黙った。


「いいか。悠真は私の後を継ぐ。そう決まっているのだ」

「悠真がそれを望んでいなくても、ですか?」

「関係ない。私がそれを望んでいる」


 父にとって、子どもの意思なんて二の次。自分の意見を通すことしか考えていない。


 どう崩そうか。いい加減、手札がなくなってきた。挑発することはいくらでもできるが、それだと話は進まない。


「……話し合いにもなっておらんな」

 その時、信長が口を開いた。


「信長様……」

 不安そうな声を出す結衣の頭を、信長は大きな手でポンと撫でて、


「儂の時代であれば、家督を継がぬ者は親不孝とされた。しかし、時代は変わったのであろう」

「なにをバカげたことを」

「今の世に生きる者が、その時代の風に抗えば、己の首を絞めるだけだ」


 重く、低い声。それは、確かな圧。


 声量だけで圧倒する父とは違う。叫んでいるわけでも、強い言葉を使っているわけでもない。


 ただ静かに、相手の戦意を奪う。そんな圧だ。


「そなたは、父としての役目を果たしているつもりでおるのだろう。儂もかつてはそうだった。子の行く末など、父が決めるものだ」


 かつて、ひとつの時代を支配しようとした男の圧は、圧倒的だった。


「しかし、時代は変わりゆくもの。過去の価値観を盾に語るそれは、独裁と何が違う?」

 時代を変えようとした、時代の波に抗おうとした信長の言葉。


「儂はかつて、国を背負い、戦場に立った。命を賭して戦う者たちの声を、儂は聞いた。力だけで人は従わん。ましてや、心までは繋がぬであろう」


 夜遅くまで家臣たちと話し合い、全員の意見を聞いて判断していた、かつての信長を思い返す。そのうえで判断するというのは、彼にとって日常動作のようなものだろう。


「子を信じることは、父としての最後の誇りだ。奪うな。縛るな。未来を自らの手で潰すな」


 父は反論しなかった。バカにもしなかった。

 それは、彼から「織田信長」を感じたから。名前だけではない、圧倒的な存在感を感じ取ったから。


「……父さん」

 静まり返った室内で、悠真が口を開いた。


「父さんと母さんが支えてくれたのは、知ってる。ここまで育ててくれたこと、感謝もしてる。でも……、俺、父さんの背中を見ているだけじゃ、嫌なんだ」


 切実な、悠真の願い。それに、全員が耳を澄ませる。


「俺は姉ちゃんみたいに強くないし、姉ちゃんみたいに自信が持てるわけでもない。やれるかもわからない。でも、やりたいことがある」


 夢を語る弟の顔は、まぶしくて。結衣と違って、彼はちゃんと話し合って、両親に認めてもらいたいという意思があった。


「父さんが自慢できるくらい、立派な教師になるから。だから、許してください」


 畳に手をついて、真っ直ぐに頭を下げて。結衣とは違う。でも、彼は強いと思う。話し合いから逃げない姿勢を、結衣は尊敬していた。


「……わかった」

 父が折れた。


「ありがとうございます」


 弟がホッとしたように表情を緩める。その顔は、「姉ちゃん、ありがとう」と言った幼い頃と変わっていない。


「じゃあ、家を出てもいい?」

「なんだと?」


「だって、地元じゃ、父さんの影響力が強すぎるよ。俺はいつまでも、市議会議員、真柴智昭の息子だ。色眼鏡で見られないところがいいと思って」


 その顔は、あまりにも無邪気で。こんな顔を前に、断れるわけがない。結衣はそう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ